(8)前編終わり
時は少し遡る。
多くのボンバー団と共に寝返った蒼沫は、東屋の最上階に通された。
五階建て東屋は上の階に行くほど快適なくつろぎのスペース。
それがジャスティス団によって改造されている。
風通しの良い造りだった建物に壁が張られ、今では要塞のようだ。
とはいえ、付け焼き刃の造りで所々にボロや穴が見られるが。
一階は牢屋、二階は監視スペース。三階はトレーニングルームだろうか。ジャスティス団しかいないが。
四階には大量の武器が置かれていた。これまでボンバー団から押収したものだろう。
(この中に俺の武器があるはず!)
蒼沫はそう確信していたが、今は見張られているのでとても探せる状況ではない。
どこかで必ず隙を見て探しだす。
突然、蒼沫は背後から突き飛ばされた。
近くのジャスティス団員にぶつかり倒れる。
数人の盗賊が近くの駒を突き飛ばして、武器を奪って脱走を図った。
つぎはぎの壁を攻撃して破壊する狙い。
ところがジャスティス団はそれを読んでいた。
脱走を図った盗賊五人は東屋から一歩も出ることなく全員捕まった。
捕まった五人は牢屋に送られるではなく、縄に縛られて一緒に最上階まで連行された。
最上階の部屋には高価そうな黒いソファに大理石のテーブルがある。
床には幾つか武器が転がっている。
木刀や革のグローブなど、機械的でもないのに黒い電流が目に見えてバチバチいってる。
壁際には手下の駒がきれいに整列していた。
豪奢な家具とトレーニング器具、忠実な手下。
蒼沫はなんとなく人の世の兄の部屋を思い出した。
蛭馬はソファに腰かけ、見下すようにこちらを見ている。
その目も兄を思い出させた。
多くの駒と同じく二頭身でまるっこいのに、まったくかわいいと思えない。
ドラえもんが子どもの敵に回ったとしたらこんな感じだろう。
「あっ!」
蒼沫は思わず声をあげた。
蛭馬の手にある薄型の黒い鉄板型機械。
盤上に持ち込んだ宝物、レイティストスマートだ。
「俺のだ!」
「余計な口を利くな!」
近くの団員に怒られた。
だがここで引くわけにはいかない。
「あれ、俺の武器なんだよ!」
「お前のか」
蛭馬がたずねる。
蒼沫は三度頷いた。
「お前は【格闘家】だったな。お前に相応しい代わりの武器をやる。黙って待ってろ」
代わりのなんて要らないからそれを返してくれ、ピコピコやってないで。
と思ったが言えなかった。
コイツは強いし怖い。
「それより、騒がしかったな」
と蛭馬。
ジャスティス団員は先程の脱走騒ぎを報告した。
「ならばそいつらの処刑から済ませるか」
指示を受け、脱走失敗の駒五人が壁に並べられる。
がっしり縛られてもう逃げられない。
蛭馬は忠誠を誓った元ボンバー団に向かって言う。
「お前らは床に落ちてる武器の中から好きなものを拾え」
蛭馬の手にあるものはダメっぽい。
格闘家に装備できる武器は限られている。
蒼沫は手の甲に刃の付いた物騒なグローブを貰った。
こんなの使ってる格闘家いたら、なんだっけ……世も末だ。
赤月ならそう言う。
つけてみると黒い電流が走った。
他にも剣やピストルを受け取った駒もいて、みんなビリビリ、バチバチと痺れていた。
「処刑はお前らがやれ。俺に忠誠心を見せてみろ」
と蛭馬は元ボンバー団に元仲間の処刑を命じた。
「これでこいつらを殴る? それか刺すってこと?」
「態度に気を付けろ!」
「はいっ!」
(こえぇ……兄貴にも同じこと言われたことあるな)
蛭馬はモヤイ、ボーライン、マーリンの三人にもビリビリの剣を渡した。
三人は明らかに青ざめていたが、拒否などできるわけもない。
「さっきの戦いの汚名返上だ。お前たちが手本を見せてやれ」
一人の駒を的に、モヤイ、ボーライン、マーリンの三人が剣を振り下ろす。
一撃目で痛そうな顔をして、二撃目で痛そうに叫び、三撃目で駒は何も言わずに倒れて動かなくなった。
痛みはもう感じないだろう。
盤上に痛みなんてないと思っていたのに、今のは明らかに痛がっていた。
モヤイたち三人は恐ろしいことをしたような怯えた顔で震えていた。
「悪党には相応の裁きを。そうしなければ盤上の秩序は守れない。よくやった」
蛭馬の声かけで三人は落ち着きを取り戻した。
「さあ、残りはお前たちがやれ。その武器であれば処刑は可能だが、駒の体は頑丈だからな。一人では時間がかかる。罪人一人につき三人でかかれ」
「やったら俺の武器返してくれますか?」
蒼沫が聞いた瞬間、蛭馬はレイスマをテーブルに叩きつけた。
黒い電流が見えた。壊されちゃ敵わん。
「立場がわかっているのか? 次余計なこと言うとお前も壁に並ばせるぞ。俺がやれと言ったら三秒以内に動け」
その言葉の三秒以内に元ボンバー団が罪人と呼ばれた元仲間を攻撃し始めた。
駒の叫びが響き渡る中、蒼沫も覚悟を決めた。
自分だけ動かなければレイスマを返してもらうどころじゃなく、立場が危うくなりそうだ。
俺だってやりたい訳じゃないんだぜ、と言えるなら言ってた。
元仲間に同情はしても遠慮はしない。
蒼沫は刃を向けて拳を振り上げた。
轟音が鳴り響く。
部屋が傾き、拳で突く前に蒼沫も蛭馬も、その場にいる全員が床を転がった。
東屋が崩れる。
五階建ての高さから落ちる。
激しい衝撃に意識も体も揺さぶられる。
崩れ落ちる瓦礫に潰されて、蒼沫は死を覚悟した。
だがやはり盤上の世界。
蒼沫は自分が無事だと間もなく気付いた。
煙で周りが見えない。
かろうじてわかるのは瓦礫が散らばっていること、近くにいた駒が死んだように倒れていること。
(駒はこれくらいで死なないだろう。いや、死ぬかな?)
周辺には大量の武器も転がっていた。
これは大チャンスだ。
蒼沫は体を起こし、瓦礫をかき分けてレイスマを探した。
「これは……!」
役に立ちそうな武器を見つけ、こっそり懐に入れる。
空から鳥の鳴き声が聞こえた。
巨大な鳥が降り立った。
いや、こいつは駒だ。
翼の形をしたマント。黄色と黒の鷹のような目。灰色の羽根で覆われた服と、くちばしの形をしたマスクのおかげで大きな鳥に見える。
片目を閉じて駒を見る……【飛行師】モナミというようだ。
ジャスティス団と遊技闘で勝負するときに逢魔とキャリーに追い払われてた奴。
敵だとセーラが言っていた。
そいつは羽をバタつかせ、風で煙を吹き消した。
地面に散らばった武器がよく見える。
トビ、ハヤブサ、タカの三羽の鳥が飛び交い、一瞬で幾つかの武器が持ち去られた。
蒼沫が探し求めていたレイスマもモナミが拾い上げた。
「あっ、それは俺のだぞ!」
蒼沫の言葉を無視してモナミは翼を広げて飛び上がり、あっという間に遠ざかっていった。
「おおーい!」
声をあげ、蒼沫は呆然と立ちすくむ。
近くの瓦礫が宙に跳ね上がる。
埋もれていた蛭馬が這い出てきた。
続いて気を失っていたジャスティス団員も目を覚ます。
爆心地は一階の牢屋。
爆発を引き起こしたのがマガトだと察した蛭馬は、牢屋に残った三人を探すよう怒鳴り声で命じた。
ジャスティス団員はふらつく体にムチ打ちながら牢屋のあった場所に向かって走る。
牢屋は粉々になっていて煙がくすぶっている。
二階と三階にいた駒たちがみんな倒れている。
悲惨といえば悲惨だが、みんな五体満足で気を失っているだけなのだから、駒の頑丈さに改めて呆れる。
赤月の姿はない。
マガトもセーラもいない。
ジャスティス団は瓦礫の下を探したり周囲を見回した。
クマが倒れている。
マガトが乗ってきた動物だ。
カバもいたはず。
蒼沫は展望台に向かい山道を見下ろした。
カバに乗って逃走する赤月とセーラを麓に見つけた。
が、すぐには報告しなかった。
今から追っても追い付ける距離ではない。
(赤月、次に会う時は敵同士だ)
遠くに見える背中に向かって、心の中で呟いた。
赤月がこちらを振り向いた。
向こうから自分が見えてるのかは知らないが、見えているのなら同じこと思っているはずだ。
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