『それじゃあ、いただきまーす』
ワシャワシャワシャと激しく甲殻をすり合わせる我が子。それに伴い、耳をつんざくような怪音が高まっていく。ビリビリと壁が震え、ばちん、ぱちん、と壁や天井に取り付けられた配管の固定具が弾けた。
そして。
『ヒィイイイイイイン!!!』
極限まで高められた高周波が、衝撃波のように我が子の全身から放出された。アンカーは弾け飛び、ワイヤーが千々に千切れる。周辺の物質は全て粉々に粉砕され、床に大きなクレーター状の陥没が形成される。当然、アンカーの射手たちなど影も形もない。
超高周波。
地中を掘削する我が子の特殊能力だ。冷静に考えてみてくれ、いくら強度とパワーがあったとしても、あんな牙のシールドドリル程度でガチガチに補強された防衛要塞の基礎に穴をあけられる訳がないだろう?
ちょっと理智的に考えれば他の絡繰りがあると分かるはずだ。
残念ながら、宇宙人連中にはその程度の理解力も望めなかったようだが。
『ば、馬鹿な……うぉおお!?』
眼前の光景を受け入れられずに棒立ちしていた指揮官個体だが、再び我が子が暴れ出した衝撃でバランスを崩す。そのまま指揮官は、窓ガラスを突き破って落下した。ちょうど私の目の前に、超重量のボディが降ってきて凄い音を立てる。
『■●!?』
「あらま」
立場に見合った強度のあるボディのようだが、流石にあの高さからの落下は堪えたらしい。すぐに動けず床に伸びている。
見上げると、自由を取り戻した我が子が目を真っ赤にしたまま、指令室のあった所にぶちかましを仕掛けているのが見て取れた。飛び出そうとしていた護衛が、それに巻き込まれて木っ端みじんになる。
「それで。出し物はもうおしまい?」
『おのれ……!』
私の挑発に、身を起こした指揮官個体が銃を向ける。大口径の機関砲、直撃を食らえば私も流石にちょっとヤバそう。
まあ、我が子の目の前で、私にそんなものを向けるほうがもっとヤバいんだが。
ひゅん、と風を切って伸びてきた髭状器官が、指揮官個体の手から銃を叩き落す。そして何本ものそれに絡めとられたラジコンボディが、ふわりと宙に浮いた。
その向かう先には、口を大きく開いた我が子の姿。
『待っ……』
待ちません。
ぱくりんちょ、と我が子の口の中に消えていく赤紫のボディ。ごくん、と喉が嚥下するのが見えた。
「噛み砕いたり消化するんじゃないわよー。まだソイツには聞きたい事があるから」
『ヒィィン』
わかってるよー、と嘶いて、我が子が顔を寄せてくる。ごつごつとした甲殻に体を寄せて、私はよしよし、と優しく撫でまわした。
「よーし、いい子だいい子だ。よく頑張りました。ママ、助かっちゃった。ありがとうね」
『ヒィン!』
上機嫌に子が喉を鳴らす。
周囲に宇宙人の姿はない。生き残った連中も、司令官が丸呑みにされたのを見て逃げ出してしまったようだ。人間も宇宙人も、頭がやられれば脆いモノである。
みっしょんこんぷりーつ。
そうやって一仕事終えた母子のコミュニケーションを楽しんでいると、背後から何人もの人間の声が聞こえてきた。
「やっと地上に出れた……」
「って、うえええ!? 何だこれ!?」
「めっちゃくちゃだなあ……」
え、人類軍?! どうやって!?
吃驚して振り返ると、最初に我が子がブチ開けた床の穴から、ぞろぞろと強化スーツで身を包んだ人類軍兵士が這い出して来るのが目に入った。
掘ったトンネルから侵入してきたの!?
あんな舗装も補強もされてない、いつ崩れるかわかんないようなトンネルを!? 命知らずにも程があるでしょ?!
改めて人類軍兵士のガンギマリっぷりに戦慄していると、私はその中に見覚えのある顔を見つけて顔を青ざめさせた。
同時にあちらもこちらに気が付いたようで名前を呼び掛けられる。
「っ、葛葉ちゃん!?」
「ぅげ、北川君かぁ……」
「どうしてここに……血塗れじゃないか!? 一体何が?!」
銃を構えるのもそこそこに走ってくる知人の顔に、私はうげー、と苦々しく口を引き結んだ。
流石にこの状況からの弁解は困難だ、っていうか何言ったって説き伏せるのは無理でしょ。
しょうがない。
こういう状況は、逃げるに限る。
「ガルドっ」
『ひぃん? ヒュィイイ……』
「?! ま、まて、葛葉ちゃんをどうするつもりだ!?」
いいの? と目で訴えかけてくる我が子に頷き、その口の中に飛び込む。しゅるしゅると伸びてきた髭状器官が私の体に巻き付いて固定し、口が堅く閉ざされる。
「葛葉ちゃん! まっ……」
潜行モードに移行した我が子が、飛び込むようにして床の掘削を開始する。北川君の呼びかける声は、その轟音に紛れて聞こえなくなる。
そのまま、私は一目散にその場を逃げ出した。
◆◆
宇宙人の要塞から遠く離れた、どこかの何かに使われていた地下施設。
その一角に大穴を空けて顔を出した我が子の口の中から、私はひょい、と降り立った。
当たり前だが、周囲に人間の姿はない。私だけの隠れ家だ。
ここで何があっても、人間にも宇宙人にも認知される事はない。
「ガルド、出して」
『ヒィン』
合図に応えて、えろえろ、とガルドが胃の中身を吐き出す。粘液に塗れて転がり出てきたのは、赤紫のラジコン兵士。
先ほど捕らえた、指揮官個体だ。
『うぅ……』
「おはよう。ご機嫌いかが?」
辛うじてまだ息があるそれは、粘液で身動きを封じられながらも顔を上げた。その前に、私はつかつかと歩み出る。
『こ、殺せ……』
「勿論。その前に、ちょっと聞きたい事があるのよ。……お前達のボス。あの捕虜収容所で、私を観察していた三人の幹部。あいつらについて、知っている事があったら教えなさい」
『だ、誰がお前などに教えるものか!?』
あら、立派なご覚悟。殺されるのを待つだけの身で、そんな啖呵を切れるとは、ちょっとだけ相手の評価を上方修正する。
まあ、何の意味もないけど。
「そう。つまり、教えられる程度の事は知っているのね?」
『!!』
にんまりとした私の笑みに、自分の末路を察したのだろう。
指揮官個体はとっさにロボットアームで、頭部に座する自分を叩き潰そうと拳を振り上げた。
だがそれが届くよりも早く、しゅん、と伸びてきた我が子の触手がその腕を粉砕する。
さらに幾重にも巻き付いた触手が、ロボット部分の手足に絡みついて引き千切り、胴体をへし折り、動作不能にする。あとは座席にしがみつく、無力なクラゲ型の本体だけが残された。
床に転がる上半身に歩み寄り、相手の本体に手を差し伸べる。優しく座席から引きはがした相手の目を、私は至近距離から覗き込んだ。
『や、やめ……』
「じゃあ。いただきます」
※少女食事中※
宇宙人の脳髄を一しきり味わってから、指についた青い血を舐めとる。
意地汚いが仕方ない。乾くと変な臭いがするし、これ。
「あ、でも外套にもけっこう飛び散っちゃった。あきらかに銃弾の痕もあるし、そろそろ新しいのを探してこようかな」
食べ方がちょっと汚かっただろうか。胸元が赤子のエプロンみたいにべったり汚れているのを見て反省する。
『ヒィン……』
「そんなもの欲しそうな目で見ないの。……食べる?」
『ヒィン!』
脱いだ外套をじとっと見つめる我が子に苦笑し、襤褸を投げつけると触手が伸びてきて器用にキャッチした。それをそのまま口の中に運んでいく。
どうにも、指揮官個体ってのはものすごく美味しいらしい、我が子的には。その血がたっぷりしみ込んだ外套は、さながらシロップをたっぷりしみ込ませたクレープ生地みたいなものだろうか。
「私的には美味しくもなんともないんだけどねー」
味わうようにもっちゃもっちゃする我が子から目を逸らし、私は飲み込んだ肉片に意識を向けた。
味覚の奥に、探るように意識を向ける。
「お……見えてきた見えてきた」
断片的な光景が、私の意識にフラッシュバックする。
広大な宇宙空間。
それを背景に鎮座する宇宙戦艦。
ブリッジで膝をつく視点の主。
やがて俯く視界の端に足先が入り、顔を上げる。
その視線の先には、星々の光を浴びながら、こちらを見下ろす一匹の宇宙人。その姿には、見覚えがある。
白い法衣を纏った、白人女性によく似た精巧な造りの人型。その頭部に腰かける、一匹のクラゲ型生命体。半透明のゼリー状の体に浮かぶ瞳が、視点の主を通して私と目を合わせた。
忘れない。
忘れるものか。
そうか、貴様が……!
「みつけた」
探り出した記憶の中から、探し求めた仇の姿を見つけ出し、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「みつけた、みつけた、みつけた。あははは、ははは、はははははは……」
ようやく。
ようやく、その足取りを掴んだ。
我が子の仇。
愛しい嬰児の尊厳を、面白半分で踏みにじった憎むべき敵。
私の敵!!
食らった相手の記憶からその名を読み取り、二度と忘れぬよう頭に刻みつける。
「パラタイン・ヴィシガーナー……覚えたぞ! 見つけたぞ! 私は、貴様を許さない! 宇宙の果てまで追いつめて、必ずその命、食らうてくれる! ははは、ははは! はははははは……!!!」
◆◆
地の底で、怪物は嗤う。
嬉しそうに、楽しそうに、呪わしそうに。
けらけら、けらけらと……。
◆◆
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