『避難所のシーツより我が子の方がふわふわでぬくぬくに決まっているだろう?』
結局、私は二日ぐらい部屋で寝込んだ。
その間、誰かに呼ばれる事はなかった。それはそれで、気持ちを落ち着けるには都合がよかったが、ちょいとみんな薄情ではないだろうか。
いや、それも仕方ない話か。誰もが生きるので精いっぱいの世の中、最近やってきた得体の知れない小娘がちょっと部屋に引っ込んだぐらいでいちいち気にしていられないのはわかる。
それでもまあ、食事ぐらい持ってきてくれていいんじゃないかなあ。特にあの子供たち。知らない仲じゃないんだし。
「まったく……」
シャワーを浴びて、数日ぶりに部屋を出る。
キティを巻き付けなおして、私はアパートの廊下を歩いた。
「……? うん?」
歩いていると違和感を覚えた。
なんか。なんだろ……?
私はその場で足を止めて首をひねった。……ああ、そうだ。
音がしないんだ。
アパートにいても、集落では一日中何かの音が響いている。解体場で瓦礫を解体する音、作業中の職人達の怒鳴りあう声。そういった生活の物音が、必ず遠くから響いてきていた。
それが、今は感じない。
「……今は、昼だよな」
窓から見上げる太陽は、常と変わらず煌めいている。
にもかかわらず、まるで集落全体が眠っているかのように静寂が広がっている。
私はちょっとした悪戯心で、胸元の我が子に声をかけた。
「……違うよな?」
『みゅふ!? みゅ、ふふふみゅ!!?』
違うよ!? 必死になって弁解する我が子に、ごめんごめんと苦笑して頭を撫でまわす。
確かにキティの能力を考えれば、一晩もあれば集落の人間を消し去る事など造作もないが、できるからやる、というほどうちの子は短絡な頭はしていない。
何せ、ちゃんと言い聞かせてあるからな。
その点について、我が子を疑う親はいない。
となると……。
「部屋に引きこもってる間に何かあったか。……子供たちの所に行こう。心配だ」
『みゅふ』
アパートから出て集落の中を歩くと、そこかしこにぐったりとした人が座り込んでいる。
皆、元気がない。
毛布やタオルを体にかぶせて、浮浪者のように建物の壁に背を預けて座り込み、うつむいている。その中に見知った顔を見つけて、私はとたとたと駆け寄った。
「おじちゃん!」
「……あ、ああ。お嬢ちゃんか……」
解体作業の親方。日に良く焼けた黒い肌のおじさんは、顔を上げて走ってくる私を目にすると、苦しそうに微笑む。
「お嬢ちゃんは元気そうだな。良かった……」
「おじちゃん、これは一体? なんでみんな元気がないの?」
「わからない……昨日から、みんな急に具合が悪くなって……」
かすれた声でつぶやく親方に近づき、額に手を当て、腕の脈を図る。
どっちにも大きな変化は見られない。高熱は出ていないし、風邪ではないようだ。伝染病ではない……食あたりか?
「何か、食糧が傷んでたの?」
「いや、違うらしい……。少なくとも、食あたりを起こすようなウィルスは発見されなかったらしい。原因不明だ……」
「そんな……」
私が部屋に引っ込んでる間、そんな事になってたなんて。
そこまで事情を把握して、私ははっとした。
大人であるおやっさん達がこんな事になっているなら、子供は?
あの孤立して生きる少年少女達はどうなった?!
「……おじちゃん、ありがとう。私は行くところが出来た!」
「あ、ああ。元気だな……」
私は急いで彼らの隠れ家に向かった。
その道中でも、ぐったりしている人々を多数みる。
普通ではありえない。
ありえない事には理由がある。
この施設に向かう途中で目撃したセンチネルの兵士が頭を過る。
「まさか……あいつらが……?!」
人目を気にせず、キティをなびかせて全速力で走る。肩で風を切り、私は隠れ家へとたどり着いた。
「お前ら!」
隠れ家の奥に押し入る。普段、子供たちが眠っている部屋。
そこに踏み込むと、つんとした異臭が鼻をついた。
思わず足を止める私の視界に入ったのは、床に寝かされている小さな子達。そしてそれを心配そうに取り囲む、年長組の少年達だった。
「お前……無事だったのか。よかった」
「……小さな子達の様子は、どうだ?」
眠っている子供たちを起こさないように声を潜めて尋ねる。少年のリーダーは首を横に振った。
「今は眠ってるけど……もう、眠っているのか起きているのかわからない。ずっと具合が悪そうで、受け答えもおかしい……」
「そうか……」
意識が混濁しているのか。やはり小さな体の子供たちほど影響が大きいようだ。
しかし、そうなるとなんでリーダー達は無事なんだ?
「お前たちは無事なのか?」
「うん……理由はよくわかんないけど……」
少年達も自分達が無事な理由に困惑しているらしい。
部屋を見渡すと、机の上に配給の食糧が置かれているのが見て取れた。集落があの状態だ、すでに数日たっているのか、皿の上の料理は乾ききっている。傍らには、封を切ったビスケット。
「あっ、おい」
「……これじゃ、ないか」
料理を一筋、指先につけて舌に乗せる。記憶喰いと同じ要領で分析するが、得体の知れない成分などは検出されなかった。
あくまで古くなった料理にすぎない。これを食べて腹を下す可能性はあるが、このようにぐったりする可能性はない。
何が原因だ?
そもそも食料や水が原因ならすでに突き止めているはずだ。理由は……。
「……何か手伝う事はあるか? 子供たちを放っておけない」
「お前も子供だろーが。いや、でも、助かる。ありがとう……」
リーダーもいつになく殊勝だ。それだけ、小さな子達の具合が悪いのだろう。
と、そこで小さな少女がむにゃむにゃと「おにいちゃん……」と呻いた。
その頭を、リーダーの少年が優しく撫でてやる。
「大丈夫だ。大丈夫……」
「…………」
その。
お互いに助け合って生き抜こうとしている子供たちの様子を見て、私はなんだか自分が恥ずかしくなった。
私は、少なくとも平和で満たされた幼少期を生きた。親からの愛を疑ったこともない。成人して社会人になっても、親と頻繁にやりとりをしていたし、連休をとって実家に顔を出す事も欠かさなかった。ある意味では、家族という繋がりに甘えていたともいえる。
だが、彼らは。この子供たちは。
この暗黒の時代の中、平和を知らず。親を喪い、頼れる親類もおらず、子供たちだけで、自分達だけでたくましく生き延びようとしていた。周りの人間に頼らなかったのは明確に間違いだといえるが、それも彼らが経験から判断した事だ。
絶望の中にあっても、まっすぐに明日を目指す。
親を喪ったと思い込んで二日も寝込んでいた私と違って。彼らは、この絶望の世界に、立ち向かおうとしているのだ。
「私も、まだまだだな……」
まったくもって恥ずかしい。これでは、死んでいった我が子達にも顔向けできないではないか。
胸に巻き付くキティの頭をそれとなく撫でまわし、私は子供たちの傍に座り込んだ。
「ああ。大丈夫だとも。人間は、逞しい。きっと何とかなるさ」
「……ああ。病気だなんだか知らないけど、こんな所でこいつらを死なせるもんか」
「その意気だ」
リーダーの少年は少なくとも絶望していない。それが無知からくるものだったとしても、私はそれを素晴らしい事だと思う。
と、寝かされていた小さな子が寝返りを打ち、タオルケットが大きくずれた。わたしは苦笑して、それを直そうとする。
「あ、こら。まったく、寝相が悪いんだから……」
ずれたタオルケットに手を触れる。
途端。電流のようなしびれが、私の神経に走った。
「っ!」
「どうした?」
思わず反射的に手を引いた私を、リーダーの少年が訝し気にみている。
私はそれに構う余裕もなく、己の手をじっと見降ろした。今の、感覚。
覚えがある。
宇宙人由来の、何かしらの危険な物質に触れた時の感覚に似ている。
『(みゅぅううううう……)』
まきついたキティも、私にしか悟られないように警戒をしている。我が子も、危険な物質を感知したのだ。
これは……。
「……おい、子供たちにかぶせているシーツやタオルを全部はげ! 全部だ!! 外に放り出せ!!」
「え?」
「急げ!! 不調の原因は、これだ!!!」
私はタオルを少女から引きはがし、両手で挽き絞るように繊維を広げた。
絡み合った繊維の中に、何か白い粉末のようなものがある。
「食料や水じゃない……! 衣料品に、何か仕込んである!!」
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