第二滴 盛大な歓迎


 職員室に着いた天璃あめりの元に、一人の教師が近づいてくる。

 結解ゆげと名乗った女は、天璃が転入するクラスの担任だと話した。


「荷物はそれだけ?」


「はい。日用品は支給されると聞いていたので、最低限にしました」


「……そう。ひとまず、寮まで案内するわ」


 天璃のトランクを見て微かに眉を顰めた結解は、天璃を連れて学生寮へと向かった。


 学園から遠ざかっていくにつれ、段々と雰囲気が変わっていく。寮はいくつかあるらしいが、どうやら天璃の寮は最も遠い場所のようだった。


 古城……?

 思わず二度見した天璃が、そう呟きそうになるほど、目の前の建物は古城という言葉がぴったりの外観をしていた。

 昔アニメで見た吸血鬼の住む城が、こんな外観をしていたはずだ。


 困惑する天璃をよそに、結解はぎいっと音の鳴る扉を開いた。

 老朽化した壁から砂埃が落ちる。薄暗い廊下は、幽霊でも出てきそうな有様だ。


「授業は午後からよ。荷物を置いたら、制服に着替えておくように。ルームメイトは部屋にいるはずだから、詳しいことは彼女に聞くといいわ」


 天璃に部屋の鍵を渡すと、結解は踵を返し、学園の方に戻っていった。

 暗い廊下だが、幽霊が出てくることはなく。天璃は鍵に描かれた番号の部屋を見つけると、ドアを軽くノックした。

 

「……はい」


 弱々しい声が聞こえた後、ドアが内側から開かれる。

 生気の抜けた青白い顔に、ぼさぼさの長い髪。幽霊はいなかったが、幽霊のような少女はいた。


「あの……」


「……ひっ。殺さないで……!」


 天璃を見るなり怯えた様子で蹲った少女は、頭を抱えてガタガタと震えている。


「私、今日から転入して来た御門みかどと言います。ここには、ルームメイトとして来たんですが……」


「……るーむ、めいと……?」


 恐る恐る顔を上げた少女が、天璃を目に映した。


「……ごめんなさい。アルビノ……だったのよね。珍しい色をしてるから、咄嗟に勘違いしてしまって……」


「いえ。とりあえず、入っても大丈夫ですか?」


 こくりと頷いた少女は、立ち上がると天璃を部屋に招き入れた。

 部屋の中は窓があるため、廊下よりも随分と明るい。こぢんまりとした部屋には、左右にベッドが一つずつと、窓際に机が置いてあった。


「……服はクローゼットがあるから、そこに入れて。他の荷物は……」


 言い淀む少女に、天璃は緊張が少しでも解けるよう優しく微笑んだ。


「あまり時間もないので、他はいったんトランクに入れておきます。それで、えっと……」


「……薄井うすい


「薄井さんは、私の制服がどこにあるか知ってますか?」


 少し警戒心が緩んだのだろう。薄井は天璃と一瞬だけ目を合わせると、ベッドの方を指差した。


「……そこ。ベッドの下の引き出しに入ってる……」


「ほんとだ。ありがとうございます」


 取り出した制服はお洒落なデザインで、天璃はさすが女学園だと感嘆した。

 珠羅の着ていたものとデザインが異なっているのは、学年が違うためだろうか。


 夏仕様の制服を身に纏うと、天璃は机の上に置かれていたスクールバッグに、折り畳みの日傘を入れた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 授業の時間が近づいたことで、天璃は薄井と共に寮の廊下を歩いていた。


「……来る時、苦労したでしょ。ただでさえ暗いのに……電球が切れてるせいで、ライトがないとまともに歩けないの……」


「私は明るい場所より、暗い場所に慣れてるので」


「……ああ」


 ちらりと天璃を一瞥した薄井が、納得した様子で呟く。

 気を遣ったのか、薄井は懐中電灯を天璃から遠い手に持ち替えていた。


「……御門さんは、どうしてこの学園に来たの……?」


「私ですか? 親がいないので、全寮制で学費を免除してくれるファンタジアに転入を決めたんです」


 薄井の顔色が、青を通り越し白くなっていく。

 絶望にも近い表情で天璃を見た薄井は、俯き唇を噛み締めた。


「薄井さんは、どうしてここに?」


「……わたしは……検査にひっかかって……」


「検査?」


 黙り込む薄井に、天璃も何かを感じたのだろう。

 互いに無言のまま、二人は寮の外へ出た。



 結局、学園に着くまで二人が口を開くことはなかった。

 教室の前では結解が待っており、薄井に「ご苦労さま」と声をかけている。


「制服、似合ってるわね」


「ありがとうございます」


 髪も肌も真っ白な天璃は、基本的に何の色でも似合う。

 当たり障りなく微笑むと、天璃は結解の後に続いて教室へと入った。


「転入生を紹介するわ。御門 天璃さんよ」


「よろしくお願いします」


 会釈した天璃を、視線の集中砲火が襲う。

 顔を上げた天璃の視界に、ふと見覚えのある黒が映った。


珠羅しゅら……?」


 長いまつ毛に縁取られた瞳が、真っ直ぐ天璃を捉えた。

 前髪の隙間から覗く目には、楽しげな色が宿っている。


阿留多伎あるたきさん、知り合いなの?」


「ぷっ。やだ〜結解先生。その子、見るからに弱そうじゃないですか。どうせただの生贄枠でしょ? どこで聞いたか知らないけど、気安く珠羅様のこと呼ばないでくれる?」


「そう言ってやるなよ、魅与みよ。どうせすぐ居なくなるんだ。そんなやつほっとけって」


荒牙こうがってばやさしー」


 緩く巻かれた髪と、濃いめの化粧。ぱっちりした目が、嘲るように天璃を見た。

 隣に座るボーイッシュな少女は、「時間の無駄だろ」と退屈そうにあくびを漏らしている。


「さっきぶりだね〜。お返しは決まった?」


「……え?」


 珠羅が話しかけたことで、魅与は勢いよく背後を振り返った。魅与が真ん中辺りの席なのに対し、珠羅は窓際の一番奥に座っている。


「天璃ちゃん、私の隣においでよ。教科書見せてあげる」


 ざわりと、教室に異様な空気が漂った。

 信じられないと言わんばかりに、クラスメイトたちは珠羅と天璃を見比べている。


「知り合いなら丁度いいわね。御門さんの席は、阿留多伎さんの隣にしましょう」


「なっ……!?」


 声を上げた魅与が、天璃をキッと睨んだ。

 結解に促された天璃が、珠羅のいる席へと向かおうとした時だった。


 転倒した拍子に、バッグが飛んでいく。

 手をついた天璃を見下ろし、魅与は通路に出していた足を引っ込めた。


「やだ〜、みっともなーい。こんなに鈍臭いと、狩りの前に死んじゃいそ〜」


 おかしそうに笑う魅与に続き、くすくすと声が響き始める。床に座り込んだままの天璃が、ぽつりと何かを呟いた。


「ちょっと、なにー? 聞こえなーい」


 煽る魅与を、誰一人として止める様子はない。

 同調して笑うか、知らないふりをするか。どちらにせよ、強い者が正義だと示すように、教師である結解も目の前の状況を静観していた。


 天璃が手を払い、顔を上げる。

 にやにや笑う魅与を見つめ、天璃はもう一度、はっきりと言葉を口にした。


「いちご柄」


 

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