いつになったら俺は転生できる?

ゆうた

第1話 転生願望

 終業のチャイムが鳴る。

 張り詰めていた教室の空気が緩み生徒たちは騒ぎ始める。俺はその変化を窓際最後列の席から静かに眺めていた。

  

「おつかれー。今日駅前のゲーセン寄ってかねー?」

  

「いいね! 行こうぜ!」

  

 声の主は鈴木。サッカー部に所属し、常にクラスの中心にいる男だ。彼の周りには自然と人が集まり、一つのコロニーを形成している。


 俺は心の中で彼らを『勇者パーティ』と呼んでいた。鈴木が勇者で、その隣でおどけているのが戦士といった具合だ。

  

 彼らの交わす言葉は遠い国の言葉のように聞こえる。


 一方の俺は、この教室という名のフィールドにおける『村人A』だ。幸か不幸か入学以来三ヶ月、俺は誰からも相手にされることなく平穏な日々を過ごしている。

  

 すぐにでも学校を出たい所だが、今立ち上がると勇者パーティーと望まないイベントが発生しかねないので時間を稼ぐ。スマホを取り出し、ブックマークからいつものWeb小説サイトを開く。

  

 これが俺の結界であり、周囲との間に見えない壁を築くための儀式だ。

  

 画面の文字に視線を落としながらも、耳は教室内の情報を拾い続けている。

  

「ねぇ佐藤さん、さっきの数学のノート見せてもらっていい?」

  

「うんいいよ」

  

 女子グループの中心にいる隣の席の佐藤さんは、誰にでも優しい優等生だ。

 俺が今読んでいる物語の主人公は、俺と同じような冴えない高校生だが、ある日トラックに轢かれて死ぬ。

  

 そして気づけば佐藤さんのような優しい女神様の前にいた。

 チートスキルを授かり、剣と魔法の世界で無双し、エルフの美少女や獣人の姫を仲間に加え、ハーレムを築き上げていく。

  

 王道。

  

 あまりに使い古された鉄板のストーリー。

 だがそれがいい。

 それが今の俺には何よりの救いなんだ。

  

 しかし、同時にここで重大な問題が発生する。

  

 それは、「なぜ俺がいまだに転生できないのか」という由々しき問題である。


 毎日これほどまでに転生を渇望しているというのに、神様、もしくは女神様はあまりに不公平じゃないか…。

  

 しばらく俺の本来いるべき世界からエネルギーをもらった後、再度教室の様子をうかがう。


 勇者様一行は帰ったようだ。

 俺も教室を出る。

 今日も誰とも言葉を交わすことなく学校を後にし、安息の地である自宅へと戻る。


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 部屋に入ると制服を脱ぎ捨て、すぐにPCの電源を入れる。

 スクリーンの中央には一つのフォルダがある。


 フォルダ名は、『異世界転生考察』


 これは単なる趣味ではない。

 来るべきXデーに備えるための研究成果が詰まっている。

   

 フォルダを開くと丁寧に整理されたファイル群が現れる。

  

『転生別・特典スキル一覧.xlsx』

  

『転生を司る存在への効果的なアピール方法.docx』

  

 メインファイルであるExcelシートを開いた。行には「トラック転生」「通り魔による死亡」「神の干渉による事故死」など、様々な転生パターンが並ぶ。

  

 列には「発生確率予測」「初期スキル期待値」「ユニークスキル付与率」といった項目があり、独自の調査に基づいた数値と評価がびっしりと書き込まれていた。

  

 例えば「トラック転生」

  

 最もポピュラーな方法だが、それゆえに与えられるスキルは標準的なものになりがちだ。いわば、転生界のベーシックプラン。

  

 一方、「通り魔による死亡」のような理不尽な死は、同情ポイントが高く、強力な戦闘系スキルを得やすい傾向にある。

  

 ただし、当然ながら相応の苦痛を伴うハイリスク・ハイリターンな選択肢だ。

  

「……やはり、狙い目は『善行ポイント型』か」

  

 それは誰かをかばって命を落とすパターンが主である。

 自己犠牲の精神が高く評価され、強力な守護スキルや回復魔法といった希少な能力を授かるケースが多い。  

  

 問題は、都合よくそんなドラマティックな場面に遭遇できるかどうかだ。

  

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 翌朝の通学路。

  

 今日も俺の目は、転生する可能性を秘めた人間を探していた。

  

 周りはまだ眠そうな顔をしている中、俺は警戒を怠らない。 

 横断歩道で信号を待っているときも、常に5秒前との微細な変化に気がつけるよう、大きなあくびをするサラリーマンの横で神経を尖らせておく。 

  

 信号が青になり、誰よりもキビキビと渡り始めたその時。

  

 突然、けたたましいエンジン音を響かせながら一台のトラックが交差点に猛スピードで進入してきた。

  

 俺は思わず息を呑みその場に固まる。

  

 その時、凡人であれば脳内に駆け巡る「死にたくない」という根源的な欲求より俺はこう思った。

  

(ついに来たか!? 俺の『Xデー』は今日か…?)

  

 だが、トラックは俺の数メートル手前で急ブレーキをかけ停止した。

 運転手が窓から顔を出し、「悪ぃ悪ぃ!」と軽く頭を下げる。

  

 ……やはり違う。


 俺の分析によれば、本物の「転生執行人」はもっと虚無の目をしているはずだ。

 あのドライバーの目にはまだ現世への未練と、昼飯に何を食べようかという煩悩が渦巻いていた。

  

 気を取り直して満員電車に乗り込む。

 ここもまた観測にはうってつけの場所だ。

  

 ドアの近くにひどく疲れた顔をしたサラリーマンが立っていた。

  

 年齢は30代半ば。

  

 電車の揺れに抗うほどの力も残ってないように見える彼は、過労死による転生候補としてこれ以上ない逸材だ。

  

 5分後電車が駅に停車した。


 人の波に彼も入っていこうとする刹那、彼の姿が明らかに不自然な形で消えたのだ。

  

 ――転生だ!!

  

 何も知らない周りの呑気な人々を驚かせないよう、声を出さなかった自分を褒めてやりたい。

  

 彼が仕事で培った忍耐力は、異世界での地道な作業に役立つだろう。

 彼の第二の人生に幸あれ。

  

 俺の目に映る世界は、他の誰もが見ようとしない真実で満ちている。

  

 やはりこの世界の水面下では、日々数えきれない魂が新たな世界へと旅立っているのだ。

 

 すぐに俺も旅立つ側になるだろうが。


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 やがて学校に着いた。

  

 校門をくぐり、再び日常という名のダンジョンへと足を踏み入れる。

  

 喧騒と無関心、そして圧倒的な疎外感。

  

 俺は自分の席に着くと、伏し目がちに最後部の席から教室を忌々しそうに見回して、心のなかで呟く。

  

(今日もイベントは起きなかった。俺の転生は、一体どんな形で訪れるんだろうか)

  

 その瞬間を夢想することだけが、この退屈で息の詰まるような現実で正気を保つための唯一の方法だった。

  

 担任が来るまでの騒がしい教室の中で、朝から頭は冴えまくっているのに、ポーズであくびを連発しながらあらゆる可能性を再度検証してみる。

  

 その中で、ある当たり前の事実を真剣に考えてみた。

  

 つまり「観測者でいるだけでは、物語の主人公にはなれない。」という自明の理である。

  

 俺のPCのフォルダに溜まっていく観測ログは、俺がただの傍観者であることを証明しているだけだ。

  

 やはり待っているだけでは、神様は俺に気づいてくれないようだ。

  

「…能動的に動くしかないか…。」

  

 この言葉を無意識に漏らした瞬間、俺はものすごく自分が主人公になったように感じ心が震えた。

  

 結論は既に出ていた。

  

 おそらくその中でも俺に合ってるのは、最も再現性が高く、成功時のリターンが大きいのは「人助けによる善行ポイント型転生」だろう。

  

 徳を積む行為は、転生を管理する高次元存在からの評価が高い。

  

 まずは、スライムを倒して経験値を稼ぐように小さな善行を重ねる。

 いきなり暴走車から子どもを庇うのはハードルが高すぎる。

  

 まずは「困っているお年寄りを助ける」といった低レベルのクエストからだ。

  

「善は急げ」

  

 決行は明日土曜日にする。

  

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