Ep.12 私と付き合いませんか?

『その手紙の主はロシュフォールじゃないんですか?

 彼が室長代理として来た時に始まって、彼は部下の住所も知っている』

 

 ノエル君の言葉がどうしても引っかかっていた。

 当事者目線じゃなく、第三者の目で見るとあんなの優しいアルフレッドさんでも怪しく見えちゃうのか……。確かに、家も職場もって手紙を出せた人物として辻褄は合っているんだよね。ただ、証拠はどちらもないんだけど。


(それとも、ノエル君が嫉妬しているだけ?)


 アルフレッドさんが好意っぽいものを仄めかしてくれはしたけど、何度も「私の気持ち次第だよ」って言ってくれてるわけじゃん?

 これって私がアルフレッドさんに好意を持たないんだったら成立しないわけで……。


(あ、でも今ふらついてないとは言えないか……)


 ノエル君は好きだよ。

 年下だけど頼り甲斐あって、格好良くてドキドキさせられちゃうし、優しくて気遣いもしてくれて、私の事を大事にしてくれて……なんだけど、会えない時間が多くて、連絡も取れなくて、寂しいなって思うことが増えちゃった。


(アルフレッドさんは……)


 いつも優しく見守ってくれてて、私の話を一生懸命聞いてくれて、「そうだね」って笑ってくれて、好意を持ってるとは言ってもノエル君みたいにぐいぐいくるわけじゃなくて……。


(私の気持ちはどっちなんだろう……)

 

 いくら考えても簡単に答えが出る気はしなかった。




 気付くと中庭で結構な時間ぼんやりとしてしまっていた。

 日が傾いてきている。いけない。まだ勤務時間中じゃないの。

 慌てて立ち上がった時だ。後ろからいらいらとした声をかけられた。

 

「堂々とサボりとは、流石に有名になった薬剤師様は違うな」


 中庭につながる廊下には副院長がいた。

 副院長は男性にしては小さい身長、メガネの奥の目だけがギラギラとしていて、筋肉の少なそうな細い手足にお腹だけがぽっこりと出っ張っている。典型的なおじさん体型と言ったらいいだろうか?

 頭髪も真上から見ると若干薄くなってるのだが、そこを指摘すると烈火のごとくキレられたという噂を聞いたことがある。妙齢の男性に頭髪の話題は禁句だろうに、勇気のある人がいたものだ。

 

「申し訳ありません。すぐに戻ります」


 内容に色々疑問符はつくものの、ご指摘は尤もなので殊勝に謝罪しておく。

 ただ、副院長にはその返答すら気に入らなかったようだ。


「『妖精の小瓶』のフィオナなどと持て囃されて調子に乗っているのではないか? そもそも、あの薬だってベルウッドの伝統薬じゃないか。お前の発見でもなんでもないだろうに。」

 

 それは今まで色んな人に指摘された事なので、今更という話ではある。

 元々あった薬を飲みやすくしただけなのは、その通りのことなので今まで一度も否定したことはない。

 ただ、王都で女性特有の悩みを抱える人たちにいい薬を紹介でき、安価で提供できるようになったことは本当のことだ。

 薬の発見者だと自分から驕ったりしたことは一度もないのだが……。

 話にならなさそうなので、さっさと調剤室に戻りたい。が、入り口には副院長が立ちはだかっている。

 

(どうしたもんかな……)

 

「そもそも、オリヴァー殿下の気に入りだか知らんが、室長室に引っ張り込まれてちょくちょく二人きりになっているそうじゃないか。共同研究などと言って、体を使ってたらしこんだんじゃないのか? えぇ?」

 

「な!」

 

 これは……あかん。

 さすがにこれはキレていいかな?

 いや、待て。相手は副院長だ。

 謂れのない侮辱に握った手に力が入りすぎて、爪が痛いほど食い込む。

 詳細は面倒なので省くが、聞くに耐えない罵倒がずっと続いている。

 それを見ても、病院の職員は関わりたくないのだろう遠巻きにしていた。

 調子づいた副院長の弁舌は止まることを知らない。

 下を向いて必死に耐えていたのだが、

 

「どうせ借金まみれだったお前が、金のために薬の横流しもやったんだろう!」


 なんだと! このハゲ--------------!


「黙って聞いて……

 

「副院長、私の部下に何をなさっているんです! 証拠もなく部下を公衆の面前で罵倒するのはただのパワハラですよ。今の発言内容は全て関係機関に通告させて頂きます。よろしいですね?」


 あんまりの言いように流石に言い返しかけた時、アルフレッドさんの声が割って入った。

 アルフレッドさんは副院長の後ろに静かに立っている。

 私は副院長の口撃にやっと現れた助け舟に息をついた。

 

「何がパワハラだ……別に私は……」

 

「ここには目撃者が大勢おります。全員から証言を取りますか?」

 

「わ……私は知らん!」

 

 そう吐き捨てると副院長は足早に去っていった。

 悪党の捨て台詞のようだ。

 そして逃げ足も早い。

 

「大丈夫ですか? フィオナさん」

 

 足が地面に張り付いたようになっていたことに今更気付く。

 男性に頭ごなしに罵倒されたのは久しぶりの経験だ。

 やっぱ内容云々関係なく、精神的にしんどい。

 アルフレッドさんに背中に手を添えられ、再びベンチに座らせられる。

 

「はい……、ちょっと、びっくりしてしまって……」

 

「室長室に怒鳴り声が聞こえたから、すぐに来て良かったよ。

 副院長は……ちょっと気をつけた方がいいね。あの人、アジルスの研究発表を君の名前じゃなく、病院の名前で出すようにドレイク室長に強硬に反対してたんだ」

 

 え? そんな話があったなんて聞いたことがないぞ。

 私が出したアジルスの研究レポートはドレイク室長によって補足と今後の研究に対する展望について書き加えられた後、室長と連名で発表したからねと事後報告だった。

 病院側と揉めてたなんて……

 

「それは、知りませんでした。ドレイク室長からは何も……」

 

 中庭に冷たい風が吹き抜けていく。

 日が傾くに従って、温度もどんどんと低くなり肌寒さを感じるくらいになってきた。

 思わず身震いしてしまう。

 

「ねぇ、フィオナさん、この際だから言っちゃうんだけど」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 アルフレッドさんはいつになく真剣な顔つきだ。

 

「やっぱり、私と付き合わない? 君の気持ちを待つつもりだったんだけど、今、グレンジャー君が君の心も体も守ってあげられているようには見えないんだよね」

 

 え?

 それを今言われるのは……

 

「君は明るくて前向きでとても優しい。だけど、楽観的過ぎて見ていて危なっかしいんだよ。私に君を守らせてもらえないかな?」

 

 ノエル君と話をしていた時と同じく、手を組んで俯いてしまう。

 今日ちゃんと話はした。

 話はしたけど、最後までちゃんと話し合えたわけじゃない。

 それに、アルフレッドさんをそのまま信用していいのかってノエル君に指摘されたばかりなのに。

 

「ねぇ、フィオナさん、ダメかな?」

 

 アルフレッドさんが優しい顔で覗き込んでくる。

 私にはまだ答えは出せていない。

 でも、私はノエル君とお付き合いをしているのよ。

 ここで言わなきゃいけない答えは決まっているじゃないの。

 

「ごめんなさい。少し、考えさせてください」


 言葉が溢れ落ちてハッとした。

 違う。

 違うの、ノエル君。


「わかった。お付き合いはしてもしなくても、君の身辺の安全を確保するのは上司の勤めだからね。それは構わない?」


「はい、ありがとうございます」


 目の前で銀杏の葉が風に煽られ、落ちる先を変える。

 私の心も秋風に揺れて、落ちていく先は分からなかった。

 

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