あの世界と夏彦くん
図書室にいたはずの僕らは、森の中に立っていた。
は?
皆で右往左往するけれど、どうしようもない。星明りだけの暗い森、どこかから猛禽の鳴き声が聞こえる。秋川がぴーぴー泣き出して、桜田が慰める。幼稚園の時から変わらない。
けど、そんな秋川がびくっと泣きやんだ。
振り返ると、アレがいた。
大きな体で音も立てずに暗い森をゆらゆらと歩いていく。
珍しい蝶かなにかでも追いかけているようで、さいわいこちらには気付いていない。息を殺してやり過ごす。
アレの姿が見えなくなるや、秋川が今度は泣き声を立てずにしくしく泣いた。泣きたいのは、皆一緒だった。
「とにかく人のいる場所に行こう」
そうして夜の間は身を寄せ合って、昼間に道を進んだ。
進むと行ったって、当てなどない。道さえ見つからない。山なら頂上を目指すけれど、ここはどこまで行っても藪ばかりの森だ。星を読もうにも、なぜか知っている星座を見つけることができない。だから、太陽の位置だけを頼りに進んだ。同じ場所をぐるぐるしないように、とりあえず西へ西へ進むことにした。途中で川を見つけて、そこからは川に沿って進んだ。
食糧も問題だったが、サバイバル漫画を読んでいたお蔭で、なんとか凌いだ。大人を見つけるまでの当面のつもりだったし。
けど、いっこうに人のいる場所に辿り着かない。
「ねえ、ここって変じゃない?」
三日目に委員長が言った。「異世界」などの言葉は使わなかったけれど、ここは元いた世界とは違う場所ではないか。言外にそう滲んでいた。
「だって、月がない」
はじめは新月の夜かと思った。けど、数日立ってもまったく月が昇る様子はない。
皆、半信半疑だったけど、日が経つにつれて本当に月が昇らない事実を突きつけられた。
決定的だったのは、僕らの世界には存在しえないフォルムの生物を見たことだった。……いや、嘘だ。本当は始めから薄々気付いていた。そもそも「アレ」が異形そのものなのだから。
「とにかく元の世界に帰ろう」
そういうものの、帰る方法なんて分からない。結局は、やはり人のいる場所を探そうということになる。
一匹を目にすると、続々と他のモンスター(?)も目に入るようになる。どんな相手か分からないから、極力近付かずに逃げるようにした。
それでもエンカウントした時には、サッカー部の桜田やバレー部の宇梶の活躍により、なんとかやり過ごす。
一度、コグマのようなものを仕留めて皆でわいわい喜んでいると、背後からその十倍もでかい母熊が現れて、命からがら逃げ切った。以来、僕らの合言葉は「残心」になった。
旅を続けるうちに、ケンカしたり気まずくなることもあった。けれど、とにかく生きて帰りたい一心で別行動を取ることはなかった。何より、そんな状況でも、委員長が必死に皆をまとめようと努めたことも大いに貢献した。
一週間ほど経って、一人も人間が見つからない絶望と、多少なりともサバイバルに慣れた安寧とを感じていたころ、ようやく僕らは人里を見つけた。
祭囃子に吸い寄せられるように訪れた村は、モンスター避けだろうか、周囲を柵で囲まれていた。通行証がないと村には入れないといわれたが、ふだめぐりで手に入れたお札を見せるとすんなり通してもらえた。
元の世界に戻る方法を知りたかったけれど、大人たちは祭りの準備でろくに話も聞いてくれない。
村の真ん中には大きな
「めいっぱい賑やかにせにゃならん。オシラセ様は祭りが好きだからな」
村人はそう言った。
オシラセ様?
僕たちの脳裏に「アレ」が浮かんだ。小学校にいた時と、この世界に着いてすぐの時に見た、あの異形を。
けれど、村人達はピンと来ないようだった。古くからの慣わしとして受継がれているけれど、この村ではその来歴を詳しく知る者はいないって。ただ、特徴的な伝承がいくつか残るだけだ。
――収穫を終えたら、オシラセ様に感謝するための祭りを開催せねばならない。
――オシラセ様は祭りが好き。
――オシラセ様と目を合わせてはいけない。目玉を取られてしまうから。
僕たちは目を合わせた。やはりアレではないか。
アレは、水でできたみたいな青い体をしていたけれど、顔にはポッカリ大きな口があるだけで、目も鼻もない。代わりに、顔の周りに大きな赤い目玉がくっついていた。どう表現すればいいのだろう、例えば太陽を描く時に、マルを描いて、その周りにぐるりと光の部分を描くと思う。そんな感じで顔の周りに目玉がくっついているのだ。
つまり、人間から奪った目玉を、顔の周りに飾っているんだ!
僕たちはぞっとして声も出なかった。
ニコニコと祭りの準備を進める村人達を恐ろしく感じた。
けれど、柵に囲われた村の中にいれば、モンスターに襲われる心配はない。お祭りということもあり、食べ物も充分に食べさせてくれる。僕らは祭りが終わるまで村に滞在することにした。
桜田たちがごろんと横になっている間、僕と委員長はもう少し聞き込みをすることにした。お年寄りならもう少し何か知っているかもしれない。
結局村人からそれ以上の情報を得ることはできなかったけれど、神社の蔵から古文書を見つけた。
僕らの知らない言葉が使われているはずなのに、なぜか読むことができた。お札の時と一緒だ。
分かったこと。
――目玉の化け物は「ミャクミャク」という。水の神様らしい。
――ミャクミャクは祭りが好き。
――ミャクミャクは願いを叶えてくれる。けれど、そのためには目玉を一つ差し出さねばならない。
「……つまり、生贄が必要ってことね」
「でも、それで皆は元の世界に帰ることができるんだね」
僕がそう言うと、委員長は驚いた顔をした。
「待って。何を考えてるの? だめだよ、全員で帰らなきゃ」
本当に心配そうな顔を向ける。いい奴だ。
「知ってるだろ、今うちゴタゴタしててどうせ帰ったっていいことないし。四人で元の世界に戻ったら、いろいろ調べて準備して、また迎えに来てくれればいいよ」
そう言って精一杯笑って見せたのに、委員長の方が泣きべそをかいていた。だって、そうするしかない。今の僕らには他に方法はないのだから。
「絶対に迎えにくるから!」
委員長は真っ直ぐに僕の目を見て言った。
「ああ。でも無理しなくていいからな、右本」
そう答えたけれど、せっかく帰ることができた彼らが再びこの世界に来るのはとても危険だと思った。だから、皆が食事をしている隙に、ふだめぐりの札は五枚とも僕が回収した。
他の皆には古文書の内容を伝えなかった。止められたら面倒だし、止められなかったら悲しいから。無事に元の世界に戻ったら、委員長から皆に伝えてもらうことにした。嫌な役割を任せて申し訳ない。
だから、村の祭りに目玉の化け物が現れた時、目を覚ましているのは僕と委員長だけだった。
僕は目玉お化けの前に立ちはだかる。少し足が震えた。
「友達を元の世界に帰してほしい! 僕が、ここに、残るから」声はもっと震えた。
目玉お化けは、少しキョトンと首を傾げたあと、大きな口でにたりと笑った。たぷたぷした両腕を広げて、そのままざぶんと僕を抱きしめるようにして飲み込んだ。
「夏彦くん!!」
委員長の声が遠く聞こえた。
それで僕の命は終わったと思ったのだけど、朝の光で目が覚めた。
目玉の化け物はもうどこにもいなかったし、村人達も誰も何も見ていないという。
委員長達は四人ともいなくなっていた。無事に元の世界に帰ったのだと信じるしかない。
僕はというと、両目にはちゃんと目玉がついている。
けど、片方の瞳のヒマワリが消えて、今まで見えなかったものが見えるようになった。まあ別に不便はない。
僕は旅を続けることにした。委員長達が戻ってくることはない。自分で何とかするより他ない。
それに、今回のように、他の世界から来て困っている人を助けることができるかもしれないし……。
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