【第五章】第八話~代役~
一頻り泣き終えた後、私達はブランコに並んで座った。もう涙は落ち着いていたけど、次第に恥ずかしさが沸き起こっていた。きっとそれは涼香も同じで、しばらく無言のまま小さく揺れている。
「なんか、まだ信じられない」
涼香がぽつりと呟いた。けれど閑静な住宅街の寂れた公園、それはハッキリと私の耳に届く。
「両想いって事が?」
涼香の方を見れば、恥ずかしそうにうつむきながらも小さく笑っていた。
「うん。実は私ね、小学生の頃からこういう好きの気持ちを夏希に持ってたの。でもさ、女の子同士の恋愛なんてあまり普通じゃないでしょ。だから凄く悩んでいたんだよね。私は変なのかな、この気持ちもし知られたら夏希離れちゃうのかなって」
少し大きく涼香がブランコをこぐ。私はでも黙って耳を傾けていた。
「仕事でさ、恋愛とかを演じる事はあっても自分の中で報われないだろう気持ちを抱え続けていたから役に入って行けない事があったんだ。それで何度も何度も怒られたりしてさ。そのうちに二つの私を演じるようになった。みんなが知ってる俳優の小泉涼香と、本当の私。でも、次第に本当の私がわからなくなっていったの」
「……私の前では正直でいて欲しかったな」
涼香が大きくうなだれ、ブランコは自由運動となる。ゆっくりと動きを遅くし、やがて涼香の足が地面に着いた。
「わかってるよ。でも、できなかった。正直になればなるほど、夏希が離れていく事ばかり考えちゃって。わかってよ、私の気持ちも」
「大丈夫だよ、わかってるから。きっとね、私も突然言われてもどうしたらいいのか困ったかもしれない。今ほど、素直になれなかったかもしれない。だから、うん、今のはごめん。だったらいいなって願望が入っちゃったかも」
「何よそれ」
涼香が噴き出すように笑うと、私も自分で何を無茶苦茶な事を言ってるのかと苦笑する。この高揚した気持ちが、もっと前からそうだったらいいのにという願望を取り込んでしまったのかもしれない。
「で、夏希は私の気持ちに気付いてたの?」
「正直、わからなかったよ。ただ、ずっと他の人よりは特別だとは思ってた。六月だったかな、実は私、モカに告白されてたんだよね」
「えっ、何それ? ちょっと待って、初耳だよ」
涼香が驚いて私の方を見る。勢い余ってブランコの鎖がカチャンと少し大きな音を立てた。
「言えないでしょ、さすがに」
驚く涼香に私は落ち着くよう、片手で抑えるようジェスチャーをする。
「もちろん断ったよ。でもね、モカに告白されて気付いたんだ。私の心の中にはずっと涼香がいる、それはもしかしたら他の誰かと付き合ったとしてもそうなるかもしれない。じゃあ私の一番は……なんて考えた時から意識し始めたんだ」
今度は私がゆっくりとこぎ出す。
「そうしたらね、涼香が段々と綺麗に可愛く見えてきてさ。普段の何気ない言動も、あれこれってって思うようになっていたんだ。それがまぁ、夏休みに遊んだ時かな」
「ちょっと、もぉ……恥ずかしいなぁ」
涼香が足先で地面に何かを描くよう動かす。私はそれが可愛くて頬を緩めると、ブランコを止めた。
「逆にさ、何で涼香は私の事を好きになったの? 芸能界ならたくさん素敵な人とか格好良い人とかいるでしょ」
「あんなの夏希の足元にも及ばないよ」
ハッキリとした涼香の言葉に私は驚き、思わず見詰めた。すると涼香は鼻で一つ笑う。
「あのね、芸能界での素敵な人ってのは見せ方が上手い人。格好良い人はいるけど、大抵が俺様王様気質で性欲丸出しな人ばかり。もちろんそればかりじゃないよ。でも、私自身が何度もそういう目に遭いそうになったからさ」
「やっぱりあるんだ」
「あるよ、もう狂ってる。もちろん良い人もいるよ。親身になってくれる人、相談に乗ってくれる人、優しくて気遣ってくれる人。でもね、そういうのはもう本当に夏希にはかなわないんだ。夏希ほどの人はいない。自覚ないでしょ?」
あるわけない。私は苦笑いを浮かべながら曖昧に小首を傾げるばかり。
「夏希はね、本当に優しくて強いの。あの子役時代、私がどれだけ普通に接してくれる夏希に心救われたか。私だけじゃなく夏希もいじめられた時、私の側を離れずに一緒にいてくれた強さがどれだけ心強かったか。私はもう、決定的にこれで恋をしたんだよ」
思い余って真剣なトーンで見詰めながらそう伝える涼香はブランコの鎖を強く握っているのに気付いた。私は何度もうなずき、改めて涼香の言葉を身体の中に入れる。
「ありがとう、そう言ってくれて。なんかでも、照れるね」
もうその眼を注視できず、私はつま先で足元の砂をなぞった。
公園を離れる頃には黄昏時と言うのに相応しい感じだった、「そろそろ行こうか」とどちらからともなく話し出すと、ゆっくりと歩き始める。夕焼けがより赤く街を染めるが、遠くの空は次第に夜が迫っている暗い青色。
「……本当はさ、もう芸能界辞めたいんだよね」
帰り道の途中、涼香がそうこぼした。私はそこに驚きはなく、小さく何度もうなずくばかり。
「みんなに沢山期待されて、まだ私を求めてくれている人がいるのは知っている。でも、もう無理かもしれない」
「涼香はたくさん頑張ったよ。少なくとも、私は否定しないし責めないよ」
「ありがとう、夏希ならそう言ってくれるってわかってた。でも、うちの両親とか事務所は許さないと思う。最近、それがエスカレートしてる気がして怖いんだよね」
怖いと涼香が言った時、私は前回の世界線での涼香の家の事を思い出した。失踪直前の涼香に会いに行ったあの時、涼香のお母さんは誰かと争っていた。大きな物音がし、静かになった家から殺気立った顔で私の前に現れたあの時の事は忘れられない。
「怖いって、どういう事? 何かあるの?」
「何て言うんだろ……次のオーディションに何もかもを賭けてて、すごく苛立った感じがするんだよね。何気ない一言もキツさがあったり、これが失敗したらみんな終わるんだからと常に私に言ってくるの。だから、その……」
うつむいた涼香が足を止めた。私も足を止め、次の言葉に耳を傾ける。と、その時一足先に秋風が流れた。
「次のオーディション、勝ち目がほとんどないくせに失敗したら私、殺されるかもしれないって思ってるの」
「そんな」
考えすぎだよとは慰めでも言えなかった。実際、涼香は殺されるのだろうから。
「変な妄想だってわかってる。さすがにまさかそんな事はするはずないって。でも、どうしてか……」
不安げに震える涼香を私はそっと抱き締めた。まだ表通りには至っておらず、人通りだってほとんどいない。だからか、自然と身体が動いていた。
「何とかしようよ」
「夏希……」
疲れてる、気のせいだなんて言葉は無意味。もう原因はハッキリとしているのだから。そして何もしなかった時の未来も。
「涼香は芸能界を辞めたい、でも両親や事務所が辞めさせてくれない。それで涼香が身の危険を感じる雰囲気があるって事だよね」
「うん、そう」
「となると、代役が必要だよね」
「代役?」
私は涼香から離れると、一つうなずいた。涼香はいまいちピンと来ていない顔をし、小首を捻る。
「涼香の代わりに芸能界に入り、両新や事務所も認められるような人がいればいいんだよね」
「……え、待って、それって」
「黒岩がいるじゃない」
目を丸くする涼香に私はにやりと笑いながらうなずいた。
「おい星野、何言ってるんだよ」
翌日の放課後、私は無理を言って六人でカラオケ屋へと入った。ここなら他の誰にも会話は聞かれないし、人目にもつきにくい。私と涼香の他は何がなんだかわからない様子だったけど、どうしてもみんなに訊いて欲しい大切な悩みがあると言ったら着いてきてくれた。そうしてドリンクが運ばれるなり、私は昨日の事を告げたのだった。
「だから、涼香は芸能界を辞めたがってるの。もう限界なの。でも事務所と両親が辞めさえてくれない。だから黒岩、アンタを涼香の代わりに芸能界に入れようって話」
「おいおい待ってくれよ、何だよそれ。小泉、星野の話は本当なのか?」
「うん、本当。と言うか私、この前受けた大きなオーディションがあるって言ったでしょ。そのために合宿にも行ったって。あのオーディションに落ちたら、殺されるかもしれないって本気で思うの」
「殺される? そんなのマジであるわけ……」
和樹が大きく驚き、場を和ませようと茶化そうとしたが涼香の目を見て黙った。
「ねぇ涼香、その大きなオーディションって一体何なの? 教えてもらう事ってできるのかな?」
凪が身を乗り出して静かに聞くと、涼香が一つ息を吐き出した。
「……村部隼太監督がカンヌに出すって話の映画のオーディション。まだ審査の途中だけど、参加者には遠藤環さんとか姫野未来さん、佐伯桂里奈さんとかがいるよ」
質問に答えた時、四人から大きな動揺が生まれた。それもそうだ、私だって初めて聞いた時にはその規模の大きさに驚いたし、努力などで覆せない壁のようなものを素人ながらに感じたのだから。
「ちょっと、マジ? その中に涼香が入ろうとしてるの? ヤバくない?」
「その三人、メチャ売れっ子だもんな。見ない日なんかないくらい」
驚くモカと和樹はそれでも言葉を選んだみたいだ、つまり、涼香じゃ相手にならないと。
「私だって、みんなの期待には応えようとして頑張ってきたよ。応援してくれている人がいるのも知ってる。でも、さすがにこれは難しいよ。私の力じゃどうにもならないくらい、上の方でお金と人脈が動いてるのがわかるんだから」
「だからって、小泉が辞めます代わりに俺が入りますってそんなの上手くいくわけない。それに何だよそれ、一生懸命自分なりに努力してきた俺を馬鹿にするような」
憎々しげに黒岩が涼香を見る。そしてその苦しげな吐露にみんな沈黙した。
黒岩の気持ちはよくわかる。自分の努力を否定されたような気にもなるだろう。涼香からの推薦ともなれば、今まで苦労していた壁を二段も三段も飛び越せるかもしれない。だからこそ、許せないのだろう。
「黒岩、努力してきたからこそ私も涼香も推薦しようって思ったんだよ」
「だからって」
頭を掻き毟り、顔をしかめる黒岩。するとその肩を強めに凪が叩いた。
「何を迷ってるの、黒岩君。チャンスじゃないの。なりたいんでしょ、芸能人に」
「間宮、でも」
黒岩同様、驚いてみんな凪を見る。けれど凪の視線は一切ブレず、黒岩の目だけを見ていた。
「本当になりたいなら、どんなチャンスでも掴まないとならないんだよ。卑怯とか汚いとか引け目を感じるとか、そんな甘い世界じゃないの。黒岩君はそういう世界に飛び込みたいんでしょ」
「俺は……」
「迷ってる暇なんか無いよ。実力でゼロから行きたい気持ちはわかるよ。でもそれだと見つけてもらうのに何年かけるつもり? 実力ある人でも見てもらわないと話にならないんだよ。そのチャンスが今だってわからないの?」
凪は黒岩の両肩に手を置き、更にしっかりと見詰める。うなだれつつあった黒岩もさすがに顔を上げた。
「私の彼氏はそんなに意気地なしだったの?」
驚きが私達に走る。けど、真偽を確かめるとか茶化すとか祝福するのは二の次だった。今はただ、黒岩の良い返事を待つばかり。
「……わかったよ。そこまで言われたら、やるしかねぇだろ」
黒岩の答えにわっと沸き立つ。私は訪れつつあった黒い霧が晴れていくような感覚を抱く。そして思わず笑顔で涼香と抱き着いていた。
「よかったね涼香、夏希。黒岩も偉い、マジで偉い」
「あぁ、本当に良かったよ。ところで黒岩、いつから付き合ってるんだ?」
誰しも聞きたかった事を訊いてくれるのはやっぱり和樹。黒岩が気まずそうに口ごもっていると、凪が恥ずかしそうにしながらも口を開く。
「先週からかな。ほら、夏希と黒岩君とで私と習字してたでしょ。その帰り道、何となく話す機会が増えて、それで」
「えー、おめでとう凪」
私が小さく拍手すると、涼香も笑う。
「そうだったんだ。おめでとう二人とも」
「ねー、まさか二人がくっつくとはねー」
モカも嬉しそうに拍手する。場はすっかりお祝いモード、照れる一人を除きみんな笑顔。私もすっかりこの幸せな報告と涼香の悩みが解決しそうで、気が緩みそうになる。
「で、夏希と涼香も付き合ってるんでしょ?」
モカがニヤニヤしながら私と涼香を見る。その発言に凪、和樹、黒岩が目を丸くしながら私達を見てきた。私はもうこの場ならいいか、この場での発表しかないかと思い、半ばノリとヤケクソで涼香の肩を抱いた。
「昨日からね。だって私に涼香以上の人なんかいないから」
おぉっと四人が沸き立つ。涼香は照れ臭そうに、でも私の制服をつまみながら視線を下げている。それがもう本当に可愛くていじらしくて、愛おしい。
「おいおいマジかよ、いつの間にかカップルだらけになっちゃったな」
「ほんとだよねー。でも夏希涼香も、凪黒岩もお似合いだもんね」
モカにそう言ってもらえるのは嬉しかった。ほんの少し心が痛んだけど、でも私の気持ちを最初に気付かせてくれたのはモカ。その気持ちに応えてはあげられなかったけど、素直に祝福してくれる姿に涙が出そうだった。
「え、じゃあ恋人いないのって俺とモカだけ?」
何かに気付いた和樹が目を丸くしたかと思えば、真剣な眼差しでモカを見詰めた。
「しょうがない、じゃあ俺達も付き合うか」
「え、何言ってるの? 私そもそもレズだから和樹は対象外なの」
「マジかよー」
和樹の絶叫はすぐにみんなの笑いへと変わった。
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