存在感0の透明な少女二人がカードゲームショップに導かれて、透明な男性達にチヤホヤされた

村上夏樹

第1話 透明人間クラブとの出会い

授業中、先生が黒板に難しい数式を書き連ねる。

「じゃあ、この答えを言える人―」

教室に一瞬だけ沈黙が落ちる。


わたしは、手を挙げた。

制服の袖口がするりと落ちて、手首の白さが露わになる。

でも、その仕草に目を留める人は誰もいない。


先生の視線は、わたしの席を透き通るみたいに通り抜けて、後ろの男子を指した。

「はい、佐藤」

「えっと…二分の一ですか」

「正解」


わたしは腕を下ろす

誰にも見られなかったみたいに

いつしかそれを望むように

ほんの数秒、透明人間になった気分


いや、気分じゃなくて。

たぶん、わたしは透明なのかも


昼休み

机を寄せ合う輪の中に入れず

誰にも見られてないと思いながらも

スカートの裾を気にしながら椅子に腰を下ろす。

パンをかじる唇も大きくは開けられない

誰かの視線がもしこちらに向いたら、きっとそれすらも恥ずかしいと思うのに。

けれど、やっぱり誰も見ない。


その日の放課後、人気のない旧校舎を歩いていて、わたしは見つけた。

古びた掲示板の隅に、小さなチョークの文字。


「透明人間クラブ 部員募集」


透明人間クラブ?

いわゆるモブキャラのような存在

いてもいなくても同じ

というか、いたことを大体認識されないカルマを背負った人種のことのようだ。


冗談半分かもしれない。けれど、どうしても確かめたかった。




気になって仕方なかった。


半開きの教室の扉をそっとのぞくと、中に三人の姿があった。

それぞれ机に腰掛けて、お菓子を食べたり、スマホをいじったりしている。

部屋の真ん中に「部活らしい」雰囲気はない。

けれど、わたしの視線に気づいたのか、一人の男子が顔を上げた。


「…新入り?見学的な?」


無愛想な声

でも、その瞬間、確かに“わたしを見た”心臓が跳ねる


誰かに真正面から目を向けられることが、こんなに強く響くなんて思わなかった


「え、あ、うん…」

口ごもると、もう一人のショートカットの女子が笑った。

「大丈夫。向き合われるの慣れてないよね。ここは、透明にされてるやつしか来ないから」


わたしは思わず、自分のスカートの裾をつまんでしまった。

見られない、見られてこなかったはずなのに、今は逆に全部見透かされている気がする。


「じゃあ、自己紹介でもしよっか」

女の子が言った

「ここでは名前なんてどうでもいいの。どんなふうに“透明”にされてるかだけ話すの」


順番に語り始める彼らの言葉に耳を傾けながら、わたしは落ち着かなくなっていた。

でも彼らの慣れた自己紹介から私は

―これからは見られたい。

そう思ってしまった。

ずっと透明で、存在がないみたいに扱われてきたから。

こうして視線を浴びると、もっと欲しくなる。

まるで喉が乾いたみたいに。


次はわたしの番だ。

唇が乾く。

「わたしは…」

声が小さすぎて、すぐに消えそうになる。

けれど、三人の視線がわたしを捕まえて離さない。


その視線に飲み込まれるように、言葉があふれ出した。

「わたしは、授業で手を挙げても、誰も見てくれないんだ。

 …存在しないみたいに、通り過ぎていくの…」


沈黙が落ちた。

でも、その沈黙の中で、わたしははっきりと感じた。

―いま、確かに見られている。

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