番外編「ドキドキ飯テロと秘密のレシピ本」

 世界のバグを修正する旅の途中、俺たちはとある田舎町に立ち寄った。その町は、美味しい料理で有名で、特に「黄金小麦のシチュー」は絶品だと評判だった。

「わあ、いい匂い!」

「お腹すきましたね、カナデさん!」

 フィーネとリリアは、すっかり浮かれている。俺たちはお腹を空かせて、町で一番人気のレストランに入った。

 早速、名物のシチューを注文する。しばらくして運ばれてきたのは、黄金色に輝く、具だくさんのシチューだった。

「「「いただきます!」」」

 三人同時にスプーンを口に運ぶ。

 その瞬間、俺たちは固まった。

「……しょっぱい!」

「というか、味がしない……?」

「見た目はこんなに美味しそうなのに……」

 見た目は完璧なシチューなのに、なぜか味が全くしないのだ。周りのお客さんたちも、困惑した表情で首をひねっている。

 これは、ただの料理の失敗じゃない。俺は、いつもの予感を感じていた。

 店の厨房を覗かせてもらうと、シェフが頭を抱えていた。

「どうしてだ……! 我が家に代々伝わる秘伝のレシピ通りに作っているのに、なぜか味が……!」

 俺はその秘伝のレシピ本を見せてもらった。羊皮紙に手書きで書かれた、年季の入った本だ。

 俺はスキルで、その文章を解析する。


【黄金小麦のシチュー レシピ】

 材料:

 ・黄金小麦

 ・新鮮な牛乳

 ・色とりどりの野菜

 ・岩塩 小さじ一

 ・秘伝のスパイス 少々(しょうしょう)


 手順:

(略)

 この『調整』という言葉がバグっています。おそらく、ここに本来入るべき**『火加減』や『煮込む時間』といった具体的な調理法が、データ破損で消えてしまっているんです。


「……なるほど、完全に理解した」

 俺は、二つの重大なバグを発見していた。

 一つは、材料の欄。「スパイス 少々」のルビが「しょうしょう」になっている。これでは、正しい分量が反映されない。

 そしてもう一つ、これが決定的だった。最後の手順、「味を『調整』する」の『調整』の文字が、赤く点滅している。

「シェフ、この『調整』って、具体的にどうやるんですか?」

「え? いや、それは……代々、感覚でやれと……」

「この文字、バグってます。おそらく、ここに本来入るべき、もっと具体的な調理法が、データ破損で消えてしまっているんです」

 これでは、料理の肝心な部分がブラックボックス化しているのも同然だ。

 俺はスキルを発動し、レシピ本を修正していく。


 まず、ルビを正しく書き換える。

 ・秘伝のスパイス 少々(スプーン一杯)


 次に、破損していた『調整』のデータを復元する。俺の頭の中に、このシチューの完成形を強くイメージする。野菜の甘み、小麦の香ばしさ、スパイスの奥深い香り……。

 すると、消えていた文字が、まるで奇跡のように浮かび上がってきた。


 最後に、塩とスパイスで味を『調え、一晩寝かせて味をなじませる』。


「これだ!」

「一晩、寝かせる……だと!? そんなこと、一言も書いてなかったぞ!」

 シェフは驚愕の表情だ。

 修正したレシピ通りに、シェフがもう一度シチューを作ってくれた。そして、一晩じっくりと寝かせる。

 翌日。俺たちの前に出されたシチューは、昨日とは比べ物にならないほど、豊潤な香りを放っていた。

 恐る恐る、一口食べる。

 口の中に広がる、野菜の優しい甘みと、小麦の深いコク。スパイスが全体の味を引き締め、絶妙なハーモニーを奏でている。

「「「おいしいいいいいい!!」」」

 俺たちは、夢中でシチューをかきこんだ。

 この一件で、レストランは以前にも増して大繁盛したらしい。俺たちは、お礼として一年分のシチュー食べ放題パスをもらった。

「やりましたね、カナデさん!」

「これで毎日美味しいシチューが食べられるわ!」

 リリアとフィーネも大喜びだ。

 世界のバグを直すのは大変だけど、こういう美味しい報酬があるなら、悪くないな、と心から思った、そんな一日だった。

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