特別編:ロッグ
◆◆
近頃、暖かいを通り越して暑くなってきた今日この頃。
人類が大きく数を減らしても、夏の猛暑はそう変わらないらしい。結局温暖化の原因が何だったかはよくわからないままだ。人類の代わりに宇宙人どもが無茶苦茶やっているのかもしれない。
「いや、そうでもないか。冷房器具が無いからな」
一応、温度計を見る限りは30度前後。クーラーさえあれば全然余裕、すずしいといっても過言ではないが、しかしそんなもの、今の世の中では望むべくもなく。
結果的にそのぐらいの温度でもあちーあちーと過ごす事になる。
大変な世の中である。
が、私に限ってはちょっと事情が違っていた。ふふふ。
『クープ、クープ』
「おっとっと、お前の事を無視してた訳じゃないぞぉ」
私の背中にぺったり張り付いている我が子が、無視しないで、と首までよじ登ってくる。ひんやりしたベロでぺろぺろ頬を撫でられて、私は苦笑して我が子を背負い直した。
この子はロッグ。鱗の無いつやつやした肌で、目が大きく手足が大きい。なんていうか、全体的にカエルっぽい。どちらかというとあれか、水から上がってきたばかりで、尻尾がまだ生えてるチビカエルみたいな。甲殻も極小で、目の間、オデコの所にちょんとあるだけだ。見た目は防御力が低そうに見えるが、どうやらぷにぷにの皮膚は力を入れると岩のように固くなるらしく、柔軟性と強度を併せ持っている。ナマコみてーだね。
そんな我が子が背中にリュックサックみたいに張り付いている。
この暑い中、うっとおしくないのかと思われてしまうだろうが……実はこの子、凄く体温が低い。ずっとひんやりしている。
カエルをはじめとする変温動物は基本体温が低いが、そのあたりも真似ているのだろうか。
「あれかな……腹が減りすぎて、ウシガエルっぽいオタマジャクシを串焼きにして食べたのが拙かったのかな……?」
『クープ?』
「なんでもないよ、よしよし」
足を止め、我が子を背中から前に抱きかかえ直してなでなでする。
気持ちよさそうに目を細める様子はいよいよもってカエルっぽい。この子達がどういう理屈で生まれてくる際の形態を決定するかは不明だが、もしかすると母胎、そして母胎の栄養状態に左右されるのかもしれない。そういえば世界で一番有名な宇宙生命体も、最新の解釈だと寄生した母胎の肉体を変異させて発生する存在故、その遺伝子の影響を強く受ける、なんてのがあったな。
この子達もそうなのだろうか?
「……今後はちょっと食べるもの吟味しようか?」
『クープ、クプクプ。クープ』
「あ、ちょ、顔をべろべろなめないのっ、まったく」
考え込んでいる私の顔を、長い舌でべろべろ嘗め回してくるロッグ。この子達の粘液はすっきりさわやかな香りがして、乾くとさらさらとするから別に気持ち悪くはないのだが……なんかこういうと化粧品みたいだな……。
「……もしかして私の肌がかさかさしているから嘗め回している、とか?」
自分で自分の顔をぺたぺた触ってみるが、少なくとも触れた限りではぷにぷにの幼女肌である。乾燥どころかひびわれとも縁はなさそう。
まあ、経緯が経緯なので、そのうち顔が皺だらけになったり、灰色に変色したり、なんだったらナノマシンが光り始めたりするのかもしれないが、今の所変化はないようである。
ちょっと安心して私はロッグを抱えなおして歩みを再開した。
今日は、ちょっと山の上のお寺にいってみるつもりだ。この間、見上げていたら何やら人間の生活っぽい反応を目撃したのである。
別にそこにお世話になろうっていう訳ではない。この人類絶滅カウントダウン、という状況で尚もお坊さんが修行に明け暮れているのか、ちょっと気になったのだ。
「なんだったら、つかず離れず、近くで暮らすのもいいかもね。ふふふ、私は山の妖怪……」
『クプクプ、クープ』
「ふふふ。それだとお前は川の妖精かしらね?」
喉を膨らませて鳴く我が子を抱きかかえつつ、私は人の居ない廃墟の中を歩く。気分はピクニックだ。
さて。どんな人達が住んでいるのだろうね。
◆◆
人気のない山を、宇宙人達の集団が登っていた。
機械の体に、首にちょこんと座する軟体生命体。
崇める神の為に殺戮に明け暮れる、アイドール・オーダーと呼ばれる宇宙人の勢力。彼らは同時に、棄教活動にも熱心だった。
彼らの神を崇めぬ教えは、全て異端として焼き払う。こんな小さな極東の島国に根付いた、山の上の小さなお寺とて例外ではない。
彼らはいかにこの先に待つ神殿を焼き払うか、いかに異教徒を苦しめるかを互いに雑談しながら、山を登っていた。
とはいえ、自分達の出番はないかもしれない、というのが正直なところ。
すでに先行した部隊が、神殿に到着しているはずだ。ここにいる者達は、周辺警戒という貧乏くじを引かされ、それを終えてえっちらおっちら山を登っている所だった。
何せ最近、このあたりで部隊が消息を絶つ妙な事件が頻発している。宇宙人に対する抵抗勢力である人類軍はこのあたりで活動が確認されていない。
民間に、宇宙人に抵抗する勢力がいない訳ではない。恐らくは、そういったものに消されたと考えられている。
だとしたら、軍人ですらない民兵にやられた間抜けども、という事になる。彼らは消えた部隊の者を嘲笑いこそすれ、心配など微塵もしていなかった。
と、進む道の傍らに、さらさらと水が流れているのが見えてきた。
川だ。
一見すると透き通った清流が流れている。透明な川の水……これが、異教徒の血で染まる時の事を考えて、宇宙人達は互いに顔を見合わせて含み笑いした。
と。
『……?』
不意に寒気を感じて、彼らは脚を止めた。
流れる川、その水面に、何か白い靄が立っている。確かに、ここ数日は炎天下が続き、それに対し清流の水は冷たく温度も低いとはいえ、靄が立つほどだろうか?
しかもそれだけではない。靄にまじって、小さな泡のようなものが漂っている。それは川の流れに沿うように、山の上から流れてきているようだ。
不思議に思って脚を止める宇宙人。その眼前に、川の流れにのって、いくつもの白い塊が流れてくる。
氷の塊。
唖然とそれを見送る彼らは、つづいて流れてきたものに目を奪われた。
……人ほどの大きさがある、大きな氷の塊。それがごろごろと転がりながら、川の流れに沿って下流にながれていく。
そしてその大きな氷の塊は、中に何かを閉じ込めていた。
黒い。宗教的な装飾の施された。機械の。人型の。
それも一つや二つではない。
数え切れぬほどの、氷漬けになった■■が、川の流れにそって流れていく……。
たじろぐ宇宙人の前を、シャボン玉がふわり、と漂う。
『■■……! ■■!』
言葉に出来ないが、何か危険を感じ取り、宇宙人は振り返った。背後に続く仲間に、異常を伝えようと……だが。
振り返った先。
彼の後に続いていたはずの仲間達。
それらはみな、立ったまま、白い彫像と化していた。
『…………■■!?』
驚愕に後退り、周囲を見渡す宇宙人。
気が付けば、この場で生きているのは彼一人だけ。背後に続いていた者達も、隣で語り合い、一緒に川を覗き込んだはずの同僚もみな、時が停止したように凍り付いている。
気が付けば、周囲には無数のシャボン玉が漂っている。
表面が白く凍り付いた、ふわふわ漂うシャボン玉。
それらが、ふわりと漂って、ぴたりと宇宙人の鎧に触れて……ぱん、と弾けた。
それきり、山道は静かになる。
炎天下の下。もはや動く事のない宇宙人の彫像だけが、立ち並んでいる……。
「お疲れ、ロッグ」
『クープ、クププ』
山道を登ってきていた後続部隊の全滅を確認し、私は藪から顔を出した。
腕の中では、喉をぷくぷく膨らませる我が子の姿。子が口を開くと、そこからぷくり、と冷凍ガスを充てんしたシャボンが吐き出される。それはふわふわ漂って森の木に当たると、一瞬で木一本を丸ごと凍り付かせた。
「いやー、間一髪だったわ。まさか私がお寺を覗きに行ったタイミングで、宇宙人が攻めてくるとは……」
『クプクプ』
「お前のおかげでみんな助かったよ。ほら、お食べ。落雁のお替り」
『クップ!』
お礼に貰った砂糖菓子をロッグに分け与えると、我が子は夢中になってそれに齧りついた。もっしゃもしゃと口の中であまーい砂糖菓子を咀嚼する我が子を抱えたまま、私は山道を降りていく。
お寺のお坊さんたちは、別ルートで避難中だ。
最初はちょっと「苦難こそ修行の時」とか言われたけど、「問答無用で鉛玉ぶち込んでくる獣相手するのは時間と命の無駄でしょ」「連中の目的は棄教なのでここで逃げる事こそが教えの為に必要」「人類軍も苦境の中にあるんだしそっちに合流してカウンセリングでもしてるほうが有意義」的な感じで説得してなんとか逃げてもらいました。
なんだかんだ、この状況で居座り続けるのに限界は感じてたみたいだしね。一番偉いっぽいおじいちゃんが私の話を素直に聞いてくれたからスムーズだった。御菓子もおじいちゃんがくれました、お寺に残ってる分は全部食べていいらしいからまたあとで回収にいこう。
ふふ、これぞ情けは人の為ならずってね。
「ふふふ、味噌とか梅干しとか、楽しみ~」
『クープ、クープ』
なお。
何年も宇宙人の脅威にさらされた日本の食糧事情で、いつまでも味噌や梅干しが残ってる訳がない、落雁はそれこそとっておきを分けてくれただけ、という事に私が気が付くまで、あと10分。
◆◆
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