キラキラの向こう側

トムさんとナナ

第一章 完璧な出会いを求めて

「今日のコーデ、どうかな?」


鏡の前でポーズを決めながら、私・川村理沙は自分のスマホに向かってにっこり笑った。白いブラウスに淡いピンクのスカート、足元はお気に入りのヌードベージュのパンプス。アクセサリーも計算され尽くしている。


パシャ、パシャ。


何枚か撮った中でベストショットを選んで、インスタグラムにアップ。ハッシュタグは #今日のコーデ #アパレル店員の私服 #オトナ女子 #恋活中。


「よし、完璧!」


三分後、早速「いいね」が五つ付いた。この調子なら今日は五十個は狙えそう。


私は都内でも人気のファッションビルに入っているアパレルショップで働いている。お客様からは「理沙さんのコーデ、いつも素敵!」と褒められるし、同僚からも「インスタ映え女王」なんて呼ばれている。


でも、それだけじゃダメ。


私に足りないのは、インスタに載せられる「完璧な彼氏」。


理想は高い。年収は最低でも六百万、できれば外資系金融か商社マン。顔は佐藤健系で、デートは都内の高級レストラン。誕生日にはティファニーのネックレスを贈ってくれて、記念日には箱根の高級旅館。


そんな彼氏ができたら、私のインスタは確実にバズる。フォロワーも一万人は超えるはず。


「理沙、今日も気合い入ってるわね」


ショップの店長・山田さんが苦笑いを浮かべながら声をかけてきた。


「はい!今日こそ運命の出会いがあるかもしれませんから」


「あのね、恋愛って見た目だけじゃないのよ。中身が大切だって何度も言ってるでしょう?」


「分かってますって!でも、まずは見た目から入るじゃないですか。第一印象が九割って言いますし」


山田さんは首を振った。もう何度もした会話だった。


午前中は比較的静かで、私はお客様の接客をしながらも、時々スマホをチェック。マッチングアプリに新しいメッセージが来ていないか、インスタの「いいね」が増えていないか。


お昼休憩の時間になり、私はいつものカフェに向かった。サラダとハーブティー。カロリーを気にしながらも、インスタ映えする見た目を重視した選択。


「あ、すみません」


カフェを出ようとした時、誰かとぶつかってしまった。相手は私より少し背の高い男性。薄いグレーのTシャツに色あせたデニム。髪は少しぼさぼさで、手には古そうな文庫本を持っている。


「こちらこそすみません」


彼は丁寧に頭を下げた。声は低くて落ち着いている。顔を上げた時、思わずドキッとした。整った顔立ち。でも、全然お洒落じゃない。


「大丈夫です」


私がそう答えると、彼はもう一度軽く会釈して立ち去ろうとした。


(ちょっと待って。この人、もしかして……)


彼の持っている本が気になった。表紙は擦り切れているけれど、なんだかとても高尚そう。きっと文学青年タイプね。そういう人って、実は家がお金持ちだったりするのよ。質素な格好をしているのも、きっとお坊ちゃんのエコ意識の表れ。


「あの、その本……」


思わず声をかけてしまった。


「これですか?」彼は本を見せてくれた。「ドストエフスキーの『罪と罰』です」


「ドストエ……スキー!」


全然知らない作家だけど、なんか凄そう。


「文学がお好きなんですね!私も読書大好きなんです」


嘘だった。最近読んだのはファッション雑誌だけ。


「そうなんですか。どんなジャンルを?」


「えーっと……色々です!特にクラシック系とか……」


曖昧に答えながら、私は彼を観察した。服装は質素だけど、肌がきれい。きっと高級な化粧品を使ってる。時計は見えないけど、腕が細くて上品。絶対いいとこのお坊ちゃんだわ。


「僕は田中春樹です」


「川村理沙です。よろしくお願いします」


「こちらこそ」


春樹さんは静かに微笑んだ。なんだか神秘的。きっと哲学とか勉強してるのね。将来は大学教授とか、研究者とか。そういう知的な職業って、実は高収入なのよ。


「あの、よろしければ今度お茶でもいかがですか?文学について色々お話しできればと思って」


積極的にアプローチしてみた。


「それはいいですね。僕もお話しできる人がいると嬉しいです」


やった!これは大当たりの予感。


連絡先を交換して、今度の日曜日に会う約束をした。場所は彼が提案してくれた喫茶店。きっと隠れ家的な高級カフェね。セレブってそういう知る人ぞ知るお店を知ってるものよ。

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