コンビニと死神少女

黒ノ時計

第1話 真夜中、コンビニにて

 深夜一時を回ったコンビニは、いつも通りの静けさに包まれていた。


 棚に並ぶ菓子袋のカサカサという音がやけに大きく響くのは、この時間に客がほとんど来ないからだろう。


 僕――長谷川惟人(はせがわこれひと)は、レジ前に肘をつきながら、無意味に店内を眺めていた。


(……ああ、眠い。明日もまた同じシフトか)


 惰性で働いているようなものだ。大学を中退してから、特に夢があるわけでもなく、ただ生活費を稼ぐためにバイトを転々としてきた。今はここに落ち着いているが、続く保証なんてどこにもない。


 ただ日々をやり過ごすために、コンビニの蛍光灯に照らされて立っているだけ。


 その時、ガラガラと自動ドアが開いた。

 目をやった瞬間、僕は思わず眉をひそめる。


 ――派手な女が入ってきた。


 黒いライダースジャケットに、膝の破れたジーンズ。長い黒髪は無造作に結ばれ、額に落ちた前髪が目元を隠している。


 だが、その奥の視線はぎらりと光り、どこか人を寄せつけない気配をまとっていた。


 女は迷うことなくカップラーメンの棚へ直行すると、次々と商品を両腕に抱え込んだ。


 その数、五つ。いや、六つか。


 さらにポテトチップス、チョコバー、ペットボトルのお茶を一気にかごへ放り込む。


「お、お客様……?」


 声をかける暇もなく、女はレジへ突き進んできた。


 商品の山をどさっと置き、僕を見下ろす。


「会計。早くして」


 命令口調だ。


 しかも、財布から出てきたのはくしゃくしゃの千円札だけ。


(……やばい。関わっちゃいけないやつだ)


 そう思った瞬間、女は袋詰めも待たずに商品を抱え、イートインコーナーへ直行した。


 レジ前に置き去りにされた釣り銭を僕が追いかけると、すでにカップ麺のお湯を注ぎ、椅子にふんぞり返っている。


 ずるずると麺をすすり、バリバリとポテチをかじり、テーブルの上には食べかすがぽろぽろと散らばっていく。


 見ているだけで、胸の奥がむずむずした。


「……あの、もう少し綺麗に使ってもらえますか」


 思わず声をかけていた。後で掃除するのは僕だし、他の客が見たら嫌な気分になるかもしれない。


 女はちらりとこちらを見て、にやりと口の端を上げる。


「真面目だねぇ」

「……別に」


 適当に返した僕の目の前で、女は指先でぽろぽろ落ちたポテチのかけらをまとめ始めた。ぐしゃっと紙ナプキンで拭き取り、空になった袋に押し込む。動作は雑だが、片付ける気は一応あるらしい。


「ほら、これでいいだろ。悪かったよ」

「……あ、はい」


 思ったより素直に謝られて、拍子抜けした。まあ、これくらいならいいか――そう思い、レジに戻ろうとしたその時。


「なあ」


 ずるっと麺をすすり上げ、女が声をかけてきた。


「……なんですか」

「もっと静かに食えって顔してるだろ」

「……顔に出てました?」

「出てた出てた。うるさいって思ってただろ?」

「まあ……正直、ちょっと」


 女は楽しそうに笑った。


「食い物は音立てて食った方がうまいんだよ」

「限度があります」

「ケチくさいなぁ。つーかさ、あんた暇なのか? 私に構うなんて」

「暇じゃないです。……やることはやってるので、多少は」

「ふーん。なら、ちょっと話し相手になれよ」


 完全にペースを握られている。


 断る理由を探したが、女はもうこちらをじっと見ていて、逃げ場がなかった。


「……店員が客とおしゃべりするのは不適切ですよ」

「建前くせえ。いいじゃん、他に客いないんだし」

「……」


 押し切られた僕は、しぶしぶレジから数歩離れ、イートインとのちょうど真ん中あたりに立った。


 完全に近づくのは嫌だ。けれど無視もできず、結果として妙な間合いになってしまった。


 すると女は満足そうに頷いた。


「で? 彼女とかいんの?」

「……は?」

「いきなり動揺すんなって。いるかどうか聞いただけ」

「……いませんよ」

「へぇ。いないんだ。モテなさそうだもんな」

「……余計なお世話です」


 彼女はまた笑う。悪気があるようには見えない。むしろ、からかって反応を見るのを楽しんでいるようだ。


「真面目だし、細かいとこ気にするし。先生とか向いてんじゃね?」

「……向いてません」

「なんで?」

「……大学、途中でやめてますから」


 口にしてから、しまったと思った。わざわざ話すことでもないのに。

 だが女は、驚くでも同情するでもなく、ただ当然のように麺をすすった。


「ふーん。まあ、人それぞれだろ」


 軽い一言だった。それ以上踏み込まない。

 それが逆に、胸の奥に妙な余韻を残した。


 ……やっぱり変な客だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る