第2話 『バズり妻の完全犯罪』 ⑤仮面を脱ぐ時


橘との出会いから半年。

私のTikTokフォロワーは500万人を突破していた。


「今日は特別な報告があります」

配信画面に向かって、私は深呼吸した。


「実は...お付き合いしている方がいます」


コメント欄が爆発する。

『まりなさんおめでとう!』

『元旦那ざまぁwww』

『幸せになって!』


橘が画面に入ってきた。

「初めまして。橘です」


彼の登場に、視聴者数は過去最高の10万人を記録。

二人で並ぶ姿に、祝福のコメントが溢れる。


配信後、橘と二人きりになった。

「そろそろ、本当のことを話してもいい?」

彼の言葉に、私は身構えた。


「実は、君の完全犯罪、最初から見抜いていたんだ」

「...どういうこと?」


橘はタブレットを取り出した。

画面には、私の過去の投稿が時系列で分析されている。


「言語パターン、投稿時間、視聴者の反応予測...全てが精密に計算されていた。僕のAIが解析した結果、偶然じゃないと確信した」


私は観念した。

「それで?告発するの?」


「まさか」

橘は優しく笑った。

「むしろ感動した。君は一度も嘘をついていない。ただ真実を最適なタイミングで配置しただけ。これは芸術だよ」


彼の手が、私の手に重なる。


「君といて気づいたんだ。仮面を被っているのは、君だけじゃない。僕もだ」

「橘さん...」

「涼介でいい。君の前では、素の自分でいたい」


その時、私のスマホが鳴った。

見知らぬ番号からのメッセージ。


『お前の正体、全部知ってる。金を払わなければ、完全犯罪の証拠を公開する』


脅迫だった。

送信者は...香織。


「どうやら、過去は簡単には消えないみたいね」

私は苦笑した。


だが橘は冷静だった。

「大丈夫。僕に任せて」


彼は即座に行動を開始。

香織のデジタル痕跡を全て解析し、逆に彼女の違法行為(私への脅迫、名誉毀損)の証拠を収集。


「これを警察に提出すれば、香織さんは逮捕される。でも...」

橘は私を見た。

「君はどうしたい?」


私は少し考えて、決断した。


「もういいわ。復讐も、恨みも、全部手放す」


TikTokで最後の配信を始めた。

『大切なお知らせ』


「皆さん、今まで応援ありがとうございました。私、TikTokを卒業します」


視聴者が騒然とする中、私は続けた。


「理想の妻を演じることに疲れました。これからは、素の自分で生きていきたい」


そして、カメラを止める前に最後の言葉。


「完璧じゃなくていい。理想じゃなくていい。ありのままで愛される、それが本当の幸せだと気づいたから」


配信を終え、私は深く息を吐いた。

500万人のフォロワーも、完全犯罪の成功も、もうどうでもよかった。


橘が優しく抱きしめてくれる。

「素顔の君が、一番美しい」


窓の外を見ると、慎二からの手紙が届いていた。

『まりな、すまなかった。君の幸せを祈ってる』


私は手紙を破り捨てた。

もう、過去には興味がない。


1年後。

橘と私は、小さな結婚式を挙げた。

TikTokはやめたが、起業コンサルタントとして新たな人生を歩んでいる。


「完全犯罪の女王」と呼ばれた過去。

でも今は、ただの幸せな妻。


仮面を脱いだ先に待っていたのは、本物の愛だった。

復讐よりも価値のある、宝物を手に入れた。


【完】




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