第13話

 男の前にかしこんだ二人が土下座をしていた。

おもてをあげよ」

「はっ」二人はビクっとしながら恐る恐る顔を上げる。

 目鼻立ちがしっかりしている男は煙草盆から火をつけ煙管を吸う。

 紫煙は二人を包む。

「首尾はどうかの」

「はっ、女は事故死となりました」

「ならばよい」

 やおら立つと咳込んでいた一人が放った。

瑞円ずいえん様、何も女まで殺めずとも」

 瑞円と呼ばれた入道姿の男は「罪人つみびとはの、必ずその罪を償わなければならぬのよ。お天道様の代わりに俺が始末して何が悪い?」その言葉の端々からは一切の罪悪感が漂ってはいなかった。

油虫ごきぶりを殺すのに何のためらいがいる?」

 その眼には怒りしかなかった。

 平伏していた二人のうち、侍の長濱小太郎ながはまこたろうは主として仕える不思議な男、「忌枝瑞円いみえだずいえん」について余り詳しくはなかった。

 ただ、悪人を始末する闇の住人とだけ知っていた。

 その手口は、偶然を装った姑息なものだった。

 今回の女の始末も、雪の降る日に転落死を偽装する算段であり、岡引おかっぴきなども単なる事故として片付けられた。

 小太郎が仕えたのは、自身の父親を殺してほしかったからだ。

 武家でありながら博打にはまり借金を背負い、家族を路頭に迷わせた罪人。

 その父はもう居ない。

 忌枝瑞円の手によって河豚ふぐにあたって死んだ事になっていた。

 感謝は最初のうちだけだった。

 手足となって働く日々となったが、いつしか心ばかり痩せていき、何のために生きているのか分からなくなっていた。

 庵室から出ると、もう一人と別れまた同心どうしん達がたむろする番小屋へ帰着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る