『良薬口に苦しというのは怠慢だと思うんだ』



 マシンカルティストの基地に侵入し、まんまとその責任者を捕らえた私と我が子。


 基地の警備は厳重だったが、所詮過去のデータに基づくもの。


 新しい力を手に入れた我が子の前では節穴もいい所だった。


「今日もよくやってくれた、シルル」


「しゅーるるる」


 私の誉め言葉に、2mほどの体躯を持つ大きな我が子は目を細めて小さく鳴いた。


 シルルは二足歩行する爬虫類型の姿をしている。最近だと、最後にプルートゥがこの系統の姿をしていたか。ただプルートゥが頑強な外骨格、鋭い爪で武装していたのに対し、シルルは外骨格が小さく青白い肌がほとんどむき出しで、武器になるような大きな爪や牙も持っていない。


 その代わり、前の世代であるキティから引き継いだのか四肢には外套膜のような薄膜がある。目も大きいが爬虫類というよりイカか魚のような黒目がちの瞳で、口元は触手のような無数の髭で覆われている。さらに全身がうっすらと粘膜に覆われているのもあって、恐竜人間というより人型の軟体類のようにも見えなくもない。


 もちろんよく見れば鋭い爪や牙もあるし、逞しい尻尾がうねっているからベースはあくまでも爬虫類系なのだろうけど。


 全体的にあんまり強くなさそうな所までキティから引き継いでしまっているが、それは逆説的にこの子が強烈な特殊能力を持っている事を示しているといってもいい。


 この子の特殊能力。それは、透明化だ。


 正確には光学迷彩になるのだろうか? とにかくこの子は、体色を変えて風景に溶け込む事が出来る。カメレオン、なんてレベルではない。至近距離でそこに居る、と知っていてまじまじ見ても、全然分からないレベルの迷彩だ。


 しかも光の屈折率とかもコントロールしているらしく、宇宙人の基地によくある光センサーみたいなものを堂々と横切っても反応しない。さらに、身体が大きいから私を腕に抱えて外套膜で包み込めば、二人そろって完全に透明になれるのである。


 宇宙人からすればインチキもいいところだろう。知ったことではないが。


 勿論万能ではなく、ごまかせないセンサーはあるらしい。だが連中はキティによる神隠し事件がトラウマになったのか、あの子相手を想定したセンサー類ばかり重視していて、この子相手には無意味だった。


 キティはあくまで肉体の柔らかさと軽量さを生かしたスニーキングが得意だったのであって、ステルス能力を併せ持っていた訳ではなかったからな。


 そんな訳で二人そろって基地の正面玄関から堂々とお邪魔して、ぴったり責任者の背後に張り付いて一緒に部屋に入室、独りになった所で襲撃、という訳である。しかしこう、いくら姿が見えなくても息とかそういうので気が付かないもんかね、と思ったが、まあ全身機械化してるしそんなもんか。


 繊細な感覚が失われちゃうよね、機械化って。


「……んむ」


 そんな責任者は、今や床の上で伸びている。その頭には、お手製の金属ストローがぶっささったままだ。ここから脳みそを吸い上げて、いつぞやと同じように情報を取り出している訳だが……。


「……うぇぷ」


『しゅ、しゅるるぅ』


「み、水……水を頼む……」


 胸の奥から込み上げてくる吐き気に助けを求めると、慌てて我が子が外套膜にくるんで保持していた水筒を差し出してくる。その中にはきれいな水が満たされている。


 清涼な水で喉を潤すと同時に、口に含んでいた脳髄の欠片を押し流す。喉をゆすいでも、胸がむかむかするのはなかなか去らなかった。


「……ま、まずぅ……っ!」


 目に涙が浮いてくるのを堪えつつ、私は吐き気を堪えて口元を押さえた。


 まずそもそも、脳みそは美味しいものではない。少なくとも私の口には合わなかった。それでもそこから得られる情報は代えの利かないものだから、仕方なく、本当に仕方なく食らっているのである。


 が!


 それを踏まえてもクロノス・オーダーの連中はマジで不味い! こいつらはどうも肉体のみならず脳も一部機械化しているらしく、その拒絶反応を抑える為か頭蓋に変な薬液を満たしているのだ。これが信じられないほど不味い、地獄の底から這い出してきたような味がする。しかも一口目からもう十分すぎるほどヤバイのに、飲み干した後胃の縁から絶望的な後味が込み上げてくる二段構え!


 一応成分的には毒はないらしいがこの味だけでもう十分猛毒もいい所である。おまけに機械化してる関係で生の脳みそが少ないから、えり好みも出来ない。覚悟を決めてクソまず薬液と一緒に脳みそを吸い上げると、口の中に広がる悍ましい食感と味覚を絶滅させるゲロマズのハーモニー。


 死ぬわ!!!!


 マジで!!!!


「うっ、おぇ……ひぐっ、うぇえ……」


『しゅるるるる……』


 あまりのまずさに嗚咽しながら涙する。


 すると、やさしく背中を撫でられる感触。顔を上げると、我が子がおろおろしながら私をあやすように背中に手を回していた。黒目がちのクリクリした目が、心配そうに私を見下ろしている。


 これはいけない。


 子供の前でこんな姿を見せるなんて。


「ご、ごめんね……情けないママでごめんね……」


『ふしゅるるる』


 しまった、気持ちが弱り切ってるせいか思っているのとは違う言葉がでてしまった。心配させまいと強がるつもりだったのに……。


 しかし我が子はそんな私の弱気にも首を横にふり、大丈夫、と深く頷き返してきてくれた。


 ああ。本当によく出来た子だぁ……。


「あ、ありがと……おちついてきた。残りは食べていいよ……」


『しゅるるー!』


 嗚咽が収まってきたので、ストローを引っこ抜いて死体を指し示す。我が子は「いいの?! 残り全部食べていいの!?」と全身で悦びを示しながら、死体を引き起こしてその頭にむしゃぶりついた。


 我が子的にはあのゲロマズ薬液は気にならないらしい。


「……もしかしなくても……食育が悪かったか……?」


 思えば食料品は貴重なのと、我が子が喜んで食べるから宇宙人の肉ばかり食わせているが。それがそもそもよくないのではないだろうか。


 不味いもんしか知らないから宇宙人の肉を喜んで食べているのでは? という不安が私の脳裏に過ぎる。


 それはあんまりにも不憫だ。


 一月しかない人生、出来るだけ食べたいものを食べさせてやりたいと思っていたが、それが間違いだった可能性がここで浮上してくる。


「一体どうすれば……」


『ふっしゅるるー♪』


 嬉しそうにゲロマズ薬液に塗れた肉をくっちゃくっちゃしている我が子。その様子は本当においしいものを楽しんで食べているようにしか見えない。


 私の考えすぎで、本当に味覚が違うのかもしれない。


 というか思い返してみれば、キティは甘い物が大好きだったが、それはそれとして宇宙人を美味しそうにむしゃむしゃしていた。いくらなんでも不味いのなら、あんな一晩で100人ちかい宇宙人を食べつくしたりはしないだろう。


「……わ、わからん。今度から幼体の内に食べ比べさせて反応を見てみるか……?」


『しゅるるぅ?』


 思い悩んでいる私に、シルルが食事を止めて首を傾げる。その口の端から緑色の薬液が垂れているのを見て、私は子供の口を拭ってやった。


「ああ、ほら。こんなに零して……もうちょっと丁寧に食べなさい」


『しゅる!』


 私に構われるのが嬉しくてしょうがないのか、ぴこぴこ尻尾を左右に振る我が子。もう、いつまでたっても甘えん坊なんだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る