『義理堅い人だなあ、あ、甘味いただきます』
「何かね? ……あ、もしかしてお腹が空いたのかね? 気が利かなくて悪いな、ちょっとまってくれ」
「あ、いや」
そういうつもりはなかったのだが……とはいえ、別に要らないという訳ではない。廃墟暮らしはいつだって新鮮な食料に飢えている。
それに人類軍の少将ともなれば兵卒よりはマシなもん食べてるだろうし。
少将閣下が机の上に置いたベルをからんと鳴らすと、すぐに幸奈ちゃんが戻ってきた。
「何かご用事でしょうか?」
「うむ。客に何か甘い物を頼む」
「承りましたっ」
いそいそと下がっていく幸奈ちゃんだが、すぐに戻ってきた。事前に準備は済ませていたのだろう。
「はい、お持ちしました。それでは、ごゆっくり」
ことん、とおかれる皿の上には、黄色く輝く立方体がキラキラと煌めいている。
こ、これは……。
「かすてら!!」
「の、ようなものだがね。合成たんぱく液の試作品を用いた試供品というか……鶏の卵を用いた本物には及ばんよ」
「いえいえいえ、そんな事は! あ、食べていいんです?!」
勿論、と頷く少将に、私はさっそく手づかみでカステラを貪る。
ふっわふわの触感! 脳に響く甘さ!
今の世の中、それも軍事施設でこんなものが食べられるとは思わなかった! そうか、原料的には卵と砂糖があればいい訳だし、ケーキよりは敷居が低い訳だな! 日持ちもするし!
文明最高!!
ああ、うちの子供たちにも食べさせてやりたかった! でも流石に、生まれるまでとっておいたら傷んでしまうだろうしな……いや、逆に考えれば今食べれば栄養は卵に摂取される訳で。そう考えれば悪くないかもしれん。
「ふふ、喜んでくれてよかった。……時に、普段はちゃんと食べているのか? 何だか、前に見た時より顔がやつれてるようだが……」
「あ、だ、大丈夫です。はい」
卵に栄養を吸われているからです、とは言えず、笑って誤魔化す。そうか、やつれて見えるのか。ちゃんと食べてるつもりだが、我が子が段々代を重ねるうちにどんどん強化されているのと比例して、必要な栄養が増えているのかもしれない。今後気を付けよう。
「よし、私の分も食べたまえ」
「いいんですか!? わぁい!!」
もしゃもしゃ、と遠慮なくもう一切れも頂く。おいしー! これと比べれば宇宙人の脳みそなんてゲロだよ、ゲロ以下! 吐しゃ物未満! ……でもそれを食べないと情報が不足してんだよなぁ……。
あと最近は不意打ちで仕留めないとなんか、自爆するんだよ。脳みそ。
どうもこっちが脳みそから情報抜き取ってるの把握したみたい。ただ、脳みそに触手でも突き刺して自白させてるみたいな解釈したんだろうね、根こそぎ消し飛ばすんじゃなくて脳幹の破壊が目的らしい。脳機能破壊すれば情報は漏れまい、みたいな。
実際は破片でもくちゅくちゅできればある程度情報が入手できるんだわ。自分でもどういう仕組みか分からないけど、出来るんだから仕方ない。
「んまぁーい!」
「ふふ、それだけ喜んでくれるとこちらも嬉しいな。……。……時に、葛葉さん」
「ふぁい?」
指についた欠片をなめとっていると、気が付けば少将はなんか神妙な面持ちでこちらを見ていた。
なんか真面目な話があるらしい。
機密の話は終わったと思ってすっかり油断していた私は、あわてて袖で指を拭って佇まいを直した。
「な、なんでしょうか」
「うむ。その……君は、柏木浩平、という名前に覚えはあるかい?」
しかし少将の口から出てきた言葉は、私の予想外のものだった。
柏木浩平。
忘れるはずがない。収容所でルーと共に宇宙人どものモルモットだった頃に言葉を交わした、初めて遭遇した人類軍の兵士だ。
ルーとの戦闘試験の為につれてこられた彼は、私がルーを諫めた為に、不要と判断された宇宙人に殺された。
そういえば。少将の苗字は柏木……ああ、そういう事か。
「……親戚、あるいは、弟さんですか」
「弟だ。……君が破壊した捕虜収容所の記録は、今現在少しずつ人類軍で解析されている。遅々として進んでいないが、解析できた中に、君と弟が会話している映像を見つけた」
「そうですか……」
私は俯き、きゅ、と拳を握りしめた。
「……少将の仰る通りです。私は、確かに少将の弟さんと収容所で出会っています。言葉も交わしました。……そして、見殺しにした。恨み言なら、いくらでも」
「そんなつもりはない。顔を上げてくれ、葛葉さん。私は、ずっと君にお礼がいいたかったのだ」
「……礼?」
家族として恨み言の一つでもあるだろうと思っていた私は、しかし思わぬ言葉に困惑しながら顔を上げた。
「弟が消息を絶った時、私は浩平の死を覚悟していた。宇宙人どもに捕縛された人間の末路は、実験体として遊び殺されるか、生体部品として奴隷兵に組み込まれ同胞に牙を剝くかのいずれかだ。だが、弟はそうはならなかった。その死は無残なものであったが、それを心ある人に見届けられ、そして弔ってすらもらえた。凄絶を極める暴虐の中で、浩平は人として死ねた。その事に、深い感謝を」
柏木少将は、私をまっすぐな視線で見つめて、そして小さく頭を下げた。
「ありがとう、浩平の死を見届けてくれて。ありがとう、弟の名を覚えていてくれて」
「そ、そんな……私は、何も、できなくて……」
少将の言葉に、私は顔を背けつつも、罪悪感と同時に、どこかふわふわした気持ちになっていた。
なんていうか。ずっと背負っていた荷物が一つ、すぅ、と消えたような気がする。後悔は消えない。事実は変わらない。
だけど、浩平さんの兄である少将からの言葉に、何か少し救われたような気がしたのだ。
「ふふ。本当なら、岩国基地でこの言葉を伝えるつもりだったのだがね。随分と遅くなってしまった」
そんな私に、少将は優しい笑みを見せてくれる。本当は、弟を失ったこの人が一番つらいだろうに……。
……今の世の中、家族の誰かが宇宙人に殺された、だなんて話は有り触れている。少数なら悲劇でも、多数ならばただの数字だ。親しい人の喪失をいつまでも悲しんでいられないのが、今の世界なのだ。
終わらせなければ。
一刻も早く。
宇宙人を一人残らず殺しつくして。
私が覚悟を新たに、お腹の卵を服の上から撫でていると、コンコンとドアをノックする音がした。
「……ん? 何かね」
「少将、幸奈です。葵ちゃんをお連れしました」
「ああ、そうか。待っていたぞ」
がちゃり、とドアが開くと、足音と共に姿を表すのはしかめっつらの黒髪ポニーテイルの少女。訓練中だったのだろうか、強化アーマーのインナースーツに、軍服の上着だけをひっかけた煽情的な姿だ。肌にぴちぴちで体形が浮き上がる黒いインナーが目に毒で、私はそっと目を逸らした。
「立花葵中尉、ご用命につき参上いたしました」
「うむ。……ちょっとその言葉遣いはおかしいが、まあいいだろう。葛葉さん、ここからはうちの立花中尉が基地を案内する。戦友同士、積もる話もあるだろう。ぜひ、ゆっくりしていってくれたまえ」
「えっ」
お話とやらが終わったらすぐに帰るつもりであった私はぎょっとした。思わず葵ちゃんと目を合わせると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。年下の親戚の子供を見るような、こう、保護者チックな笑みで。
「せっかくだから、ゆっくりしていって。ね?」
「……ええと、まあ、はい」
私はお腹を撫でり撫でりしながら、小さく頷いた。
本当はそろそろ、出産場所を確保しておきたかったのだが……。
なんせすごい血が出るからな、ラウラがほってくれた地下室に匂いとか染み付いたら安全地帯で無くなってしまう。故に安全だからこそ、実際の出産と子育ては別の場所で行うようにしている。その場所がまだ決まっていないのだ。
とはいえ、感覚的に孵化までまだ大分あるから大丈夫だろう。だいたい三日ぐらいか? 一日潰れてもまあ、問題はあるまい。
人類軍の基地に興味があるかないかでいえば、大いにある。今後に備えて、見識を深めておくのは悪い事ではあるまい。
「さ、いきましょうか。どこか見たい所はある? 機密じゃなければどこにだって案内してあげるわよ」
「じゃあ、えーと、そうだ! お姉さんの仕事場がみたい! あの空をびゅんびゅん飛ぶ奴!」
「いいわよ、別に。じゃあ、職場見学といきましょう」
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