『児童相談所です! おら扉開けろお!』



 人類軍の大規模攻勢。


 その動きに気が付けたのは幸運だった。たまたま、私の代わりに人類軍の様子を見に行ったブレイドが大規模な物資の集中という露骨な動きを感知していなければ、この機を逃す所だった。


 まあ、本当にたまたまだったのか、というのには大きな疑問が残るが、まあとりあえずそういう事にしておこう。……何しに人類軍の基地にいってたかは、敢えて追求しないでおく。別に血の匂いもしなかったしね。


 とにかく、大規模な人類軍の攻撃は私達にとってはちょうどいい陽動だ。


 どちらにしろ、最後の宇宙人の拠点はそれ相応の戦力が集中している。プルートゥ級のチルドレンがいれば滅ぼすだけなら容易いが、その上であの子も助けるとなると難易度が高い。


 人類軍が戦力の大半を請け負ってくれるなら万々歳だ。


 あとは、敵の目がそちらを見ている間に、防壁を抜いて内部に侵入する。


 防壁は分厚いが、装甲板なのは表の1mぐらいだ。あとの大半は、冷却装置とかシールド発生装置、分子固定装置とかそういうので、表面に穴さえあけてしまえば個人が入り込むのは容易い事。


 そうして要塞寺院の内部に入り込んだ私は、ほとんど敵に見つかる事なく中央の巨大神殿目掛けて走っていた。


「……警備も手薄だな。大半が人類軍の迎撃に出ているか」


『ズラァン』


「そうだな、油断は禁物だな。私達を捕らえる為の罠かもしれない」


 ブレイドの警告に頷きつつ、私達は中央神殿目指してひた走る。


 遠くからは無数の爆発音や銃声が聞こえてくる。上空を見上げれば、ドーム状に展開されるパワーシールドの金色の輝きが光りっぱなしだ。一通りの迎撃戦力を放出した後、宇宙人どもは亀になる事にしたらしい。


 あるいは、この状況すらも、私達を捕らえる為の一計か。


 外で戦っているであろう人類軍の事も気にかかるが、流石にそこまでは手が回らない。満を持して勝負に打って出たのだから、それなりに善戦してくれているという事を信じる他はない。


 神殿に辿り着くと、再びブレイドが刃を振るい、侵入口を切り開く。そこから私達は内部へ侵入した。


 曲がりくねった長い階段を駆け上がる。やたらと折り返しが多いが、これは果たして意味のある構造なのだろうか? 宇宙人どもの宗教が絡んでいるので、どんな意味不明な構造も許されている感じだ。なんかぞわぞわする。


「……む」


 そうやって進むうちに、私達は何か広い部屋に出た。


 恐らく普段は礼拝堂として使われている設備なのだろう。広さのほどは野球ドームの半分ぐらいか? 上を見上げれば、無数のステンドグラスが張り巡らされ夜空の星のよう。部屋の最奥には、三本腕の巨大神像が佇んでいる。ただこれは権威を示す為の奴隷に作らせたものではないせいか、作り込みが段違いだ。深く彫のある厳めしい顔をした三本腕のヒューマノイド……これが、連中の言う所の神らしい。右腕に巨大な剣を、左腕には分厚い辞書を。そして背中から生えた三本目の腕は、天秤のようなものを吊り下げている。


 なるほど。奴らの心の拠り所だけあって、神々しさすら感じる造形だ。が、私にはどうでもいい事だ。とりあえずは、こんな広い部屋ではどこから狙撃されるかわかったものではない。通らないに越したことはない。


「ブレイド、引き返して別の道を行こう。ここはなんかまずそうだ」


『ズァアン』


 我が子と頷き合い、その場を引き返そうとした瞬間。


 聞き覚えのある声が、私達の耳朶を打った。


「あら。せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなさいよ。死ぬまでね」


「!!」


 すぐさま離脱しようとしたが、遅かった。ばちばち、と出入口がパワーシールドの光に覆われる。


 閉じ込められた……!


 すぐさまブレイドが刃を振るって横の壁を切り開くが、そちらもシールドに塞がれている。この部屋を中心にパワーシールドを球状に展開したか。


 しまった。最初から誘導されていたのか。


「ち……」


 腹をくくって向き直る私達の前に、神像の陰から少女が姿を現す。


 私と同じ、宇宙人の虜囚となり実験体にされた哀れな子供。相変わらずの拘束服で……しかし、その右腕が惨たらしい事になっている事に気が付き、私は胸を押さえた。


「その、腕……」


「……あんたを逃した事で酷く怒られてね。役立たずの腕ならいらないだろうって」


 少女の右腕は、肘の手前で切り落とされていた。そしてその代わりに、金属製のロボットアームのようなものが接続されている。知っている、奴隷兵の中に、ああいったアタッチメントで攻撃力を強化されているものが時々いる。だが、生きた人間、それもまがりなりにも実験体として、戦力化してる人間にそんな事をするなんて……!


 息をのむ私の目の前で、少女はガチンガチンとロボットアームの三本爪をかみ合わせて小さく笑う。煤けたような笑みだった。


「これで……失敗したら、次は何を奪われるのかしらね。なんて、次なんてないんでしょうけど。頭の悪い犬の方が、まだ大切にしてもらってるかもね」


「……ぐ、ぅう」


「だからさあ……死んでよクイーン! 私の為に、ねえ!!」


 少女の怒声と共に、神像の反対側から彼女のチルドレンが姿を現す。


 右側に銃を背負った、砲撃タイプのチルドレン。だがその体は今や半分ほどが機械化され、右手で抱えているのも完全な機械兵器、ガトリングガンとおぼしきもの。カメラアイに置換された右の目が、瞼代わりのシャッターを開いて、私達の姿を捉えた。


 回転砲身がスピンアップするのを見て、ブレイドが前に出る。


『ズァアアアンッ!』


『シュラアアア!』


 放たれる超高速の弾丸。秒間数十発にも及ぶであろう圧倒的な弾幕……しかし、真に恐るべきは、本来の性能を発揮するブレイドの力であった。


 仕様書通り、母胎の血と命を食らって生まれてきた正式仕様の生体兵器。その戦闘力は、私の想像を遥かに超えていた。


 超高速で残像すら残さずに振るわれる刃が、秒間数十発の弾丸を片っ端から切り裂き、弾き、無力化していく。瞬く間にブレイドの足元にはバラバラになった銃弾の破片が降り積もり、彼の周辺の床や椅子に次々と穴が開いた。


 およそ10秒間の射撃時間。弾切れかオーバーヒートでゆっくりと回転を停止する回転機関砲の前で、全身から湯気を放出しながらブレイドはゆっくりと残心の構えを取った。


 その体にはほとんどダメージは見受けられない。多少、何発か受けた痕跡はあるが、見ている前で傷口が塞がっていき、最後にぺっと銃弾を吐き出した。ほとんど逆再生レベルの回復力だ。プルートゥを思わせる。


『ザァアン……』


『……フシュルル』


「……さ、流石は本物の化け物ね……」


 対面する少女が浮かべる皮肉っぽい笑みも引き攣っている。正直私もここまでやるとは想定外だった。


 あらためてうちの子なんなんだろう、という疑問が浮かんでくるが、それを押し込めて私は少女に宣告した。


「……これ以上は無理だ。考えてみろ、私達は元々一人で宇宙人とやりあってたんだ。その宇宙人の装備を移植されたその子で、私達に勝てる道理なんてないだろう。大人しくしてくれ、そうすればすぐに奴らから解放してやる」


「解放する? 何を? どうやって? もしかして、ご自慢の脳波動とやらでどうにかするつもり? ちゃんちゃらおかしいわね、これを見てもそんな事が言える!?」


 私の言葉に少女がヤケになったように叫び、機械の腕で拘束服を切り裂き、己の肌を露出した。


「これでも、私を救えるって!?」


「……っ!!」


 服の下にあったのは。


 人間の体ではなかった。無数の機械を埋め込まれて、無数のケーブルが這いまわる間に、辛うじて青白い人肌が覗いている。


 生きているのではなく、動かされている。ただ死んでないだけの死体がそこに立っていた。


「あんたと違って、私は5号でもう体にガタが来た。それでも連中の実験成果としては破格の成果で、3号と5号が比較的有用だったから、あいつらの制御のために無理やり生かされてこうして鉄砲玉になってるワケ。わかる? 何匹産んでもケロリとしてて、お腹かっさばかれても数日でなおって! 自分の腹を食い破って生まれてきた化け物どもにママーなんて慕われてるあんたとは違うのよ! あたしは!! 何もかも!!」


「……っ、………っ!!」


「だからさあ……せめて死んでよ。私の為に死んでよクイーン! そうでないと、そうでないと……私、何のためにこの世界に生まれてきたのよっ!!? ねえっ! 答えてよクイーン!! ねええええっ!!」


 狂喜に満ちた叫びと共に、少女が私に走り寄ってくる。クロ―を振りかざす彼女に、ブレイドが咄嗟に割ってはいる。


「く……っ、ブレイド、あのアームを切り落として無力化してくれ、あとはなんとかする!」


『ザンッ!』


 動揺に思考を止めるわけにはいかない。まだ彼女を救う方法はある、咄嗟に我が子に迎撃指示を出す。刃を振りかざしたブレイドが、少女の前に立ちはだかる……。


「……なーんて、ね! 4号!!」


 が。


 少女はブレイドと勝ち合う直前で、咄嗟にバックステップ。刃の外に逃れた彼女を追うかこの場に留まるか、一瞬ブレイドの動きが判断に鈍る。


 そこを狙って、天井を突き破って降りてくる何か。


『GRRRRR!!』


 それは前線基地を襲った蜘蛛型のチルドレン。あの基地で負傷したと思われる背中の外骨格は機械化され、足も何本かは銀色に光るロボットアームになっていた。


 そのうちの一つが、真上からブレイドを強襲する。咄嗟に刃を交差させてその一撃を防ぐブレイドだったが、その足場の方が衝撃に耐えられなかった。


 床が罅割れ、砕けていく。そのまま真っ逆さまに落ちていくブレイドを追って、蜘蛛のチルドレンと銃のチルドレンが追っていく。


 この部屋を隔離していたはずのパワーシールドの輝きは見えない。遥か下まで子供たちが突き落とされていったのが見えた直後、再び黄色い輝きがその姿を閉ざして見えなくなった。


 そうか。


 全てはあくまで、私を孤立させるためだけの……!


「やっと二人きりになれたわねクイーン!!」


「ぐ……っ!」


 少女が今度こそ誰にも阻まれる事なく私に向けてクロ―を振るう。それを避けつつ、私は動揺を落ち着かせながら叫び返した。


「甘いな……一対一でなら、私を押さえられると思ったか!?」


 そもそも、彼女と一対一になるのは想定の範囲内、それもかなり喜ばしい展開だ。私は背中から隠し持っていた特殊警棒を引っ張りだして構えた。機動隊の詰め所っぽい感じだった場所から拾ってきた物だ。殺傷力が低いためこの世紀末の世の中ではぺらいナイフの方が人気ではあるが、相手を殺したくない私にはうってつけだ。なんだかんだで特殊樹脂製の警棒は強度もあり、1,2回ぐらいなら宇宙人の近接武器とも打ち合える。


 あんな文字通りとってつけたようなクローなど怖くないぞ。


 ひゅんひゅん、と風を切って警棒を振り回す私に、しかし少女は小ばかにしたような笑みを浮かべた。


「はっ。……んな訳ないでしょ? 切り札があるに決まってるじゃない」


 直後。


 上空からの殺気に、私は慌てて背後に飛びのいた。


 一瞬遅れて、上から降ってきた何かが床を砕き、その破片が私の頬を切り裂いた。


「なん……っ!?」


 血を拭いつつ距離を取る。


 私の視ている前で、砕いた床からのっそりと身を起こす何か。


 銀色に輝く、毛の代わりに外骨格を持った狼のような怪物。私の知らない第三のチルドレン。


 ゆうゆうと歩み寄った少女が、毛並みを梳くようにその甲殻を撫でてやる。


「いいタイミングよ、5号。でもちょっと惜しかったわね。……次で挽回してみなさい」


『グルルルゥ……』


 低く唸る怪物の視線が、私を捉える。


 その眼光に、思わず口元が引き攣る。


 これは。ちょっと。


 ……不味いかも??




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