30:別視点、セラフィナ
「ヴァル様、支援いりますか♡」
「いや、大丈夫ッ!」
そう言い、魔物へと飛び込んでいくヴァネッサ。もとい『ヴァル』。
仲間が増えチームとなったとしても、彼女がやることは変わらない。
百合をこよなく愛し、現在は武装槍メイドとして活動しているベリアンヌこと『アンヌ』。彼女も加入したことで前衛職が増えたのは確かだが、その槍が振るわれることはめったにない。何せ彼女の業務は護衛であり、同時に『ヴァル』へと熱視線を送っているセラフィナの監視。主人が危機に陥れば助けに入るだろうが、何か起きるまではヴァネッサの趣味に介入する気はなかった。
そして借金女ことセラフィナの仕事も、最小限である。
何せヴァネッサの戦闘方法は、苛烈に攻め続けながら敵の攻撃を潰し、潰し切れなった場合は回避して更に攻撃するというもの。つまり支援の必要性こそあれど、回復の必要性が一切ないのだ。RPG風に言えば、敵の攻撃を全部回避しながら1ターンに3回ほど攻撃する様なもの。敵の数が多い時は支援を求められるが、それ以外はやることが本当にない。
故に暇になったセラフィナは『ヴァル』の姿を目で追いながら、思考を回していた。
勿論、黄色い声援を忘れずに。
(……やはり、かなり強い。まだ発展途上だけど、十分すぎるくらい。本当に拾ってもらえてよかった。)
彼女から見ても、『ヴァル』の評価はかなり高い。
ヴァネッサ本人は極まった先、ゲームで描写された主人公の強さや、カンストまで育て上げたキャラクターたちの強さを知っているため自己評価は低めになっているが、『この世界における一般的な視点』を持つセラフィナからすれば、十二分に規格外だった。
(比較的細身の方だから、筋力はない。でもそれを補って余りある技量。何か失敗したとしても、アンヌさんが指摘して、それをすぐ受け入れて修正していく。そして何より……、“楽しんで”やっている。)
冒険者にとって、ダンジョン攻略は飯の種である。
ダンジョンを探索し、出てくる魔物を倒し、たまに発見できる宝箱に一喜一憂する。確かに魔物から取れる魔石によって餓死することはないだろうが……、『死ぬかもしれない』という状況は、想像以上に精神を削られるもの。借金まみれでギャンブル中毒なシスターであるセラフィナだが、シスターとして『精神的に寄り添う』ことを業務の一環として行ってきた彼女は、それを理解していた。
だがヴァネッサに、そんなものは無い。
隠れながらであるが周囲を護衛で囲んでいるため『死』の危険性は限りなく0に近い状態であり、公爵令嬢であるため金銭的な問題はない。セラフィナからすれば未だヴァルのことを単に優秀な高位貴族としか見ていないが……、『安全性』が確保されていることは、理解していた。
(そんな状況だからこそ……、いえ。本人の気質が大きいのでしょうね。)
古来より、『楽しんで励む』ほどその効率が高いということは知られている。
借金女では知らぬことではあるが、ヴァネッサは転生者にしてこの世界をゲームとして楽しんでいたものだ。自分の立場やストーリーなどに振り回されることはあっても、夢にまで見たダンジョンをこの身で遊びまくっているという事実は変わらない。ずっとテンションは高いし、その胸に宿る炎は徐々に大きく膨れ上がってきている。しかもそこに『前世の知識』が加わるのだ。
ステータスという数値には現れない“技量”の伸び。
その成長速度の速さは、説明しなくても問題ないだろう。
(資金力と武力、その大きさからして公爵か侯爵。まだ部下の方々からの信用を頂けていませんので、その正体は知りませんが……。ほんと、良い職場です。)
ギャンブル狂いの現在の雇用形態は、ヴァネッサの冒険に付き合った時間だけ報酬が支払われるものとなっている。
時たま謎の施設に連れていかれ色々な人とお話しする必要があったり、ギャンブルにのめり込み過ぎることを禁止されたりもしているが、支払われる額は単なる冒険者生活と比べると数倍。彼女はまだ知らないが、実は彼女の護衛が受けることのできる福利厚生も適応されており、正直に言って途轍もなく良い仕事だった。
借金全てを肩代わりしてくれ『借金取りから逃げ回る必要がない』ことからも、彼女は現状に一切の不満は無かった。
(だからこそ愛人枠狙ってるわけですし。)
そんなことを考えながら、ライバルにして未来の同僚(だと勘違いしている)アンヌに、一瞬だけ視線を送るセラフィナ。
彼女はシスターであり、侍祭。言ってしまえば老後以降も仕事に困らない資格持ちである。豪勢な暮らしは出来ないだろうが、贅沢を望まなければ一生教会で面倒を見てもらえることが確定している立場だった。しがない村娘だった彼女が神の家に入ったのもそれが理由であり、その心配はセラフィナにはない。
けれどそこには、彼女がこよなく愛する『快楽物質』。当たった時に全身が歓喜で跳ね上がる様なドキドキ、ギャンブルは存在しないのだ。
(だからこそ、ヴァル様です。)
愛人枠に収まり、“孕んで”しまえばもう勝ちでしかない。
冒険者や単なる愛人扱いでは、いつか限界が来てしまう。後衛ではあるが戦闘が必要となる冒険者、見た目や話術などを持って立場を構築する愛人。両者ともに老いによってその役割を果たせなくなるものであり、時間は敵。徐々に必要とされなくなり、捨てられてしまうことは目に見えている。
だが子供さえいれば、話は別。
『子はかすがい』ということわざがあるように、それさえいれば捨てられる可能性は各段に下がる。
(庶子、継承権などは得られないでしょうが……。早く産めば産むほど、スペアとして価値が高まります。侍祭という母体のたちばもあり、貴族のお相手には勝てませんがその次は狙えます。)
セラフィナの出身は平民だが、シスターとして、侍祭として社会的立場を保有している。いずれ出てくるだろう貴族の正妻(出てこない)に子供が生まれればそちらに継承権が行くだろうが、それでも他のものと比べればその立場はずっと上。そして家を継げないとしても、当主の子で母体の立場が高ければ能力次第で何かしらの役職を任されるかもしれない。
そうなってしまえば、彼女のもの。
若く子供が幼い時は『ヴァル』に養ってもらい、子供が成長し職を手に入れた後はそっちに養ってもらう。その間も熱心なシスターとして振舞い教会での勤めを果たすことで追加の金銭を得ていれば……、死ぬまで賭け事を楽しむことが出来る。
若干人でなしな彼女は、消えてなくなったわけではない20億のことを一旦棚に置き、そんなことを考えていた。
(ふふ、安泰ですねぇ。ま、アンヌ様もすごい美形ですが私も劣りませんし? 胸の大きさじゃこっちの方が各段に上です。殿方が喜ぶことは大体抑えてますし、一糸まとわぬ姿で抱き着き寝台まで行ってしまえば……。あ、あれ?)
考えている内に、何故か自身の耳が熱くなっていることを自覚する彼女。
何故か上がった体温を落すために、大きく呼吸しながら心を落ち着けようとするセラフィナだったが、その意思に反し何故かどんどんとその体温が上がって行ってしまう。明らかな異常に焦り、その原因を探ろうとする彼女だったが……。
“意識せず”とも、自身の視線が『ヴァル』に向いていることに気がついてしまう。
(あ、あれ。なんで。)
隣にて無音でもだえ苦しみながら頭を抱えている『アンヌ』を余所に、この異常が何なのか、何が原因なのかを考え続ける彼女。
彼女自身の体温が上がり始めたのは、『愛人関係』のことを考え始めてから。そして一番その速度が上がったのは『裸を見せる』ということを考えたころ。つまり彼女は、羞恥を覚えた。
セラフィナが以前そのことを考えた時、『ヴァル』の資金力などを理解した直後の時にも同様のことを考えたことがあったが、その時は一切体温が上がることは無かった。羞恥など一切なく、むしろ未来への展望に笑みがこぼれてしまうほど。しかし今はそんな笑みすら浮かばず、自身の感情を制御できないまま。
そして脳裏に過る、きっかけ。
(……無理矢理、抱きかかえられた時。)
ヴァネッサからすれば王子と主人公から逃げるための行為だったが、セラフィナからすれば理解できないこと。後から『何かから逃げた』ということは理解できたが、無防備な所に叩き込まれた行為とそれによって引き起こされた感情は、ずっと彼女の心に灯り続けいた。
そもそも彼女。いや『ヴァル』というのは途轍もない“アガリ”である。
仮面をしているがその口元から顔の良さというのは見て取れるし、貴族であっても平民に対して態度を変えることなく、お金も武力も立場も持っている。貴族という立場からその愛を独占することは出来ないだろうが、誰もが関係を持ちたいと思うようなスペックがあった。
それはセラフィナからすれば、とても好ましいもの。
そしてそこに、これまでの行動が重なる。彼女からすれば『愛人枠に滑り込むための行為』でしかなかったが、実際に必要以上に接触し、黄色い歓声を必要以上にあげ、遠回りながら関係を迫る様な発言を繰り返していたのだ。たとえ気持ちが籠っていなかったとしても、繰り返せばそこに“何か”が起きる余地があったのだ。
蓄積し、徐々に生み出されていた土壌。そんなところに『全く意図していない』ところから『本来ヴァルがしない様な急で大胆な行動』を叩き込まれれば……。
百合の狂人たるベリアンヌが反応し、発狂するのもおかしくない話だろう。
(あ、あれ? こ、これは……)
「セラ? 大丈夫……、かい?」
「ッ///」
思考が乱れている時に、差し込まれる声。
それに驚き顔を上げようとして見れば、自身の動きよりも素早く顎に回される「彼」の手。
気が付けば眼前にヴァルの顔があり、もう片方の手はおでこに。
更にその仮面の奥にある真っ赤な瞳が、また鼻の先で此方を覗き込んでいた。
「だ、大丈夫です!!!」
「そう? 調子が悪ければ今日はもう引き上げるよ? もうボス前だけど、私の趣味よりセラの方が大事だからね。」
「ッ//////!?!?!? だ、大丈夫ですともヴァル様! さ、ささ! 頑張ってボス戦行きましょ! わ、わたし。ヴァル様のカッコいいところみたいな~、なんて!」
「ならいいけど……。アンヌ、彼女のこと見ておいてあげてね?」
「あ、ありえない。いやしかしこれは確かに百合の波動。しかしコレはクソ借金女だぞ? あの方のことを知りもせずに近づいて利用しようとしているはずの屑だったはず。主が気に入ってしまった以上使うしかないが、適当に使い潰し変な気を起こさぬように見張るのが私の役目なのにッ!? な、なんでこの心が反応しているのだッ! た、たんに私がおかしくなったと思いたいが魂がそれを拒否しているッ! 何故だッ! ゆ、百合の前では私など壁になるしかないのに、コイツが百合な訳ないのにッ! あぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「小声な上にめっちゃ高速で叫んでるじゃん、おもしろ。……じゃないや。おーい『アンヌ』~。ボス戦しにいくから、仕事してね~?」
「あッ! は、はい! か、畏まりましたッ!!!」
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