消えない光
最後の花火が、ひときわ大きく夜空を飾り、やがてその光も闇に吸い込まれていく。遠くから聞こえてくるまばらな拍手が、祭りの終わりを告げていた。
俺たちは、どちらからともなく、ゆっくりと丘を下り始めた。気まずい沈黙。俺は、さっき掴んだ彼女の手の、柔らかな感触を、まだ思い出せた。
鳥居の近くで、心配そうな顔をした仲間たちが、俺たちを見つけた。
「おーい! いたいた! って、お前ら、二人っきりで一体全体ナニをしてたんですかねえ?」
暗がりから並んで出てきた俺たちを見て、大地が、ニヤニヤしながら尋問の声を上げる。その、日常に引き戻す声に、俺は苛立ちよりも、どこか安堵に近い感情を覚えていた。
「超あやしい! 何があったの、何があったの!? 手とか繋いじゃったりした!?」
彩良も、目をキラキラさせながら囃し立てる。
「……うるさい」
俺は、いつものように「貴様には関係ない」と切り捨てるだけの、エネルギーが残っていなかった。ただ、そう呟くのが精一杯だった。
詩織は、何も言えず、浴衣の袖で顔を隠すようにして、うつむいてしまった。その耳が、提灯の明かりに照らされて、真っ赤に染まっている。
「……二人の音、まだ全然、整ってないな。ぐちゃぐちゃだ」
響が、ヘッドホンを少しずらしながら、分析結果を告げる。
「舞台袖で起きた出来事は、時に、本編よりも雄弁に物語ることがありますからね」
栞先輩が、全てを見透かしたような、穏やかな笑みで言った。
「ま、いっか! 無事だったなら、よかったよー!」
彩良の、全てを洗い流すような明るい声が、その場の空気を収めた。
俺は、仲間たちのその鋭い優しさから逃げるように、夜空を仰いだ。そこにはもう、光の花はなかった。
◇◇◇
祭りからの帰り道。光陵駅のホームは、祭りの後の心地よい疲労感と、終わってしまったことへのほんの少しの寂しさを抱えた人々で、静かに混み合っていた。
「花火、綺麗だったねー」
やって来た電車に乗り込み、ボックス席に収まると、彩良が満足そうに言った。
「つーか、お前らの型抜き合戦の方が面白かったけどな!」
「大地くん、射的ヘタクソすぎ!」
「うっせ! アレは絶対インチキだって!」
彩良と大地の楽しそうな会話が聞こえてくる。
「栞先輩の浴衣の染み、取れるといいですね」
「……ええ。これもまた、夏の思い出、ということにしておきましょう」
共有された、他愛もない記憶。笑い声。
その、楽しげな会話の輪の中で、俺は、自分だけが知っている、丘の上の記憶との境界線が、曖昧になるような、不思議な感覚に陥っていた。俺はここにいるのに、俺の意識の半分は、まだあの丘の上に残っている。
俺は、窓際の席で、ひんやりとしたガラスに額を押し付け、目を閉じる。
思考を停止しようとしても、無駄だった。
まぶたの裏に、強烈な残像が、焼き付いている。
夜空いっぱいに広がった、菊の花のような、金色の花火。
そして、その光に照らし出された、詩織の横顔。
俺は、初めて、敗北を認めた。
論理では、この現象を、分類することも、理解することも、削除することもできない。
この正体不明の感情は、修正すべきエラーじゃない。
……俺自身の、一部なんだ。
逃げても、無視しても、もう無駄だ。
ならば、やることは一つ。
この、俺の中に生まれた、厄介で、解析不能な感情の正体を。
……明かさねばならない。
そのための、観測が、物語が今、始まったのだった。
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