第6話「干ばつと、絆の力」

 農業指導官としての俺の仕事は、困難の連続だった。

 各村を回っては門前払いを食らい、説明しようとしても聞く耳を持ってもらえない。ゴーンが裏で「あいつの言うことを聞くと、土地を奪われるぞ」などと悪評を流しているせいもあった。

「どうして、分かってくれないんでしょうか……」

 リナさんは、日に日にやつれていく俺を心配して、そう呟いた。

「まあ、仕方ないさ。いきなり現れたよそ者を、すぐに信じろって方が無理な話だ」

 俺は強がって見せたが、内心は焦りでいっぱいだった。辺境伯と約束した期限は、刻一刻と迫っている。

 そんな八方ふさがりの状況を、さらに悪化させる事態が発生した。

 夏になっても、雨が全く降らないのだ。日照りは続き、川の水位は目に見えて下がっていく。畑の土はカラカラに乾き、作物は次々と枯れ始めた。

「このままでは、領地全体が大飢饉になる……!」

 領主の館に集まった村長たちは、皆、青い顔をしていた。もちろん、ギルマスさんも例外ではない。

「タクミ殿、どうにかならんのか……」

 誰もが、俺に助けを求めてきた。今まで俺を無視してきた村長たちでさえ、今は藁にもすがる思いで俺を見ている。

 絶望的な状況。だが、俺は諦めていなかった。こんなこともあろうかと、対策を考えていなかったわけではない。

「方法は、あります。今からでも、やれることは全部やりましょう」

 俺は辺境伯と村長たちを前に、自分の計画を説明した。

 第一に、ため池の建設。川の上流を一部せき止め、水を確保する。大規模な土木工事になるが、領民を総動員すれば不可能ではない。

 第二に、耐乾性のある作物の導入。幸い、この世界には「カラカラ芋」と呼ばれる、乾燥に強い芋がある。今はあまり人気のない作物だが、これを大規模に栽培する。

 第三に、水やり方法の効率化。限られた水を、最も効果的に作物に与えるための技術指導だ。

 俺の計画に、最初は半信半疑だった村長たちも、他に選択肢がないと悟ると、協力する姿勢を見せ始めた。

 そこからの日々は、まさに戦いだった。

 俺は領地中を駆け回り、ため池建設の指揮を執った。最初は反発していた村人たちも、生きるか死ぬかの瀬戸際では、一致団結するしかなかった。男も女も、子供も老人も、皆がクワやスコップを手に、土を掘り、石を運んだ。

 リナさんとポチも、もちろん一緒に戦ってくれた。リナさんは炊き出しで皆を励まし、ポチはその不思議な力で、植え付けたカラカラ芋の苗が根付くのを助けてくれた。

「きゅい!」と鳴きながら畑を駆け回るポチの姿は、疲れ切った人々の心を和ませる、小さな希望の光だった。

 だが、徴税官のゴーンは、そんな俺たちの努力をあざ笑うかのように、妨害工作を仕掛けてきた。資材の横流し、労働者へのデマ。彼の行動は、もはや領地への反逆に等しかった。

「あいつ……!どこまで俺たちの邪魔をすれば気が済むんだ!」

 怒りに震える俺を、ギルマスさんがなだめてくれた。

「タクミ殿、今は耐える時だ。我々は、我々のやるべきことをやるだけだ」

 その言葉に、俺は歯を食いしばった。

 数週間後。皆の努力が実を結び、巨大なため池が完成した。カラカラに乾いていた畑に、再び水が流れ込む。その光景を見て、人々は歓声を上げ、涙を流した。

 まだ危機が去ったわけではない。収穫まで、気は抜けない。

 だが、この共同作業を通じて、領民たちの間には確かな絆が生まれていた。最初はバラバラだった心が、今は「この土地を守る」という一つの目的のために、固く結ばれている。

 俺はもう、一人ではなかった。この土地で生きる、たくさんの仲間たちがいる。

 照りつける太陽の下、俺は黒く日焼けした顔を上げ、固くこぶしを握りしめた。

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