『ちゃんとしたご飯は一体いつぶりだっけ?』



 助けた兵士は、北川純一郎と名乗った。


 物分かりの良い彼を引き連れて、私はすぐにその場を離れる。


 幸い、彼の強化装備は一時的にオーバーヒートしただけで故障した訳でもバッテリーが切れた訳でもないらしく、私を抱えて動くには支障がないようだった。


「じゃあ、葛葉ちゃんは一人でこのあたりで暮らしてるのかい?」


「です。あの地面の下の怪物の行動パターンは把握してるので。侵略者がやってきても彼に食べられちゃうから安心なのです」


「たくましいな……」


 私をお姫様だっこして走る北川君。とんでもない速度が出ているようで、伸ばし放題の髪が風に靡いた。


 抱えられながらあくまで非力な幼子エミュで彼と会話を交わす。本来のしゃべりだと、プルートゥと一緒に助けた女の子には言動で不信感を与えてしまったみたいだったからね。


 ガルドは大丈夫かな? 本気になればこれぐらいの速度は出せるけど、あまり音を立てずに静かについてくるとなるとちょっと厳しいかも。


 どこか適当なところで北川君の足を止めるか。


「北川お兄ちゃんは、どうしてこんな所で一人に? もしかして無謀な囮を引き受けてでたとか? 命が要らない人です?」


「はははは、そこまで僕は無謀じゃないよ。たまたまというか……」


 どうやら、彼らの部隊は宇宙人の拠点の攻撃任務の為に移動している最中、敵の警戒網にひっかかって攻撃を受けたらしい。全滅を回避するためにそれぞれ分散して逃げたのだが、運悪く北川君だけ執拗な追撃を受けた、という事だった。


 まあ単純に練度が低いのを見抜かれたのだろう。


 連中は合理的かつ偏執的に、弱い人間から殺していく。それが一番効率的だとわかっているのだ。単純に弱い者いじめが大好きなだけというのもあるが。


「まあいいです。合流地点の近くまでは案内してあげるから、あとは自力でどうにかするです」


「ごめんね。本当は保護してあげたいけど、作戦行動中だから……」


「今の弱っちい人類軍に保護されても安全は保障されないのです。もうちょっと頑張ってから呼んでください」


 割と本音である。


 なんだか知らんが見かける度に侵略者どもにボコられているようでは連中をうち滅ぼすなど夢のまた夢である。もう少し頑張ってほしい。


 見た目は幼い子供の辛辣な発言に、北川君はちょっと傷ついたような顔をした。


「それはその……頑張るよ……」


「まあ期待しないでおくのです。っと、そろそろこのあたりで足を止めた方がいいのですよ」


 隣街の区画に差し当たったあたりで、北川君にストップをかける。


 このあたりの区画はおおむねガルドが侵略者に“わからせ”したから少数の偵察部隊はめったに動き回ってないが、ここから先は未知数だ。自動ドローンの類が巡回している可能性がある。


 それに建物の保存状態も悪い。何度か砲火にさらされたのか、倒壊している建物が多い。空を見上げれば、これから日が落ちようという所だ。


 夜間、この崩壊しそうな瓦礫の山で過ごすのはよろしくない。


「……そうだね。倒壊しそうな建物が多い。少し引き返して、安全そうな建物で夜を越そう」


「それがいいのです」


 さかしげに頷いてみると、北川君はくすりと笑った。


「それ、誰の真似?」


「おぼえてません」







 その日の夜は、民家の車庫をお借りすることにした。


 人の気配のしない放棄されたシャッターの鍵を北川君が銃で吹き飛ばし、彼がシャッターを持ち上げてくれている間に中に入る。


 中には車が残されているという事もなく、がらんとした空洞が広がっていた。片隅に、開け放たれたままの工具箱が転がされている。


 持ち主はどうなったのだろう。生きていたとしても、まあ、帰ってくる事はあるまい。


 大事なのは、この車庫が分厚いコンクリに覆われているという事だ。連中の上空からの偵察における探査システムは、分厚い石壁やコンクリで遮断できる事がわかっている。


「おじゃまします」


「失礼します。ええと、損害賠償なら人類軍あてに……(かきかき)」


 几帳面というか、ガレージ内の壁に人類軍基地への連絡番号を書いている彼をよそに、私はさっさとご飯の準備を始めた。


 勝手に彼のカバンをあさり、携帯ストーブや水筒、薬缶を取り出す。


 勝手知ったる手つきでてきぱきと準備を進める私に、壁への伝言を書き終えた彼が感心したような声を上げた。


「すごいね、どこで覚えたの?」


「機会はいっぱいあったので」


 なんせ、ちょっと探せば壊滅した人類軍部隊の遺留品がいくらでも見つかるのでな。


 大体ぺしゃんこにされたり粉みじんにされたり銃弾でハチの巣になっていたりして原型をとどめていないが、おかげで構造はよくわかっている。


 かちり、と火が付いた上に薬缶をかける。火の様子を見守る私の対面に、北川君も「よっこいしょ」と座り込んだ。そして懐に指を突っ込むと、銀色の包みを取り出して私に差し出す。


「食べる? カロリーバー」


「食べます!!」


 食い気味に答える。苦笑する北川君の手からもぎ取るようにして受け取ったカロリーバーは、ラベルどころか文字も印刷されていないが、確かに見覚えのある形をしていた。


 いかにも業務用といった感じ。まあ軍用なので当たり前だが。


 まあそんな事より甘いもの! 甘いものだぞ!!


 固い接着剤の梱包に難儀しながら包みを剥くと、品のある黒い艶を持った固形物がその姿をあらわにした。


 チョコレート味!


「わあい、私カロリーバー大好き! チョコレート味大好き! ……甘いやつですよね? これでマーマイト味とか言い出したら切れますよ」


「無い無い無い、そんなのあったら暴動が起きるよ」


「では遠慮なく」


 はむり、と口にする。


 途端、いっぱいに広がるチョコの香り。流石に合成か代用品なのか、少しエぐみがあってクセもあるが、この香ばしく芳醇な香りはまさにチョコレートのそれに違いない。


 そしてコクのある甘み! ただ甘いだけではなく、苦みとその奥に残る旨味と砂糖のストレートな甘みが混然一体となって、頭にくる!!


 美味!!


 思わずその場で伸ばした足をじたばたさせてしまう。


「んーーー!!」


「ははは、そんなに喜んでくれて嬉しいよ。あ、でもそれ、一日分のカロリー取れるような奴だからね。まあ、普段からちゃんと食事をとれてる環境には見えないから、気にしなくてもいいかもだけど……」


「え゛っ」


 びっくりしてカロリーバーの断面に目を向ける。


 これが? このサイズで一日分? 一食分の間違いではなくて?


 しばし考えて、ちょっとずつ齧って食べる私を、気が付けば北川君は微笑ましそうな顔で見守っていた。


 なんだか気恥ずかしい。


「あ、お湯が沸いたかな」


 そこでことことと薬缶が揺れ始めたことで、彼はコンロの火を切った。湯気の立つ注ぎ口から、携帯食の袋に熱湯を注ぐ。アルミの袋のようなものが膨らんでいくのを見ながら、私はカロリーバーの最後の欠片を飲み込んだ。


「それ、なんです?」


「日新の袋ヌードル。便利なんだよ、潰れないし、美味しいし。なんだったらそのまま食べてもいい。携帯糧食の王様だね」


 お湯を注いで3分、そういいながら、彼は腕時計に目を向けた。


 携帯糧食の袋は、広げれば地面に立つらしい。便利なもんだ。あ、でも昔、電子レンジでチンして使うパスタソースとかで、こういうのがあった気がする。


 平和な時代の名残のようなものが見えて、私は少し懐かしくなった。


「……じゅるり」


「ははは、そんなもの欲しそうな顔をしなくてもちゃんと分けてあげるよ」


「ほわ!? そんな顔してましたか!?」


 しまった、久しぶりにまともな飯を前にして性根の意地汚さが出てしまった。


 北川君は恥ずかしさに顔を逸らす私を爆笑していたが、言い返す事も出来ない。


「むぐぅ……」


「ごめんごめん、そんなにふてくされないでくれ。何なら全部食べていいよ」


「いいの!?」


 喜びのあまり振り返り、しかし直後に私は自分の口を両手で抑えた。とっさの事で自分の欲望百パーセントの言動が出てしまった。


 恥ずかしい事だ。


 そもそも、この糧食は北川君のものだ。大体彼はこれから過酷な任務に望むのだし、少しでも良いものを食べて英気を養うべきである。


「い、いいよ……。だって、北川さんはこれから悪いエイリアンと戦いに行くんでしょ? 少しでも食べて力をつけて、たくさんやっつけてもらわないとね」


「…………」


「北川さん?」


 不意に、さっきまでにこやかに談笑していた彼の口が閉ざされる。雰囲気の変化を感じ取って、私は彼の顔を伺い見た。


「……葛葉ちゃん。僕はたぶん、今回の任務を生きては帰れないと思う」


「え……」


「死ぬつもりはないよ。だけど、気持ちだけでどうにかなるほど、侵略者達は甘くない。自分でもわかっているんだ。僕には、兵士としての才能が無い」


 そっと、出来立ての袋ヌードルに箸を立てて私に差し出す北川君。


 彼の目は、恐ろしいほどに澄み切っていた。


「だから、僕がこれを食べても食べなくても関係はないんだ。だったら、君に食べてほしい」


「北川、さん……」


「もし気が咎めるようなら、それを食べる代わりに、僕の身の上話なんかを、聞いてくれないかな」


 ほら、伸びるよ、と北川君は私に催促してくる。


 私はしばし躊躇ってから、ちゅるり、と袋ヌードルを箸で啜った。


 久方ぶりに食べるインスタント食品の味。腹に染み渡る、懐かしい醤油ベースのスープの味。一口すするともう耐えられなくて、私は気まずい思いを抱える一方で、夢中になってヌードルに口をつける。


 そんな私を、北川君は優しい顔で、じっと見守っていた。




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