第三章 揺れる監獄

独房の闇で、俺は天使をにらんだ。

「おまえの力で」

「抜け出せないのか?」

「例えば……転送とか」


天使は羽をばたつかせた。

「そんなチート級の力は」

「持ち合わせていない!」


苛立ちが胸に広がる。

「じゃあ、何ができる」


天使は口を開きかけ、閉じた。

重い沈黙だけが落ちた。


その時、床がかすかに震えた。

石壁が鳴り、砂がぱらついた。


「今の……地震か?」

囚人たちがざわめいた。

鉄格子にすがり、怯えた。


二度目の揺れが来た。

足元の桶が倒れた。

汚水が床に広がった。

鎖が揺れ、鉄が鳴った。


三度目はさらに強かった。

天井から石片が落ちた。

「やめろ、もうやめてくれ!」

悲鳴が闇に散っていく。


揺れは止まらず続いていた。

大地が脈を打つようだ。

誰かがすすり泣いた。


俺は思わず天を仰いだ。

「……神よ、どうか」


天使が羽を逆立てた。

「ここに天使がいるのに」

「神に祈るな!」


俺は鼻で笑い、言った。

「……お前じゃ役に立たない」


天使は悔しげに震えた。

だが揺れは強まっていく。

壁に亀裂が走り始めた。


轟音が腹の底を揺らした。

最大の地震が襲いかかった。

監獄は大きくうねり砕けた。

囚人は床に叩きつけられた。

天井から石が落ちてくる。

砂煙が視界を呑み込んだ。


俺は壁の裂け目を見た。

闇と光が混じり揺れていた。

だが俺には瓦礫にしか見えぬ。


天使の瞳だけが見開いた。

その視線は裂け目を射た。

羽が震え、声が出ない。


次の瞬間、背に抱きつかれた。

小さな体温が背へ流れた。

細い腕が服をきつく掴む。

小刻みな震えが背を叩く。

言葉はなく、鼓動だけがある。


やがて揺れは弱まっていく。

砂煙の奥で裂け目が揺れた。


天使が俺の腕を引いた。

「見える。あれは出口だ」

「“次元のスキマ”なんだ」

「ここから外へ抜けられる」


俺は目を凝らし確かめた。

だが瓦礫にしか見えない。


天使は真剣にうなずいた。

「信じろ。俺が導く」


その瞳は恐怖で揺れた。

覚悟の光も宿っていた。


俺は短く息を吐いた。

「……変なとこに出たら」

「殴るからな」


天使はかすかに笑った。

「それでいい。行こう」


俺と天使は並んで進んだ。

崩れた壁の奥へ踏み出す。

裂け目は闇と光をまぜた。

吸い込むように揺れている。


顔を見合わせ、一歩を入れた。

次の瞬間、視界が白く弾けた。

二人の影は光に溶けた。

独房から音もなく消えた。

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