二十七話目 魔法少女は忘れたい

 あの日から数日が経った。

 魔法少女の実名開示という、日本では例がない事態に国中が湧きたった。

 しかもそれが大企業のトップの娘さんだっていうんだから、話題性も十分だったろうねぇ。


「それで、私をお呼びいただいた理由をお聞きしても?」

「……環について、相談したいことがありまして」


 今、私は再び穂坂財閥のビルに呼び出されて、環ちゃんのお父さんと対面してる。

 内容は、まあ環ちゃんについてだよね。

 因みにきちんと変身はしてる。私はまだ、この人に実際の姿を見せるほど心を許してないから。


「どうして、環が実名開示すると予見していたのですか」

「……んー。まあ、やりそうかなって思っただけですよ。実名開示とは思いませんでしたが」


 前にこのビルで話したとき、環ちゃんと千恵ちゃんも一緒にいた時だね。

 その時に、二人で話をした内容がきちんと花開いたんだ。

 内容に関してはかなりシンプル。もしもあの子が決心をして、それに反対するべきだと思った時、一回だけ見逃してあげてほしいというもの。


「具体的に何をするかまではわかりませんでした」

「では、どうしてあのようなことを?」

「んー、難しいですね。すみません、ちょっと頭の中整理する時間をください」

「はい、どうぞ」


 どうして、か。

 ううん、具体的に答えるとなると難しいな。環ちゃんの未来のために、を思っての行動ではあったんだけれど。


「……環ちゃんは、ずっと殻を被っている印象があったんですよね」

「ふむ……。一つ乗り越えた以上、必ず殻を破る確信があったと?」

「そんな感じだと思います。ふわふわしててごめんなさい」

「いいえ。私としては、伝説の魔法少女に娘が評価されてて嬉しい限りですよ」


 その伝説の魔法少女っていうの辞めてもらえまんせんか!? って言えればいいんだろうけれど。言えないよねぇ。

 照れ隠しにお茶を一飲み。


「……私が助言したんですよね。プリズシスタは、魔法少女を束ねる戦い方の方が向いているんだって」

「そうなのですか」

「それの回答が何らかの形で出てくると思ったんです。それで、その、環ちゃんはきっと私の想像もできないようなことをする予感もあったので」


 声を上げて環ちゃんのお父さんが笑う。

 そ、そんな面白いこと言ったかな?


「いえ、いえ、失礼しました。なるほど、確かに予想外だったでしょう」

「ええ、本当に。まさか実名出して呼びかけるだなんて……」

「配信用のパソコンが欲しいと言い出したときは何事かと思いましたが、そういう背景があったとは」


 え? もしかして環ちゃん、お父さんに詳しいことは言わないで実行したの?

 まさか、まさかね? 流石に千恵ちゃんが止めるでしょ。……止めるよね?

 ちょっと不安にさせられるのがあのペアの怖いところ。いいところでもあるんだけどね?


 ちらりと視線で確認してみたけれど、微笑まれるだけで何もわからなかった。

 年長者の貫禄だぁ。


「ですが、ちょうどよかった面もあるんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、魔法少女に対する世間の状態には、私個人としても思うところがありましたから」


 ああ。確かに、穂坂財閥は即座に対応して、魔法少女への支援の話を打ち出したもんね。

 あれは元から援助を切り出す予定があったからってことなんだ。


「まさか娘が魔法少女とは思いませんでしたがね」

「あはは……」

「親としては複雑ですが、穂坂の当主としては喜ばしいことですよ」


 うーん。その言葉は私としても複雑。

 父親としては、娘に危険なことしてほしくないだろうし。でも、企業イメージは大きく向上したって話は本当らしいし。

 難しい話だよね。口出しが許されないってところも含めて。


「……そろそろ、いいですか?」

「はい?」

「多分なんですけど、これだけじゃないですよね。私を呼んだ理由って」


 環ちゃんの話をするだけなら、私がここまでくる理由がない。彼女経由で話をすればいいだけだからね。

 つまり、これは彼のいうところの前座話。場を温めるための話題なんだと思う。


「――そうですね、ではこちらをどうぞ」


 机の上を滑らせるように、そっと一枚の紙が差し出される。

 見ろ、という事かな。


「拝見させていただきます」


 手に取って、じっくりと内容を見る。契約書かな?

 その内容は……ちょっと!?


「ちょ、ちょっとこれって!」

「ええ。今後の支援策、その窓口として我々としてはあなたに立ってほしいのです。ルミコーリア」

「そういうのは政府の仕事ですよ!」

「その政府が信用ならない、と言えばわかっていただけますか?」

「っ!?」


 心当たりが、ないわけじゃない。

 あの怪しいスカウトマンは間違いなく政府の誰かと通じてる。つまり、日本政府側に魔法少女を他国に売り渡そうとしている人がいるってこと。

 到底許しがたい事実だけれど、事実は事実として受け止めなければ先には進めない。


「その様子ですと、心当たりがおありなようですね」

「でも、私がやっても意味ないですよ。プリズシスタの方が適任です」

「将来的にはそうかもしれません。ですが、あの子にはまだあなたほどの求心力がない」


 求心力? そんなもの、私にだってないよ。

 私はただの一般魔法少女で――。


 一瞬だけフラッシュバックした光景に、ずきりと頭が痛んだ。

 最近は夢にも見なくなったのに。こんな時に限って。


「……いえ、やっぱり、私は受けられません」

「そうですか。予想はしていましたが、残念です」


 本当に予想はしてたんだろうと思う。すんなりと引き下がってくれた。

 良かった。あんまり縋られても困るし。


「あの子に負担を押し付けたくはないんですがね。穂坂家の娘として、働いてもらうとしましょう」

「矢面には立てませんが、応援ぐらいはしますよ」

「ありがとうございます」

 

 なんか環ちゃんを代わりに差し出したみたいでちょっとだけ気分が悪い。

 でも、将来的にあの子がまとめ役になるのなら、あの子が引き続きやった方が良いと思うのは本当。一貫性ってのは大切だからね。

 今後の魔法少女界隈の中心になれたのなら、それこそあの子の魔法は最強クラスになれる。


「では、ここからは穂坂の人間としてではなく、私個人として話をさせてください」

「……はい?」


 何だろう?

 と思った瞬間にはもう彼は立ち上がって、真っすぐ頭をこちらへと下げていた。


「ルミコーリア。娘をありがとうございました」

「ちょ! ちょ! ちょ! 頭をあげてください!」

「改めて感謝の意を伝えさせてください。あなたがいなければ、娘はどうなっていたことか……」

「いいから! 頭を上げてください!」


 こんな偉い人に頭を下げさせてるなんて! 誰かに見られたらどうするんですか!

 また変な噂が立っちゃうって!

 必死の説得の甲斐あって、何とか頭を上げてもらうことに成功した。

 あっぶないところだった。これ以上変な噂が立ってたまるものですか。


「……前々から思ってはおりましたが、魔法少女とは、孤独なものですね」

「それは、そうですね」

「好奇の目から守るため、匿名性を保持しなければならない。未成年であるが故に、報酬も表立って渡せない。社会の規範が、彼女たちの敵に回っているようだ」


 その考えから、魔法少女の支援に踏み切ってくれたのかな。

 最後の思い切りが娘のためだとしても、立派な人だ。


「ルミコーリアがいれば彼女たちもしばらくは安泰なのでしょうが」

「いえ、その、実は、そろそろ流石に引退しようと考えてるんですよ」


 そんな顔できたんだ、ってぐらい驚いた表情をされた。

 基本的にあまり表情が動かない人なんだけれど、普段使ってない筋肉使ってそうなんて感想は不謹慎だろうか。


「弟子作り、なるほど、そのためでしたか」

「ええ、まあ、はい。不純だと失望されましたか?」

「まさか。あなたは十二分に頑張りました。惜しむ声こそあがるでしょうが、誰が引き留めることができましょう」


 そう言ってもらえると、少しだけ罪悪感が和らぐ。

 少し、少しだけ、私の身勝手のためにクリムセリアやプリズシスタを巻き込んでるって気持ちはあったから。

 でもそうなんだよね。ニ十歳にもなって魔法少女をやってるのは私だけ、私はもう十分頑張ったんだ。


「ルミコーリアが魔法少女を辞める。一市民としては心苦しいですが、親としては喜ばしいことだと思います」

「え……?」

「あなたのご両親の事を思えば、その年まで娘が魔法少女をしているなど恐ろしいことですから」


 ――両親?

 駄目だ、違う、思考を変えろ。

 ここに魔人はいない。部屋は赤くない。

 考えるな、ただ今は世間話をされているだけだから。


「……すみません、何か不快な思いをさせてしまいましたか」

「いえ、違うんです。ただ、ちょっと」


 誤魔化すためだと、咄嗟に出た言葉は、多分不正解だった。

 でも、混乱した頭の中では、これぐらいしか言葉が出なくて。


「両親は、もういないものですから」

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