第17話 来訪~メッセンジャーでは終われない

 振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。いや、見覚えはある気がする。

 戸惑うくじらの視線を素通りし、女性はいんかむげいんを見据えて口を開いた。

「いんかむげいんさんのサークルはこちらでよろしいんですよね。私、桃山夕顔と申します。一ノ瀬みうのブースで売り子をやってました……」

 ああ、さっきテーブル周りの片づけをやってた人か。

「ああ、ああ。憶えてますよ。さきほどみう先生宛の言付けをお願いしましたよね。あらためまして、僕がいんかむげいんです。でもっておっしゃる通り、ここは僕たちのサークル『星屑城』のブースです。わざわざお越しいただきありがとうございます。これを機会に一冊いかがですか? ジャンル混迷のこの時代に敢えてのSFアンソロジー」

 一を受けて十返すいんかむげいんの勢いにたじたじになりながらも、桃山と名乗る女性はきっぱりと辞意を示し、話を戻す。

「それはけっこうです。SFとか興味ないんで。それより伝言と質問を伝えにあがりました。一ノ瀬みうからの」

 目を剥いて食いつくのはいんかむげいん。

「みう先生の伝言ですと!?」

「それと、質問も? 書籍化作家様から?!」

 千百閒も続く。

「正確には、頼まれごとの頼まれごとなんですけど」

 そう前置きをして、桃山は本題を話し始めた。

「いんかむげいんさんたちはこの文フリのあと、打ち上げをなされるんですよね。それって何時からどちらで行われるんですか?」

 いきなりの質問だな、とくじらは思った。

 なんというか不躾な感じ。誰がいつどこで宴会しようが構わないじゃないか。

 千百閒も似たように感じたらしい。桃山はくじらと千百閒に一瞥してから話を続けた。

「今日会場には来られなかった一ノ瀬みうなんですが、もしもみなさんのお邪魔でなければ自分もそのうち上げに参加したいって言ってるんです。あ、いや、言ってるんだそうです」

「大歓迎です!」

 いんかむげいんが即答した。三人に確認すらしない。くじらは他の二人の顔色を窺う。千百閒は思い切り首を上げ下げしているし、宮部も興味深げな表情だった。

 第三者が加わると今後の施策を自由に話し合うことができなくなりそうだから、本来なら避けるべきなのだろう。でも一方で次策がまったく浮かんでいない現状を考えると、新しい発想を期待するってのも悪くないかもしれない。

 くじらはそんなふうに思い返した。

「こちらとしては願ったりなので、最厚遇で対応させていただきます。むろん参加の費用などはこちらが負担させていただくつもりで……」

 放っとくとどこまでも譲歩しそうな勢いのいんかむげいんだったが、桃山がそれを押し留めた。

「いや、自分の分の参加費は自分で出す、って話ですから。それより場所とお時間は」

「十九時から新世界の串カツ『でっせ』でやります、通天閣前の通り沿いの。星屑城の名前で取ってます。こんなこともあろうかと、最大二名まで人数増やせるよう話は通してありますので」

「あ、追加は一人分だけでけっこうです。私は止められてるんで」

「そうですか。それは残念ですな」

 まったく残念そうな顔をしていないいんかむげいんがおざなりの相槌を打った。

「みう先生、なんか前からいんかむげいんさんとはお話したかった、みたいなことを言っていたそうで」

 言い回しが妙に玉虫色だな、と思ったくじらだったが、ここで発言するのもなんなので黙っていた。

 そうでなくとも、おっさん連中に囲まれた紅一点でただでさえ目立って見えてるはずだから、さらなる悪目立ちなど避けた方がいいに決まってる。

 そんなくじらの腹の中を見透かすかのようにちらりとだけ目を送った桃山は、満面笑みのいんかむげいんに「十九時に新世界の串カツ『でっせ』、たしかに伝えときます」とだけ告げると、会釈ひとつで背中を向けた。

 TS問題のことなどすっかり頭から消えた感ありありのいんかむげいんが三人に向かってガッツポーズを決めていると、去ったはずの桃山が戻ってきていた。

「あの、ひとつだけ。そちらの女性の方、お名前だけでもお尋ねしてよろしいですか」

 千百閒と宮部が顔を見合わせた。どう答えればいいか困っているのだろう。くじらは腹をくくった。

 どうせ、この一刻いっときだけの関係だ。なるようになれ。

山之上やまのうえのくじら、といいます」

 しばし沈黙した桃山は、くじらの姿を走査スキャンするように眺めまわしてからおもむろに口を開いた。

「やっぱり一冊いただきます」


 お金と引き換えにくじらの手から本を受け取った桃山は、くじらにだけ聴こえる囁き声でこう言った。

「あなたの声、みう先生にそっくり」

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