夜が深い
@rawa
前編 秘密基地の朝
※本作はシリーズ第2作です。
前作『朝が遠い』から続けてお読みいただくと分かりやすいです。
×××
今は会えない友達に、どこまで声が届くのだろうか。
なにもできない自分を、どうやって殺したら良いのか。
眠れない夜は、きみを描こう。
【野隈浅火(のくま あさひ)】
午前四時。木曜のだれもいない時間に、俺は使い魔の呼び出しで秘密基地まで弁当を取りにいく。
「あ、アサヒ。ご飯できてるよ。ちょっと早いけど朝も食べる?」
「…なにやってんだ、こんなところに呼び出して」
「? たまには購買じゃない昼ご飯を食べたほうがいいでしょ。たまにはちゃんとした飯を食べろって言ったのはアサヒだよ?」
「それはお前に言ったんだよ、このちんちくりん」
「一人分も二人分も、変わらないよ」
「一人分作ったところで、お前はそれを俺に渡すんだろ」
「ばれたか」
夜露無義(よつゆ むぎ)。
暴走族みたいなイカつい名前とは裏腹に薄暗く笑うこの幼馴染みは、俺に依存することでしか世の中と折り合えないらしい。
昔はずっと、押し殺したような顔で俺に引きずられているような奴だった。
ちょっとした負い目がある俺は、一度こいつを突き放した。それから奇妙な夢をきっかけに引き付けられ、こいつを無下にすることができないままに、一応の世渡りをサポートするようになった。
そうしているうちにムギは、少しだけ明るくなった気もする。
こんな変な奴でも、一応は女子である。このちんちくりんと噂になるのも癪なので、表では適当にあしらいながらこそこそと交流を続けている。
学校で遊べないなら気を遣わせるのも嫌だなと、今ムギは俺と別の高校に通っている。
「…ムギ。お前、友達は増えたのか」
「うん。まあ、どうでもいいけど。きみの命令じゃなかったら、一緒にいて楽しくない人に愛想を振り撒くのは面倒なだけだし。僕はアサヒと普通に遊べたらそれでいいんだけど、そっちの立場もあるから仕方無いね」
「遊ぶって言ったってなあ。勇者ごっこって年でもねーだろ」
「そうかな。まあ、そうだね」
沈黙。
「…で、どうした」
「んー?」
「お前は非常識だけど、こんな朝に呼び出しをする奴じゃない。それこそ、あの夢の時ぐらいだろ」
「良く分かってるね。ね、僕、可愛いかな?」
「告白でもされたか?」
「うん」
「…あっそ」
まあ、見た目云々よりも、雰囲気の変化が大きいだろう。俺のアドバイスの甲斐もあり、昔よりはムギは人気者になっているようだ。
「とは言え、僕はアサヒの通い妻なわけで」
「なにいってんだ」
「断ったんだよね。興味ないし。そしたらさ、もともと僕にムカついてた女子からますます当たりが強くなってきた。それを庇ってくれる人もいてさ、でもだいたい興味ない男子なんだよ。それでますます溝が深まって、女の子の友達ができない」
なんというか、嫌な好感度の分布をしているらしい。だからその痛いキャラ付けをやめろと言っているのに。
そして俺はよく知っているが、こいつに生半可ないじめは効かない。ムギはそういう普通の感覚が死んでいるのだ。
そういう態度にイラつかされてますますエスカレートしていく奴もいるだろうが、まともなリアクションもない奴にたいしていつまでも粘着するほど人間というのは体力がないし、暇でもない。
いざと言うときの「甘えかた」も俺から伝授しており、こいつが攻撃によってへこたれたりはしないだろう。いじめっこに少し同情する。
「僕は元々アサヒの趣味に振り回されてたから、男の子の中にいる方が楽なんだよね。化粧とかは、ほら、モンスターと母親を思い出すから嫌い」
「…」
「あ、ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって僕はどうでもいいし。毎回面倒だな、この流れ」
俺はこいつの母親の死に関わっている。
ムギが俺に依存する一因も、その母親をはじめとする家庭環境にあるらしい。
通い妻なんてふざけているが、ムギの父親は俺を憎んでいるので、あれから俺達が互いの家を訪ねたことはない。
だから俺達が会うときは、この秘密基地でこそこそと過ごす。
「あー、突っ込んでいいのか分からないが」
「うん」
「友達じゃなくて、ワンチャン狙ってる男が寄ってきてるだけなんじゃねーのか、それ」
「…困るよ、本当に」
ムギは憂鬱に笑う。
「自慢でもなんでもないんだ。僕はアサヒの言う通りちんちくりんで、どうにも魅力に欠けると思う。不思議なもので、一部の人にはお洒落な一軍よりそういう下っ端の方が惹かれやすいみたいでさ」
なんとなく、話が見えてきた。
「なるほどね。男女の友情がどうとか、そういう話か。俺や他の連中から引かれてた時代に比べれば、ずいぶんと贅沢な悩みじゃねーか。あとはその痛いキャラ付けさえ直せば」
「勇者アサヒ」
陰鬱に笑う。
「きみの股ぐらの物を切り落としていいかな」
「良いわけねえだろ!?」
「僕の胸と交換だ。きみなら女子でもなんとかなるよ」
頭がおかしすぎる物々交換。
ああ、こういう奴だった。
ただ暗いだけならともかく、たまに口を開くととんでもない提案をし始める。
小さい頃からそんなだから、俺以外の友達はみんなこいつを警戒していた。
勇者ごっこも、最初は二人きりではなかった。
こいつがあまりにも容赦なく道の「モンスター」をころすから、みんなついてこられなくなった。
俺は当時面白がっていたけれど、さすがに他の連中との普通の遊びとは別腹で、二人きりで楽しむようになっていった。
「まあ、現実的じゃないか。僕の無い胸を貰ってもアサヒにメリット無いだろうし」
いやそこそこあるぞ、とか言うと変な空気になりそうだし、そもそもそういう問題ではないのでなにも言えなかった。
「あ、意識した?ヘンタイ」
嫌なしたたかさを身に付けてやがる。
「じゃあ、少しデチューンして」
弁当を手渡しながら、ムギは言う。
「結婚してくれない?僕と」
ふざけた発言だが。
ふざけては、いないのだろう。
「僕はきみのものだ。そして、きみのことをよく知っている。アサヒが弱さで悪いことやひどいことをしても、大抵のことは分かってあげられるつもりだ。…あと、さっきは謙遜したけれど、僕なりに昔よりは魅力的になったつもり。ああ、浮気も時にはいいよ。そうやって息抜きをしなきゃ、やってられない夜もあるよね。アサヒが望むなら、相方として恥ずかしくないように言動だって直してあげるよ」
「……学生だぞ」
「ああ、そうか。そうだったね。じゃあ、結婚を前提にっていう、あの嘘臭い関係にしよう」
ムギは薄暗く笑うが、その笑顔は小さい頃に見たこいつの母親に少し似ていた。
結局のところ、これは男女の友情がどうとか、そういう話。
「お前と過ごすには、俺は負い目が多すぎる」
「そんなこと無いんだけどな」
「父親が許さないだろ」
「駆け落ちになるね。まあ、いざとなったら」
どこからか包丁を取り出す。
「アサヒの股ぐらよりは、現実的かな」
人というのは、難しい。
普通に遊んでいるだけでも、面倒な関係になってしまう。
助けたいと願っても、歪んだ方向に進んでしまう。
「俺の気持ちは無視すんのか」
「んー、それ言うの野暮じゃない?無視なんてしてないよ。きみのことはよく分かってるつもりだって言ったじゃん。
きみが僕を好きなことくらい、とっくに気づいてるんだけどな」
本当に、好き勝手言ってくれる。
「ね、学校サボろ。今日も明日も。アサヒと、『私』と、二人で」
「…突っ込んでいいか」
「うん」
「なんで、泣いてんだ」
×××
ここまで読んでくださりありがとうございます。
本作はシリーズ第2作目で、前後編の2回構成です。
次回はムギ視点に切り替わります。
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