第31話 夏目 海斗の峻別






石田いしだとの遭遇から2週間が経過した。


俺の警告がこたえたのか、あれから石田が接触してくることはなかった。

俺もレーナも、いつも通りの学校生活を送っている。


今もレーナと一緒に理科室で実験の授業を受けた後、教室に戻るために廊下を歩いていた。


「今日の実験すごかったねー!アルミニウムと磁石を組み合わせただけなのに、上に置いた筒が勝手に動くなんて!」


隣を歩くレーナは興奮がおさまらないのか、目をキラキラさせながら歩いていた。


今日の実験は、いわゆるローレンツ力と呼ばれる、磁場の中に置いた導体に電流を流した際、その導体に力が作用する現象を確認するための実験だった。

ローレンツ力は電磁気学の基本的な概念で、有名なところではモーターの動作原理として知られている。

最近は、レールガンへの応用もニュースになっていたか。


そんなことを考えながらレーナと歩いていると、教室にたどり着いた。


そのまま教室に入ろうとすると――




「ねえねえ。九条くじょうさん、どうしたんだろうね……?もう1週間も学校を休んでるなんて……。」

「九条さんがこんなに長く学校休んだの初めてだよね。先生は風邪だって言うけど、本当かな……?」


そんな会話が隣のクラスから聞こえてきた。

そちらを見ると、男女問わず10名近い生徒が集まって、九条を心配する会話を続けている。

どうやら九条が人気者というのは本当らしい。


そうか。九条は学校を休んでいるのか。


「ねえねえ、海斗かいとくん。今の会話って……」


九条の抱えるストーカー問題を知っているレーナは、心配そうな顔をして俺に話しかけてきた。


「――レーナの気持ちも分かるが、これは九条の問題だ。本当に危なくなったら、大人たちが動く。だから心配するな。」


そう答えておく。


「……そうだよね。海斗くんも気にしてくれているみたいだし、そこは安心かな。私に手伝えることがあったら言ってね!」


いや、正直俺は何も気にしていない……。

さすがに口に出す訳にもいかず、俺とレーナはそのまま自分たちの教室に入った。






そのような会話をした放課後、レーナは塾があるということで先に分かれ、俺は習い事に行くため、駅への道を歩いていた。


すると――


「――そこの君!!」


後ろから、が聞こえてきた。




「――――――――――」


俺は、石田のおろかさが、自分の警告を上回ったことを悟った。

頭が急速に冷えていくのを自覚しつつ、振り返る。


「――警告はしたはずだ。」


そう告げる。


だが、石田はそんな俺の言葉が耳に入らないのか慌てた様子で


「最近、九条さんに会えないんだ!君、何か理由を知らないかい!?」


そんなことを言ってくる。


「知らん。」


短く返す。

だが、石田は俺の言葉に納得ができなかったのか、さらに会話を続けた。


「そんなはずは……。そんなはずは無いんだ……。九条さんに会えないなんて。君は本当に理由を知らないのかい!?」


だから知らん。


もはや呆れて言葉も出ず、そのまま1人で慌てている石田を放って、駅に向かおうときびすを返したその時――






「――君が知らないなら、に聞いてみるべきか……?」






そんな言葉が、俺の後ろから聞こえた。


「――――――――――」


俺はこの瞬間、この男への対応方針を決定した。


そして、石田を置いて、駅への道を歩き始めた。






石田とのやり取りがあった日の翌朝、俺は九条の家を訪れていた。

以前に公園で相談を受けた後、家まで送った際は、まさか再度訪れることになろうとは夢にも思っていなかった。


インターホンを鳴らす。


『――はい。九条です。』


大人の女性の声だ。

おそらく、九条の母親だろう。


「おはようございます。九条さんの同級生の夏目なつめと言います。最近、九条さんが学校を休まれているので心配になって……。居ても立ってもいられず、失礼を承知で尋ねさせていただきました。」


九条は学年の人気者だ。

理由としては真っ当だろう。


『まあ!わざわざ家にまで来てくれるなんて……。彩華あやかは良い友達を持ったわね。少しだけ待っていてね!』


九条の母親はそう言って、インターホンを切った。




しばらく待っていると、玄関のドアが開き、部屋着へやぎ姿の九条が出てきた。


「夏目くん……。」


その顔は、以前に公園で話した時に比べて、明らかに衰弱して見えた。


「朝早くに悪いな。」

「いや、大丈夫だ……。でも突然、どうしたんだい?」


そう話す九条に、俺は用件を伝える。




「事情が変わった。お前の抱えるストーカー問題を解決するため、俺にも手伝わせてくれ。」


その俺の言葉を聞いて、九条は驚きに目を丸くした。





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