9.ワルキューレ

「代わりのものを用意するのはいいけれど、時間がかかるわよ」


 三次元ディスプレイに映し出されたアナスタシアの表情は渋い。


 カメラが壊れた経緯について女神に説明し、代わりのものを用意してもらおうと考えていたオレとミアだったのだが、あては外れ、アナスタシアと言えば端正な顔を左右に振ってはため息混じりに応じてみせる。


「こっちだって潤沢に在庫抱えているわけじゃないんだから。新人ストリーマーにあてがう分だけでいっぱいいっぱいなの」

「わかっているわよ、そんなこと。でも、そこをなんとか譲ってもらえないかって、お願いしてるわけ」


 一方でミアも譲らない。なにせ、カメラがなければ配信ができないのだ。ストリーマーとしては死活問題となってしまうため、プロデューサーとしてはなんとかしたいところだろう。


 そんなやり取りを聞きながら、オレはオレで、意外と大事になりつつある事態に半ば驚きを隠せないでいた。


 考えてもみなさいって。『祝福商店』で取り扱っている品々は、どれも反則級のチートアイテムばっかりなんだよ? そんなものばっかり見ていたら、カメラ代わりの透明な球体を用意することぐらい、造作もないって思えるでしょう?


「あのねえ……」


 やれやれと言いたげにアナスタシアは続ける。


「何でもかんでもポイントで交換できるわけじゃないの。あれは特注品。天界でも指折りの職人が仕上げているんだからね」


 指折りの職人が、カメラ機能を含んだ球体を作っている様はなかなか想像できない。匠の技で画素数を上げたりしているのだろうか。


「とにかく」


 両手をぱちんと叩き合わせ、話はおしまいとばかりに女神は語を転じた。


「交換品を用意するまで三週間はみてちょうだい。こっちも都合があるんだから、それより早くは無理って話よ」

「三週間!? ちょっと待ってよっ!」


 半ば呆然とした面持ちながら、ミアは声を荒らげる。


「そんなに長期間、配信できなかったらストリーマーとして致命的じゃない! ポイントもなしにどうやって生活すればいいっていうのよ」

「あら? この間、バズった分のポイントはまだ残っているはずでしょう? 当面はそれで生活できると思うけれど」


 ……こっちの残りポイント数まで把握しているのか、この女神。家計簿の中を見られているみたいでなんか嫌だな。


「というかね」


 眼光をやや鋭くさせて、アナスタシアは続けた。


「こういうことにならないよう、あなたがサポート役についているんでしょう? それなのに、この醜態ざまはなに?」

「う……」

「挙げ句、担当を危険な目に遭わせるとか。辣腕プロデューサーが聞いて呆れるわね」

「…………」


 これ以上なく顔面を蒼白にさせるミア。予期していなかったとはいえ、雷神獣との遭遇について責任を感じているのだろうか?


 そんなことを考えたのだけれど、それはちょっと間違っていたようだ。女神はなおも妖精への糾弾を続ける。


「まさかと思うけれど、自分が、昔、やったことを忘れたわけじゃないわよね。いいのよ? 私がそこにいるユウイチにあなたが何をしたか教えてあげても……」

「やめてっ!」


 声を荒らげる妖精に、やがてアナスタシアは諭すような表情に変わり、小さく息を漏らした。


「しばらくの間、頭を冷やして、サポートとしての役割を考え直しなさい。準備でき次第、代わりのものは『祝福商店』に届けさせるから」


 そこまで言い終えたアナスタシアは、視線をこちらに転じ、静かな笑みをたたえるのだった。


「災難だったわね、ユイイチ。でもまあ、これも貴重な経験ができたと思っていい方向に考えて、ねっ?」

「はあ……」

「そうだわっ」


 名案を閃いたとばかりに、女神は瞳を輝かせる。


「ユウイチ。あなた、『ヴァルハラ』で他のストリーマーがどんな配信をしているのか、チェックしていないでしょう?」

「……え? ええ、まあ」

「だと、思った。代わりのものが届く間、他のストリーマーの動画を見て、配信の勉強するのはどうかしら? 見たところ、不慣れな配信が続いているみたいだし」


 それはまあ、仰るとおりなんですけどね。果たして、見たところで何か学べるものがあるのかというところは正直怪しいんだよな。


 そんなことより、どちらかといえば、ミアが何をやったのかっていうことが気になって仕方ないんだけど……。口を真一文字に結ぶ、あの表情から察するに教えてはくれないんだろうなあ、きっと。


「ま、何はともあれ。これからも困ったことがあったら連絡なさい。いつでも相談に乗るわよ」


 それじゃあねと、手をひらひら振りながら、画面から消えるアナスタシア。オレは肩をすくめ、頭をかきながら、相棒である妖精へと視線を向けた。


「やれやれ、仕方ない。アナスタシアの言うとおり、しばらくの間、配信は取りやめるしかないな」


 ミアは何も言わず、ただただ表情をこわばらせている。


「ミア?」

「……なんでもないわ」


 表情を隠すように、くるりと背を向けた辣腕の妖精プロデューサーは、冷たい口調で言い捨てるように続ける。


「カメラが壊れたのは私のミスよ。ユウイチには申し訳ないけれど、お休みしましょう」

「いや、特に申し訳ないとか……」

「しばらくの間、ユウイチは他の動画をチェックしておいて。アナスタシアも言っていたけれど、配信について学ぶいい機会だわ」


 私はしっかり企画を考えておくから。そう付け加え、ミアは姿を消してしまった。あの様子だと、何が起きたのかを尋ねるのは難しそうだな。


 ……考えていても仕方ない、か。ミアも話したくなったら、説明してくれるだろうし。いまはやれることだけやることにしよう。


***


 翌日から、オレは『ヴァルハラ』で活動する他のストリーマーの動画をチェックして回っていた。


 とはいっても、基本的にはオススメ欄に表示されたものを延々見続けるぐらいしかできなかったんだけど。


 いや、本当に多いのよ。『ヴァルハラ』で活動するストリーマー。数え切れないぐらいにいるわけ。


 オレが主戦場として活動しているスローライフ系はもちろん、ダンジョン探索系、サバイバル系、料理にクラフト系などなど、ジャンルも多岐に渡るのだ。どれを参考にしていいのかわからないのさ。


 そういえば、開封系配信もあったな。『祝福商店』でも、ランダム封入のアイテムを取り扱っているみたいで、レアアイテムが出るまで開封を続けるってヤツ。


 神様たちにとっても、やっぱり人気のあるジャンルみたいで、結構な視聴数だったけれど、ポイントがいくらあっても足りないんじゃないか?


 あとね、やっぱりというか、当然のようにアイドル系ストリーマーもいた。


 オレが見たのは数組だったけれど、飛び抜けて人気が高かったのは『ワルキューレ』という女性の七人組グループで、チャンネル登録数、なんと八百万! なんだ八百万って?


 でもなあ、それだけの神様たちが虜になるのはわかってしまうというか……。


 皆さん、美人ばかりなんですわ。もう、ビックリするぐらい。


 元いた世界で、女優とかモデルを名乗ってもおかしくないよなっていうぐらいの美貌の持ち主ばかり。よくこれだけのメンバーが一つのグループにまとまったもんだなあ。


 それでいて、悔しいぐらいに配信も面白いの。冒頭の挨拶からして完成されてる。


『天上のステージから舞い降りた七つの奇跡! あなたの魂、全力で導きます! ワルキューレです!』


 ……オレなんて、『天上』まで言ったら赤面して終わりそうだもんな。いや、馬鹿にするつもりはさらさらなくてね、プロフェッショナルとしてやり通す凄みを感じ取ったというか。


 七人がそれぞれに異なる個性を発揮して、配信をよりよいものにしようと努力してるのが、画面越しに伝わるんだよな。いやあ、すごいことですよ、これは。


 しかし……。


 アナスタシアは他のストリーマーをチェックして勉強したらと勧めてくれたけど、ここまでのクオリティのものを見せられると勉強にすらならないというか。


 『ワルキューレ』の中には、名前からして日本人なんだろうなっていうメンバーが二人いるんだけど、どちらもオレとは大違いなんだもん。容姿はもちろん、性格も、視聴者を大事にする姿勢とか。プロ意識の塊なんですわ。


「『ワルキューレ』……? もちろん、知っているわよ。アサヒとヨミが人気よね」


 一夜明けて、すっかり気を取り直したミアが論評してみせる。


「配信する動画のクオリティはもちろん、あの見た目で歌も踊りもできる。トークスキルも抜群だし、『ヴァルハラ』の中でもトップストリーマーじゃないかしら」

「やっぱりそうなのか」


 三次元ディスプレイに『ワルキューレ』の動画を流しつつ、オレはそこであることに気がついた。


「なあ、この人たちも異世界転生してきたんだろう?」

「ストリーマーとして活動しているのだから、そうなるわね」

「グループで活動しているっていうからには、七人揃って異世界転生してきたのか?」


 こんな美人たちを七人揃えて異世界転生させるとは、あの女神もすごい真似をするなと考えたのだけど、どうやらそれは違うらしい。


「そんなことあるわけないじゃない。それぞれ別々に活動していたのが、偶然まとまって、『ワルキューレ』として活動するようになったの」

「へえ……。運命的なこともあるもんだな」

「ストリーマー同士が行動を共にするのはそんなに珍しいことではないわよ。気の合うパートナーと出会えればだけどね」


 そもそもこの異世界自体が広大で、他の転生者と出会える確率は限りなくゼロに近い。だからこそ、七人揃って活動を行う『ワルキューレ』の存在は貴重かつ尊いそうだ。


「神様たちからの人気があるのも、それが少なからず影響しているのでしょうね。誰が欠けても成立しないし、これ以上メンバーが増えても、それはまた違うっていうか」


 なるほどねえ……。うーん、奥の深い世界だな、動画配信。


 翻って、オレはと言えば、やる気なしの配信を続けていて、気恥ずかしさを覚えてしまうな。いや、さすがにあそこまでのプロ根性は発揮できないけれど、やるからにはもうちょっと自然体でいたいと思ってしまうね。


 三次元ディスプレイに映し出されたチャンネル登録数は、時間を追うごとに減少の一途を辿っているし……。八百万は高望みしすぎだけど、ストリーマーとして活動するからには、せめて、多少なりとも登録数は確保しておきたいものだ。


***


 ……そんなこんなで、あっという間に三週間が経過した。


 配信できない期間が長かったせいか、「ああ、もう、あいつは配信を止めたんだな」と愛想を尽かされたまではわからないけれど、バズったのがウソのように、ガンガンとチャンネル登録は解除されていき。


 いまではなんと、四十七人だけがユウイチチャンネルを登録してくれているという悲惨な有様となっている。


 四十七人! ……いや、むしろ、よく四十七人も残ってくれたなと感謝するべきなんだろうなあ。


 ともあれ。


 取るに足らない弱小チャンネルの動向など、誰も気にしていないのは間違いなく。……というより、そんなことを気にかける余裕もないような大ニュースが『ヴァルハラ』を駆け巡っていたわけで……。


 トップストリーマーである『ワルキューレ』のメンバーの一人であり、ずば抜けた人気を誇っていたヨミが脱退したのである。

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