009 メスガキ湯乃谷ミルク。
レモンちゃんの予想では、赤ちゃん肌になるエリクサーの金額は、六億か七億だった。
「あの黒すぎポーション、ってかエリクサー、オークションに出したら十億からなんですか!?」
「ええ、普通のエリクサーは二億からで、平均落札価格は三億ちょい。そして、追加効果があるエリクサーであれば、十億スタートです」
マンションオーナーの娘さん、湯乃谷ミルクさんをエリクサーで治して、一週間が経った。
瀕死の重症だった為、検査とか色々込み込みで、退院するまでここまで時間がかかったのだとか。
「ご存じないかもしれませんが、エリクサーの入手方法は現時点ではたったふたつ。ダンジョンの深層で入手するか、オークションにかけられたエリクサーを競り落とすか、です」
どうしてもお礼をしたいとの事で、湯乃谷親子は母子共々俺の部屋にやってきてくれた。
そんでもって、謝礼ついでにエリクサーについての解説してもらっている所だ。
「となると、作ったエリクサーが基本的にオークションに流れてるって感じですかね?」
「……はい? 違いますよ?」
オーナーの説明からすると、エリクサーはダンジョンで手に入れるかオークションで手に入れるかの二択なんでしょ?
アタッカーならエリクサーは持っておきたいだろうし、だとしたらオークションに流したりはあんましないだろう。
となると、錬金で作ったのがオークションに流れている。そう考えるのが妥当かなって思ったんだけど、なんか違うらしい。
何が違うんだろう?
「いいですか? エリクサーを錬金で作れる人は今のところ――」
オーナーは親指と中指の先端を付けて、至って真面目な顔で教えてくれた。
「――ゼロです。誰ひとりとして居ません」
「…………は?」
いやいやいやいや、いーやいやいや、そーれは流石にないって。
ぜーったいないないないない、ありえない。
「いやあ、いくらなんでもそれは嘘でしょう?」
「いいえ、本当ですよ?」
俺がどうにも信じられなさそうにしてたからか、オーナーは仕方なさそうに笑って、子供に言い聞かすかの如く追加説明をはじめてくれた。
「じゃあこう考えて下さい。アイテム関連企業がエリクサーを錬金出来てたら、オークションに出しますか? わざわざ、自分で作れるモノを、会社が」
「それは、しないでしょうけど」
する意味ないしね。
魔石バブルのこの時代、ダンジョンアタッカーに回復薬をどんどん使ってどんどん魔石を回収してきてもらってきた方が経済の為だろうし、だとしたらエリクサーでもなんでも量産して市販化を目指すべきだろう。
それに、いかにひとつ三億くらいする高級品といっても、企業からしたらそれを数個だけ売って終わりにする理由がない。と、思う。
「それに、たとえエリクサーを作れる個人がいたとして、その人はもう企業に買われるなりなんなりしてます。エリクサーの錬成方法を会社に売るとか、色々あるでしょう。もしそんな事があったのなら、エリクサーはオークションにかけられる品物ではなく、とっくに市販化されて安くなってる筈です。三億じゃなくて、三千万とか、一千万とかで、ですかね?」
うーん。
そー言われてみれば、そうなのかもしれない。
なら、エリクサーを作れる人がいないってのも、まあ信じられるか?
「さて、追加効果のあるエリクサーは十億スタートで、最高価格は百億と聞きます」
「ひゃくおく!?」
バカみたいな金額に、俺の頭はショート寸前。
おま、百億って、なんぞそれ……。
「赤ちゃん肌になるなら、追加効果としてはとんでもないので、もしかしたらもっと価格が跳ね上がるかもしれません。二百億いってもおかしくないかと」
「……うそでしょ?」
「いえ、飲んだだけで赤ちゃん肌になるなんて、世の中の女性が黙ってませんし、妻や愛人等に使わせたいと思う殿方が山ほどいる筈ですから」
となりでオーナーの娘ミルクさんが「うんうん」と頷いた。
……あれ? ちょっと待てよ?
俺、余計な事した臭い?
普通のエリクサーなら、平均落札価格が三億で?
追加効果があると、十億スタートで最高百億?
赤ちゃん肌になるエリクサーは、オーナー予想だと二百億まで行くって?
うーわー……。
三億の恩で済む筈が、二百億くらいの恩になっちゃった感じ?
しかも、恩人が中年も良い所のさえないおっさんな俺?
あーあーあーあー……。
「あの、お礼の一言だけでかまいませんので、後は気にしないで下さって結構ですからね? お金も要りませんので」
こんなおっさんに二百億分の恩返ししなきゃならないシングルマザーとか、地獄に程がある。
俺がもちっとイケメンで陽キャな素敵人間ならともかく、俺じゃさすがに可哀想だ。
「アンタ馬鹿すか? そんな訳いくわきゃないっしょ?」
チャンネル登録者十二万人超えの有名低層アタッカー、親ゆずりの白の美少女、湯乃谷ミルク。
彼女は、腐った牛乳みたいな瞳で俺を睨み、およそ恩人に放つものではない態度と台詞をぶちまけてきた。
「こらミルク! 失礼でしょう! すみません命ヶ為さん! 本当に申し訳ございません!」
焦った様子でぺこぺこ頭を下げるオーナーと、何事もなかったかの様に平然としているミルクさん。
オーナーがミルクさんの頭を掴んで「貴女も謝りなさい! はやく! こらっ!」と強引に頭を下げさせた。
いや、無理に頭を下げさせなくてもいいでしょ。……とは思うものの、俺が親なら同じ事やってか。やってたな、確実に。やらない訳がない。
「いいんですよ、湯乃谷さん。別にかまいません。気にしてませんから、そこらへんで……」
「気にした方が良いすよ。こんな小娘にナメられたまんまで終わるのは、流石に雑魚すぎるんで」
「ミルク!? この子はほんっともう! いったい今日はどうしちゃったのよ!? あのねえ、命ヶ為さんはねえ! 貴女の命の恩人なのよ!? 貴女も分かってる筈でしょう!?」
親がここまで言っても、ミルクさん……いや、ミルクちゃん? …………ミルクでいいか。
ミルクは、まるで悪びれる様な素振りをチラリとも見せない。
「ああ、ほんとにお気にせず」
悪いのはそのミルクだけなんで。
オーナーは気にする必要ほんとに無いんで。
いやはや、苦労しますねこんなクソガキが娘で。
育てるのどんだけ大変なんだか、想像もつきませんて。
「こっちは気になるつってんすよ。頭のーみそ詰まってるっすか? おじさま?」
…………なんだこいつ?
いやさ、十六歳?の女に大人気ないとは思うけどさ?
君を治したの、俺よ?
別に金払えとか、カタチのあるお礼しろとは言わないよ。
でもせめてさ、感謝の言葉くらい言っても良くない?
態度はまあ、どうでもいいからさ?
せめてさ? ありがとうくらい言おうよ?
このクソガキ、そんな事も出来ないの?
オーナーの教育が悪い可能性があるけど、多分違うわ。
こいつが、ミルクがクソガキ過ぎんだわ。
それをひしひしと感じるわ。
「ああもう! 命ヶ為さん、今日は失礼させて頂きます! ちゃんとしたお礼と謝罪は、また後ほど改めて!」
うーん、なんか、改められても面倒だな。
正直、感謝されても素直に受け取れないよ、もう。
「いや、いいですよ。なんか、もういいです。その子を助けて損したとは言いませんが、ええと、失礼ですがもう、ほんと関わりたく無いんで。お礼も謝罪も、されても、その……迷惑なんで、ほんと気にしないで下さい。こちらと関わらないでくれたら、それでいいです」
俺がそう言うと、オーナーは顔を真っ青にして頭を下げた。
何度も何度も下げまくった。お美しく。
「すみませんすみませんすみません! では、なにかあればいつでも仰って下さい! なんでも協力しますので! 本当に、申し訳ございませんでした! し、しし、失礼します!」
オーナーは「ほら、失礼しますは!?」とミルクに強要するも、彼女は反発した。
「うーわ、気に入らないからって関わるな? なんすかそれ、ガキすか? 大人気ないすねえ?」
…………ビンタくらいしても、よくね?
他の家の子でも、さすがに、よくね?
とは思った瞬間――
「いいかげんになさいっ!」
――ごしゃあ。
オーナーが殴った。ミルクの顔面を。
白髪爆乳美少女の整ったお顔に、オーナーの拳が嘘みたいにめり込んでた。漫画みたいに。
一発KOだった。
一撃で意識を刈り取った。
しかし、もんのすごい音だったな。
……顔の骨、どっか折れたんじゃない? 鼻とか。
いくら引退した身とはいえ、流石はザクロ義姉ちゃんの相棒だった元深層アタッカー。威力がハンパ無い。
もう少し手加減したほうが良かったのでは?
「あの、ちょっとやり過ぎじゃ……」
「これくらいでは足りません! なんでしたら、命ヶ為さんもどうぞ! 是非どうぞ! いますぐ起こしますんで! 何発ぶちこんでもかまいませんので!」
こっわ! こわすぎっ!
いくら俺に失礼を働いたとはいえ、我が子を差し出すとか!
しかも完全にのびてんのに即起こすとか!
怖すぎてチビりそう!
「はあー? なにビビってんすか大人のクセに」
無理矢理目覚めさせられたミルクは、この後に及んでクッソ生意気な台詞を吐き出して来た。
本気でなんなんだコイツ。何考えてんだコイツ。
「ほーら、やっていいすよ? いくらでもいいすよ? 殴ればいいじゃないすか。ほーらほーら♡ ざーこ♡ ざーこ♡」
舌をべーっと出して、大人を馬鹿にしたような態度でしこたま挑発してくるクソガキミルク。
「痛い目みないと分からないみたいなので、どうぞ! 遠慮なく!」
「えっと……」
オーナーに殴る許可、というか是非殴れとお願いされた。
これは、どうしたもんか。
「あーあ、レモン様の大好きなおじさまってこの程度なんすね、しょーもな。しょーもなおじさまが大好きなレモン様も、実は全然大したことないって事すね。残念す。はーあ、ふたり揃ってざーこ♡ なんすね♡」
――すぱん、
頭に血が上り過ぎていた俺はいつの間にか、クソガキの頬を手の平で叩いていた。
手が、痛い。
「うーわ本気で手をあげるとか! ありえねっすよ! 他人の子に普通やります!? ねえわー! こーりゃもしかして、あっしにエリクサー使ったのやっぱ後悔してますー? ねーえ? どーなんすかー?」
後悔してるなんて、オーナーの前では言えないし、実際にしてない。今だって、別に、このクソガキにエリクサー使わなきゃ良かったなんて1ミリも思わない。けど……。
「……もう、他人にエリクサーは、使いたく無い、かな」
せいぜいがこの程度だ。
まさか初めて助けた他人がこんなクソガキだなんて、思ってもみなかった。
またこんな気持ちになるくらいなら、もう、いいわ。
こんなクソガキばかりじゃないのは知ってるけど、なんか、冷めたわ。ってか懲りたわ。
「今後一切、レモンちゃん以外には絶対、薬草も、ポーションも、渡さないし、売りもしない」
そうだ、クッッッッソ可愛いレモンちゃん以外には、エリクサーなんて渡さない! 決めた!
こうやって無意味に理不尽にイラつくのもごめんだしな!
「うわー! これだからおじさんはダメなんすよねー!」
「……本当に再教育が必要なのね、貴女」
全身をわなわなと震わせているオーナー。
心労、お察しします。頑張ってください。
「あの、娘さん叩いちゃって、すみませんでした」
「いいえ! こちらからお願いしたのでお構いなく! まだ叩き足りなかったら、どうぞ!」
と言いつつクソガキの身体をコブラツイストで固定するオーナー。
「もう大丈夫です! 十分ですので!」
「そうですか? もし足りない場合は連絡下さればいつでも差し出しますので、遠慮せずに」
もう叩き足りてるし! そんな連絡しないからね!?
「では、この度は誠に申し訳ございませんでした。失礼致します」
「そんじゃっすー♡ ざこざこ♡おじさまー♡」
――めごす。
聞いた事の無い、とんでもなく鈍い音が部屋中に鳴り響いた。
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