第十六景 それは私のおいなりさんだ
今日は、ママのお供で、近所のコミュニティーセンターまでお出かけだ。
週に一度、ママは近所の人に裁縫を教えている。
ぼくはその間、近所の見回りに出る。
「レンゲ様、お疲れ様ですカー」
「レンゲちゃん、この間はありがとにゃん」
「バーブー」
(育ち悪そうな奴は大体友達にゃ♪)
「レンゲ殿! 私のお尻に何か付いてるワン!」
……馬鹿が尻尾でぐるぐる回っているにゃ。
今日も街は平和にゃ。
平和と言えば、しばらく鎮守の神様に顔を出していないので、近況報告がてら神社へ向かうことにするのにゃ。
「とりあえず手土産にゃ」
————
「じーーーー」
「よかったらお稲荷さん持ってってよ。食べ盛りなんだから遠慮しないで!」
ここのお弁当屋さんは、いつもたくさんお稲荷さんをくれるのにゃ。
「…………ニコっ!」
「いつものあの子? お母さんばっかりずるい!」
「ほんと美少年よねぇ、あれは将来きっと女の子を泣かせるわね」
「「泣かされてみたいぃ!!」」
……いつも無料だから、泣いているのはお父さんだけど。
何度も転生を繰り返したレンゲにも、特別な能力があった。
言葉は話せないものの、僅かな時間だけ人間に変化することができたのだ。
ごく稀に高校生くらいの無口な男の子に変化している。
そのミステリアスな美少年に商店街の女性たちは熱を上げていた。
(また詰まらぬものに成ってしまったにゃ)
————
いくつもの赤い鳥居をくぐり抜けると、木々の静寂に包まれた立派な社殿に出た。
「こんにちは~! 稲荷大明神さま。レンゲですにゃ!」
御簾の奥から出てきたのは、狩衣に烏帽子姿の立派な白狐だった。
「これはこれはレンゲ殿。久しぶりでおじゃるな」
「稲荷さま、ご無沙汰しております。お元気でしたかにゃ?」
「おかげさまで。レンゲ殿こそ、ママ殿は息災でおじゃるか?」
「今日も若い人に教えているにゃ。いつまで続けられるか心配ですにゃ」
「色は匂へどちりぬるを……。生きとし生けるものに永遠はないでごじゃる」
「例の娘子はどうしているでおじゃるか?」
「毎日楽しげにパンダちゃんと、色んなことにチャレンジしているにゃ」
「ほお、それは上々。パンダ殿の導きがあれば、道は必ず開くと占いにも出ておじゃる」
「あのパンダちゃんがねぇ……大丈夫なのかにゃ~」
「これはお土産です」
「良い香りと思えば『もしかし亭』のいなり寿司でおじゃるな」
「これは……もぐもぐ……至福の味でおじゃる。
『もしかし亭』には祝詞を上げ、モグ……加護を授けなければなりませぬな」
「稲荷さま、ご飯粒が口元に。あー、お着物にシミが……」
「レンゲ殿、いつも済まないでおじゃる」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」
「誰がおとっつぁんでおじゃるか?」
————
「……お母さん、今日はすごい行列だったね」
「あの男の子が来た後はいつもこうなのさ、不思議だねぇ」
「あの子は招き猫だね」
「もしかしたら狐のお使い様かもしれないよ」
「「くしょん!!」」
「誰かが噂をしているでおじゃる」
「『もしかしてい』にゃ」
————
「良い時に来てくれたでおじゃる。実は娘の『玉藻』のことで相談があるでおじゃる」
「玉藻って伝説の九尾の狐の名前じゃ?」
「稲荷界じゃ人気の名前でのう。実際、玉藻の血を引いているでおじゃる」
「男の子なら?」
「『ゴン』一択でごじゃる」
……何それ? ベトナムの人は大体グエンさん、みたいなノリ!?
なんか悲しい気分になってきたにゃ。
「最近では『スズ』『モア』『モモ』が人気でおじゃる」
「ベビーなメタルのキツネさんにゃ」
「その玉藻さんがどうかしたかにゃ?」
「周りの人間に馴染めないようで孤立しているようでおじゃる」
「今は何をしているのかにゃ?」
「ここの神社の社務所で、巫女として修行してるでおじゃる」
「例のあの子に頼んで潜入してもらいたいでおじゃる。
同年代の彼女なら悩みを聞き出せるのではと思うでおじゃる」
「れいちゃんならアルバイトしたいと言っていたからうってつけにゃ。
でも、パンダちゃんが一緒にいないと変身できないにゃ」
「それならとっておきの手があるでおじゃる」
————
「やる! やるなと言ってもやるわ! 巫女さんでしょ最高じゃない!!」
白い小袖に緋袴の巫女装束に身を包み、ご機嫌のレイちゃんである。
「で、稲荷さま。とっておきとはどういうことにゃ」
やおらパンダちゃんを抱いたレイちゃんの前で、稲荷大明神は祝詞をあげる。
「……祓へ給ひ清め給へ……恐み恐みも白す……」
♪キラ~ン♪
「パンダちゃん?」
「ワタクシ、なんだかペラッペラですぞ」
パンダちゃんは、紙の人形〈ひとがた〉になっていた。
「パンダ殿を式神にしたでおじゃる。これで安心して変身できるでおじゃる」
「なるほどアンタやるわね!」
「レイちゃん失礼ですぞ」
「不適切は活動休止になりかねないのにゃ」
不安しかない。フワではない。
————
「今日からバイトのレイです。みんな仲良くしてね!」
「茂部です」
「園田です」
「TAMAMETAL、DEATH!!」
濃いの来た~~!
狐火の刺繍が施されたサテン地の黒い小袖。
レース地がレイヤーされた真紅の袴。
ツインテールにはキツネの面。
人形のように整った顔立ちの彼女こそが TAMAMETAL〈タマメタル〉こと玉藻であった。
「なるほどアンタやるわね!」
本日、二度目ですな。
「ほかの二人が知らないふりをしているわよ」
「アウェーを楽しめてこそのメイト……」
孤立というより独立独歩なのにゃ。
「その衣装素敵ね、私も着替えようかしら」
「あ! あなた音楽は!? デスメタルなんてどうデス!?」
……何かスイッチ入ったみたいですぞ。
「そうね。おばあちゃんの趣味を知るのも悪く無いかも」
「え、おばあさん? あなたにはメタルの血が流れているデス!!」
てめえらの血は何色だ発言!?
「あなたも今日から『メイト』デス! RAYMETAL〈レイメタル〉を名乗るデス」
「世界征服出来そうね」
「あなた分かっているデス! 私のことは『タマ』って呼んデス」
「私のことも『レイ』って呼んで!」
「世界は征服されたがっているデス!」
「我らが光をあまねく世界に!」
……混ぜるな危険でしたぞ。
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更新予定は火曜日と金曜日の21時です。
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