第26話 私用で
ソフィアが酒場に入り一番に思ったことは、更に人が減っているであった。
「あら、ソフィアじゃない」
暇そうにしていた看板娘のアミラが立ち上がる。
「どう似合う?」
ソフィアが自慢げに言う。
「あんたにはもったいないくらいの服ねえ」
「素直に褒めなさいよー。新作よ!」
「はいはい。似合ってるわよ。ここ座りな」
アミラがソフィアを席に座らせる。
「ビーフシチューをお願い」
「はいよ」
少しして熱々のビーフシチューが出てくる。
「ねえ、あんた。最近魔法の訓練しているんだって?」
暇なアミラが、食べているソフィアに話しかける。
「うん。どんどん上達していって楽しいの!」
と楽しそうに返す。
「おとなしく農業しておきなさいよー」
「なによー。私が凄くなるのが、羨ましいんでしょ。必ずアダマンタイト級の冒険者になって見せるわ!」
ソフィアがそう言った瞬間、何かが机を叩く大きな音が酒場中に響く。
「あ? 今寝言が聞こえてきた気がするが……。何になるって?」
そう言ったのは奥に居たロクサスだった。
「あんたには関係ないでしょ。人の話に勝手に入ってこないでくれる?」
ソフィアが不快そうに言う。
「関係なくはねえだろう。冒険者として、冒険者が舐められたら商売あがったりだ」
そう言ってロクサスは立ち上がると、ソフィアの元へ歩いていく。
「なにが商売あがったりよ。たいしたことしてない癖に。今も迷惑しかかけてないじゃない。さっさと酒場から出て家に帰りなさいよ」
「ハハハ! 随分威勢がいいな。あの腰抜けに師事しているとは思えん」
ロクサスは馬鹿にしたように言う。
「腰抜け? レイルのこと? レイルはあんたみたいに田舎で威張りちらしている冒険者より、よっぽど強いわよ! 撤回しなさい!」
ソフィアはロクサスを睨みながら、はっきりと言い切った。
「てめえみたいなくそ雑魚が、俺に指図するんじゃねえよ!」
ロクサスはそう言うと、ソフィアの食べているシチューの皿を掴むと、そのままソフィアに頭からかけた。
「きゃああ!」
「なんてことをするんだ!」
アミラも、店主も叫んだ。
ソフィアは自分の新品のワンピースがどろどろに汚れてしまったのを見て、歯を食いしばる。
「この……!」
ソフィアは右手にロクサスにめがけて翳す。
「師匠と弟子共々お似合いだぜ! やるのか? 最近、魔法を覚えて粋がっているようだが、お前の火球は俺に届くかな? 少しでもミスれば、この酒場が火の海になるぜ?」
「ぐっ……」
(この男も確か魔法使いだったはず……私の火球でアミラ達に迷惑をかける訳にはいかないわ……)
「俺は……お前のような現実を見れていないガキが一番嫌いだ」
ロクサスがそう言うと、ソフィアが突然首を押さえ苦しみ始める。
(息が……できない! お、溺れる!?)
突如呼吸ができなくなったソフィアが倒れ込む。
「ハハハ! 抵抗すらできない雑魚が……なにがアダマンタイトだ」
「ゲホッ! ハアッ……! ハアッ!」
気を失う寸前で、なんとか呼吸できるようになったソフィアはなんとか立ち上がる。
「とっとと失せろ。死にたくなければな」
ロクサスが椅子に座りながら、嘲笑うように言う。
ソフィアは涙が溢れそうになるのを堪え、金を置いて去って行った。
(畜生……畜生……)
ソフィアは自分が情けなかった。
◇◇◇
俺は夕食を終え、のんびり皿を洗っていた。
「ソフィア、どうしたんじゃ!?」
クリフさんの大声に反応して、後ろを向くと、そこには食べ物をかけられどろどろになったソフィアが居た。
綺麗な純白のワンピ―スもすっかり茶色く染まっている。
「間違って、こぼしちゃったの。少し体洗ってくるね」
「こぼしたって……そんな風にはならんじゃろ……」
クリフさんは驚きが隠せていない
「ごめん……」
ソフィアはそう言って、自室に戻っていく。
その目からは、涙が溢れていた。
ソフィアの口元から、魔力の残滓を感じる。
あいつか……。
俺は無言で、家を出ようと扉を開ける。
「おい、レイル! どこに行くんじゃ」
「私用で」
俺はその足で、すぐに酒場に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます