第16話 空の散歩

 エマと勇太は、ふわふわと上昇していく。エマの振袖姿は、まるで天女てんにょのようだ。


 2人の眼下では、ミーナと俊介が曲芸合戦を繰り広げていた。


 更に下に目をやると、それを珍しそうに下から眺めている人達がいるのが見えた。


 ん? 下から?


 勇太が慌ててエマに聞いた。


「ね、ねえ。着物姿で下から見られても大丈夫?」


 エマが笑いながら答えた。


「空中ダンス用の光学迷彩装置を付けてるから、下から着物の中を覗かれることはないわ。ふふ、心配してくれてありがとう」


 エマが着物のすそを指差した。何やら小さなピンマイクのようなものが付いていた。原理は分からないが、これで大丈夫なようだ。


 ふと勇太は、自分がそういう目でエマを見ていたと思われたのではないかと急に不安になった。


 勇太がちらりとエマの顔を見ると、エマは笑顔で勇太に言った。


「ほら、もうすぐ一番上よ」


 良かった。エマは特に気にしていないようだ。と思った瞬間、勇太の体は目に見えないクッションのようなものに触れて、上昇が止まった。


「浮遊エリアの上の端に到着! ねえ勇太君、上を見て。もうすぐ景色が変わるから」


 勇太は上を見た。先ほどまでの青空が徐々に暗くなり、宇宙に浮かぶ青い惑星が映し出された。


「これが私の故郷、帝都よ。綺麗でしょ?」


「これがエマさんの故郷……」


 勇太は地球そっくりの美しい惑星を見つめる。


 この惑星は、宇宙の遥か彼方。エマに出逢えたことは、本当に、本当に奇跡なんだ。


 そう思ったとき、勇太の目から涙があふれた。


「ゆ、勇太君?」


 エマが驚いて勇太に聞いた。勇太が涙を手でぬぐいながら笑顔でエマに言う。


「本当に綺麗な惑星だね。なんだか、これを見ていたら、エマさんと出逢えたことが本当に奇跡のように思えてきて」


「エマさんに逢えて本当に良かった……」


 勇太は、ニッコリと笑った。


「勇太君、私……」


 エマが何か言おうしたとき、突然、下から叫び声が聞こえた。勇太とエマが驚き下を向いた。


 さっきまで縦横無尽に空を飛んでいた俊介が、何故か墜落しそうになっていて、ミーナが俊介の手を持ち必死に引っ張り上げようとしていた。



 † † †



日向ひゅうが君!」


 エマが急降下して行った。勇太も、ぎこちない動きで後を追う。


 エマは俊介のところへ着くと、俊介の手を掴んでミーナと一緒に引っ張った。周りの人達も次々と加勢して、俊介を浮遊エリア中央へ引っ張る。


 勇太が俊介のところへ辿り着いたときには、俊介は空中にふわふわと浮いていた。


「あ、危ないところだった……知らない間にエリア外に出てしまったみたいで」


 俊介が自分を引き上げてくれた皆の方を向く。


「ミーナ、エマ、それに皆さん、本当にありがとう。申し訳ない!」


 俊介が頭を下げた。ミーナとエマ以外は俊介の言葉が分からないようだったが、みな笑顔でうなずいていた。


 ミーナが真面目な顔で俊介に言った。


「俊介君は悪くない。浮遊エリアには、外に飛び出さないよう緩衝帯が設けられてるの。まさかそれに穴があるなんて……」


 公園に鐘が鳴った。浮遊エリアにいた全員が、ゆっくりと地上に降りていった。



 † † †



「いやー、エマのお宅訪問、楽しかったな。最後はビビったけど」


 地球への帰り道、スポーツカーのような乗り物の後部座席で、俊介が笑いながら言った。頭を掻きながら話を続ける。


「ミーナとエマには大きな借りが出来ちまったな……」


 それを聞いた勇太が、俊介に提案した。


「今度、エマさんとミーナさんが喜んでくれそうな場所へ招待するのはどう? さっき4人のグループを作ったから、皆で相談しながら進められると思うし」


「そうだな。よし、どこへ行こうか考えるとするか!」


 俊介が笑顔で言った。


 帰り際、エマの提案で、メッセージをやりとりするグループを作ったのだ。


 エマ個人にメッセージを送るのは何となくはばかられたが、俊介やミーナも一緒であればハードルが下がったような気がして、勇太はとても嬉しかった。


 勇太はスポーツカーのような乗り物の前を見た。フロントガラスいっぱいに青く輝く地球が見えた。


「本当に帝都とそっくりだ……」


 勇太がつぶやいた。


 それを聞いた助手席の黒服にサングラスの男性が、後ろに振り返った。確かこの男性は、勇太が入院したときにミーナと一緒にいた人だ。


「おっしゃるとおり、地球は帝都とそっくりです。住んでいる人もそっくりだ」


「この出会いを運命だと言う者も多くいます。帝都人と地球人。この二つの種族は一つになる運命なのだと」


 勇太は、往路に助手席に座っていた女性の言葉を思い出した。


 男性が独り言のように続ける。


「果たして、その先にあるものは両種族の更なる繁栄か、それとも……」


 そこまで言うと、男性はまた前を向いた。スポーツカーのような乗り物は、地球へ向かって高度を下げていった。

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