【BL】異世界に召喚された賢者は、勇者に捕まった!
華抹茶
第1話 サラリーマン、異世界召喚される
人生とは、なんとも摩訶不思議なものである。
「勇者様! どうかこの世界をお救いください!」
はい、出ましたテンプレート。俺も一応、それなりに漫画やらアニメを見てたから知ってるけどさ。それが俺自身に降りかかるとはこれっぽっちも思っていなかったわけで。
こんな奇想天外なことが起こっているというのに俺は意外にも冷静だった。人間ってあまりにもぶっ飛びすぎることが起こると、パニックになるどころか冷静になるんだなー。へー。初めて知った。
いや、どうしてこうなったかなぁ……今日も今日とて、いつもと変わり映えのないいつもの日常だったのに。だが突然、こうして非日常なあり得ないことが起こってしまった。
うーん、どうしよう……仕事、無断欠勤になるよなぁ。というか、俺は帰れるんだろうか。
はぁ、と口からは勝手にため息がもれる。いや、本当になんでこんなことになったのか。
俺が召喚されるような特別なものでもあっただろうか、とここへ来る前のことを振り返ってみることにした。……うん、現実逃避とか言わないでくれ。それは俺がよくわかってる。
◇
朝六時半きっちりに、けたたましく目覚まし時計が音を奏でる。起きたくはないが今日は平日。眠い目を擦りながら目覚まし時計を止めるとのそりとベッドから降りた。
1DKの決して広くはないマンションだが、すっかり住み慣れた俺の城。顔を洗って歯を磨いたあとは、朝食として適当にパンをかじる。もぐもぐしながらインスタントコーヒーも準備。お行儀が悪かろうが一人暮らしなのだから咎める者は誰もいない。
スーツを着て身支度も整えると出勤だ。購入してから早五年経つ愛車を安全運転で走らせた。
高給取りではないためごく普通の乗用車だがそれなりに気に入っているため、ちゃんと洗車もするし中も割と綺麗に掃除をしている。
会社に向かう前に、昼食を買いにいつものコンビニで車を停車させた。毎日コンビニ弁当も飽きるが仕方ない。手軽さには勝てない現代人なのだ。
今日はなんの弁当にしようかと、コンビニの自動ドアを潜ろうとしたその瞬間。俺の足元がピカッと光り輝いた。
「は?」
一体なんだこれは? 足元にはまるで漫画やアニメなどでよく見る魔法陣のような模様が広がっていた。それは俺を中心にぐるぐると回っていて、段々と回転スピードを上げている。
わけがわからず呆ける俺を余所に、足元の光はますます強く光り出す。とどめとばかりに一際強く光ると目を開けてもいられない。
「ぐっ……!」
慌てて腕を顔に掲げるも意味をなすことはなく、眩しすぎる光に包まれた。
「おおおおお! 召喚成功だッ! 勇者様のご降臨だぁぁぁぁぁ!」
いきなりの大声に驚き目を開けるとそこにコンビニはなく、多くの人々が集まり俺を凝視していた。
「は? え? なに?」
目の前にいる大勢の人々は、明らかに現代人ではない格好をしている。ローブを被った人や神官のような格好の人。剣を腰にぶら下げた剣士のような人に、まるで王子様のような格好の人まで。
まるで大きなコスプレ大会でも開いているのかと思うほど、その場にいる全員が不思議な格好をしていた。
意味がわからず呆ける俺の前に、ローブを被った男が膝を突いた。そこで初めて、俺は尻もちをついていたことに気が付く。
「勇者様、よくぞ参られました。あなた様のご降臨を我々一同、心よりお待ち申し上げておりました」
「……勇者、様?」
誰だそれは。間違っても俺ではないことは確かだ。自慢じゃないが、勇者と呼ばれるほど何かに秀でているところは一つもないんだから。
だが俺の目の前で膝を突いている男はにこやかに俺を見つめている。もしや俺の後ろにも誰かが? と思い確認したが誰もいなかった。ということは、このローブを被った男は俺のことを「勇者」と呼んでいたということだ。
「……人違いです」
「いいえ! 人違いではございません! ああ、なんと美しい漆黒の御髪に瞳なのでしょう! 正に伝説の勇者様のお姿です!」
「伝説……」
えーっと……これ、もしかしなくても異世界召喚されちゃってる? え? あれって漫画とかアニメの世界だけじゃない!?
だけど俺が今いる場所はどこなのかまったくわからない。わかるのは白壁に囲まれた広い場所というだけ。雰囲気的に神殿というかそんな感じ。
おかしい。俺は間違いなくコンビニにいたんだぞ。車を駐車場に止めてコンビニの自動ドアを潜ろうとしてたんだから。
「勇者様! どうかこの世界をお救いください!」
「……なんて?」
おいおいおいおい。どっかで聞いたことのあるセリフを言われてしまったぞ。こんなのは創作の世界だけにしてくれよ。
どう見てもここって日本、というか地球じゃないよな? だって周りにいる人たちは赤やら青やら実にカラフルな髪や目の色をしているんだから。
染めたりカラコンをすれば日本でもそんな姿になれるけど、この人たちはどう見てもカラーをしたような色じゃない。俺はしたことはないが、ここまでの鮮やかな色に染めるとしたらブリーチをしないと染まらないはずだ。
そうするとどうしたってごわごわ感が出やすくなるし、綺麗な艶も出しにくい。それなのにここにいる人たちの髪はとても綺麗につやつやと輝いている。キューティクルが生きている証拠。
「はぁ……」
マジか。こんなことってある? あり得ない事実に俺は大きなため息を吐いた。
ラノベや漫画じゃどうだった? 異世界召喚された人はどんな目に遭った?
地球に帰れないっていう設定もあったな。ってか、俺ってこのままだと会社を無断欠勤することになるんだよな? というかこの世界と向こうの世界で時間軸の違いはあるのか? あれ? その場合、もし元の世界に帰れたとしても行方不明者として捜索願いが出されていたりしない?
それか浦島太郎みたいに数百年後の世界になっていたりとか……げ。そんなことになったら本気で困るんだが。怪しいというか、頭がぶっ飛んだ危険人物としてどこかの収容所に入れられたりするんじゃ……
「勇者様? もしやご気分でも悪いのでしょうか……突然の召喚ですからお体に負担がかかったのではっ……な、なんてことでしょう! 申し訳ございません、勇者様! 今すぐに医者をお呼びいたしますので少々お待ち――」
「落ち着けフロリアン。まずは勇者様にしっかりと確認を取らなければ」
「はっ……! 申し訳ございません、殿下」
ここで王子様のような格好をしている、とんでもない美形の男が俺の目の前に現れた。ローブを着た男同様、膝を突いて俺と目線を合わせる。
すごいな。綺麗に整えられた夕焼けを思わせる緋色の髪が美しく、琥珀の宝石のような綺麗な瞳で思わず見惚れてしまう。穏やかに微笑むその顔は今まで見てきたイケメンとは一線を画す麗しさ。上背もあり、正に王子様と評したくなる格好よさだ。
「勇者様、突然のことで混乱されているかと存じます。わたくしはアーマンド王国王太子、フェリクスと申します。どうぞお見知りおきください」
「は? 王太子……?」
王太子って、次期王様になる王子様って意味だったよな? まさか本当の本物の王子様だったとは……!
麗しき王子様は更に笑みを深めると、深々と俺に頭を下げた。それを受けて、周りの人たちも一斉に頭を下げる。
えー……やっぱり俺が『勇者様』なんだ……
突然のあり得るはずのない異世界召喚に思わず頭を抱えてしまった。
「……ところで、『勇者様』っていうのは何をするんだ?」
「この世界に恐ろしくも強大な『魔王』が誕生してしまったのです。それをどうか勇者様に討伐していただきたいのです」
ローブを被った男は、神妙な面持ちで俺を召喚した理由を話してくれた。だがその内容に俺はカチンときた。
「断る。俺はこの世界と無関係の人間だ。お前たちの世界なんだからお前たちでやれ」
冗談じゃない。いきなり問答無用で召喚して、危険な魔王を倒してくれだと? 最悪、俺が死ぬかもしれないってことだよな。そんな危険なことをどうして無関係の俺がやってやらないといけないんだ。
だが俺が断ると思っていなかったのか、この場にいる全員が一気にざわつきだした。「まさか」「そんな」と動揺する声が聞こえる。
「ゆ、勇者様! どうかお願いです! あなた様だけが頼りなのです!」
ローブの男は縋るように声を上げた。その声を受けて、周りの人間も次々に「勇者様はお優しい人ではなかったのか」「勇者様なのだから受けてくれるのではないのか」と、まるで俺を非難するような声を上げだした。
それが俺の怒りを増長させる。
「じゃあ逆に聞くけどな。お前たちがいきなり異世界に飛ばされて、危険極まりない魔王を倒してくれと言われたら喜んで倒しに行くのか? 死ぬかもしれないのに? 関係ない世界の勝手な事情を押し付けられて、何も疑問に思わず了承するのか?」
俺がそう聞くと、王太子もローブを被った男も、周りにいる人間も、すべてがハッとした表情を浮かべた。召喚された心優しい『勇者様』は、無条件で魔王討伐に行ってくれると思い込んでいた証拠だ。
俺が言った言葉で、やっと自分たちが何をしていたのかわかったらしい。誰も一言も言葉を漏らさなくなった。
「勇者様、本当に申し訳ありません。ですが今の我々にはあなたに縋るしか方法がないのです。どうか、どうかお力をお貸しくださいませんか」
「なっ……!? 殿下っ……! 何をされているのですか!?」
……驚いた。王太子だと名乗った男は床に両手両膝を突き、俺に向かって頭を下げたのだ。これはいわゆる平伏だ。
こいつ意外誰もここまでしなかった。なのに王太子は躊躇することなく、俺に平伏したのだ。
「殿下! おやめください!」
「勇者様の仰る通りだ。我々は無関係の人を勝手に召喚し、問答無用で危険なことを頼んでいる。ここまでしなければならない立場なのだ。私は、勇者様がお許しくださるまで頭を上げるつもりはない」
ローブの男が必死に王太子に平伏を止めるよう言っているところを見ると、本来はこんなことをやってはいけない立場なんだとよくわかる。
周りからどんなに制止の声が上がっても、一向にやめる気配はない。
こいつは俺の言葉の意味を受け止めて、それでもどうしても俺に魔王を倒してほしいと懇願している。こいつがここまでするということは、本当に八方塞がりでどうしようもなかったということなんだろう。
「はぁ~……頭を上げてくれ」
「っ!? ではっ……」
「……わかったよ。俺にどこまでやれるかわからないけど、とりあえず状況を聞かせてくれ」
「……感謝いたします! 勇者様!」
王太子はほっとした表情を浮かべると、再度深々と平伏した。
それを見たローブを被った男は、王太子に続き平伏する。そしてその動きは徐々に広がり、この部屋にいる全員がそれに倣った。
あー……マジかよ。俺、本当に『勇者様』なんて大役、やれんの?
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