第二十八景 俺たちに明日はないっしょ
「最近、リスナーさんからのメールが心霊相談寄りになっておりますな」
「そうねぇ。メールだけじゃなく、写真や曰くつきの物まで送ってくる人も増えたみたい」
「すっかり心霊相談所みたいですな」
「あたしとしてはね、軽妙な会話と、現代を奏でるような音楽で心地よいひとときを楽しんでほしいんだけど」
「一度、お菊師匠にもゲストに来ていただきたいですな」
「そうねぇ……ふぁあぁ……なんだか少し眠いわ。パンダちゃん、乗り換えになったら起こしてね……すう、すう……」
「まったく人任せですな。ワタクシだからいいようなものの、緊張感が足りませんぞ……ほんとにまったく……Zzz……」
————
『よこはま~よこはま~ お出口は右側でございます~♪』
「……! やばっ! 寝過ごした! 降ります! 降りまーす!!」
「ふぇ~、ギリギリだったわね。なんで起こしてくれなかったのよ! 危うく熱海まで行くとこだったじゃない!
でも……熱海も悪くはないわね。海を見て、温泉に入って……」
「……って、あれ? パンダちゃん!? ……しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
————
「と、そういうわけなんですよぉ。お菊さん!」
「なーんやあんたら、またドジ踏んだんかいな。そら誰でも一回や二回はあるけどなぁ……」
「うぅ……ごめんなさい」
「しゃあないなぁ。ほなウチのスマホで位置情報確認したるわ。ちょい待ちや」
(……袖の中って、どこに仕舞ってるんですか!?)
「ええと……小田原のあたりやな。あんた、まだ電車の中やわ。せやけど呼び出しても出ぇへんし……。
あ、そうや! 忘れ物探す時の『音鳴らす機能』、アレ使てみよか」
————
『ガタンゴトン、ガタンゴトン……』
『ま~~か~~はんにゃ~~は~~ら~~み~~た~~しんぎょう~~……』
「……えっ!? な、なに!? どこからお経が!?」
「おい、聞こえるか? なんや念仏じゃないか!?」
(う……うぅん……。ん? なんだか心安らぐ旋律が……って、今どこですかな!? えっ、電車!? わ、ワタクシ寝てた!? マジですか!?)
(パンダちゃん? 聞こえる? お菊やで!)
(お菊さん!? 聞こえますぞ!)
(やっぱり寝過ごしたんやなぁ……ほんま手ぇかかるわ、この子は)
————
その頃、同じ車両の片隅では、チャラそうな学生カップルがこちらをチラチラと見ていた。
「ねぇ昨日コンビニで新発売のジュース飲んだんだけど、なんかシュワシュワしてた!」
「それ、炭酸って言うんだよ?」
「え、マジで? 俺、初めて知ったんだけど!」
「うける~! 天才かよ! それなー!」
「ねぇあのバッグ、置きっぱだし、見ちゃう?」
「それなー。見よーぜ! 誰も見てねーし!」
「現金とか入ってたらどうすんの?」
「知らん知らん! 今日も現金、それなー!」
『ガタンゴトン、ガタンゴトン……』
「……おい、そろそろ降りんぞ」
「え? どこで?」
「次の駅。トイレ的な理由でな」
「ああ~、そうだった~。トイレ的だった」
バッグをわしづかみにしたアキラが立ち上がり、改札を抜けて駅を出る。
メグミは鼻で笑いながらついていった。
「ねぇ、どこ行くのよぉ。駅のトイレでいいじゃん」
「バカだなお前、カメラとかあるだろ」
「……あー、そうだった。そっかそっか」
「前に行った公園あるだろ、夜中に便器叩き壊したとこ」
「思い出した! あそこなら人も来ないしバッチリ!」
「へっへっへ、幾ら入ってるか楽しみだな」
月明かりの差す道を、二人は笑い声を上げながら歩いていく。
向かう先は——地元で有名な「心霊スポット」と囁かれる、公園の古びたトイレだった。
「先に中見てくるわ。誰もいないか確認な」
「オッケーよろしこ~」
ガチャリ……。
アキラが薄暗いトイレに足を踏み入れる。
コンクリートの壁にはカビが広がり、便器は落書きとヒビだらけ。
夜風に吹かれて、どこからともなく水のしたたりが響く。
「へっ、やっぱ誰もいねぇ。お宝チェックすっか!」
バッグをひったくって中を漁る。
「おっ! 最新スマホげっと! それと……なんだこれ、封筒? 小銭しか入ってねぇじゃん」
「見せて見せて! うわ、ダッサ! 『おほとけまえ』って書いてある!」
「アホ、これは『おぶつまえ』って読むんだよ!」
「さすがアキラ! あったまイイ~! さすアキ!」
(……御仏前ですぞ。愉快な仲間たちですぞ……)
————
(ではミッションスタート!
ナムーン☆オカルトパワー・メイクアーップですぞ!!)
『♪キラ~ン♪』
————
『トゥルルルル……トゥルルルル……』
「……電話? 誰からだよ」
「持ち主じゃね? 慌ててかけてきたんでしょ」
「はっ、もう後の祭りだっつーの!」
『……もしもし、あたしレイちゃん。今、駅前にいるの……ツー、ツー、ツー』
「「…………」」
「な、なんだ今の……?」
「おい、ボタン押してねーよな……」
『トゥルルルル……』
『……もしもし、あたしレイちゃん。今、公園の前にいるの……ツー、ツー、ツー』
「……は……?」
「や、やめろよ……マジでやべぇって……」
ガチャガチャッ!
「ドアが! 開かねぇ!!」
「ふざけんな、早く開けろ!!」
『……もしもし、あたしレイちゃん。今、あなたの……後ろにいるの……ツー、ツー、ツー』
……ピチョン……ピチョン……。
蛇口から落ちる水音が、異様に大きく響き渡る。
鏡の奥に、黒い滲みがじわじわと広がっていく。
まるで水墨画が滲んだように、黒が濃く、深く、波紋を描き——
ずるり……ずるり……。
その黒の中から、濡れた何かが這い出してくる。
布のようなもの……いや、腐りかけたズタ袋のようだ。
滴る水音を響かせながら、重たげに床を引きずる。
袋の裂け目から覗くのは——真っ黒に濡れた長い髪。
その髪が地面を這い、やがてずるずると顔を持ち上げる。
白い——いや、蒼白に濁った顔。
唇は血の気を失い、眼だけが黒い穴のように見開かれている。
それは、ゆっくりと、恨めしげに口を開いた。
「……お分かりいただけましたかな?」
「「イヤアアアアアアァァァァァァァッッッッッ!!!」」
————
【ニュース速報】
『本日午前〇時〇分ごろ、神奈川県小田原市〇〇町の公園トイレで、20代とみられる男女二人が衰弱した状態で発見されました。
二人は床に座り込み、全身を震わせながら「後ろにいる! 後ろにいる!」と叫び続けていたとのことです。
〇〇署によると、二人には過去に器物損壊や置き引きの容疑があり、今回の件との関連を調べています』
「パクパク……ムシャムシャ……」
「この蒲鉾、美味しいわねぇ」
「さすが小田原、さす小田」
「……この度は本当に面目ないですぞ」
「まぁでも、悪者も懲りたやろし、めでたしめでたしやなぁ」
「いやぁ……トイレだから良かったものの、他だったらどうなっていたやら……」
「それにしてもレイちゃんに化けるとは考えたなぁ」
「今のところ、まともに変化できるのはレイちゃんだけですからな」
「それなら身代わり作戦もいけるんじゃない? 爆弾事件の人質とかに」
「いやいや、もう危険なのはコリゴリですぞ」
「そういやあの二人……アキラとメグミって名前やったな」
「……アキラとメグミ……あきらめぐみ……」
「……諦め組やん!」
「勝ち組ならぬ、『諦め組』ですな!」
*――*――*――*――*――*――*
更新予定は火曜日と金曜日の21時です。
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