24:別視点、とあるシスター
(こ、こんなに良い機会など無いのです。気合を入れていかなければ……。)
ヴァネッサ様が中間試験対策として、机に齧りついていた日から数日後。
とあるシスターが、冒険者ギルドへとやってきていた。典型的な修道服を改造し防御力を高めた服装をしながら、腰から小ぶりのメイスを下げた女性。その胸に下げる特徴的な十字架から、聖職者であることを示すそんな彼女の名は『セラフィナ』。王都の教会に仕える神の下僕の一人であり、侍祭の地位を拝命している者だった。
この世界の教会だが、ヴァネッサが前世と呼ぶ世界とは違いかなり武力に重きを置いた組織となっている。彼女達が住む王都ではあまり気にすることはないが、この世界の人類は今も魔物との生存競争の真っただ中。田舎の方に移れば、常に人と魔物が住む場所を奪い合っているような状況である。
(だからこそ神は、私達人類に戦うことを求めました。)
故に聖職者は、民を率いて魔物を倒す。もしくは民を守るために魔物を倒すことを求められている。彼女も教会内では比較的高い『侍祭』の地位を持ちながらも、ギルドに登録し魔物と戦い始めたのもそれが理由だった。
ただまぁ、彼女たちの本業は聖職者。
比較的安全で、魔物の脅威の無い王都で彼女たちが求められるのは、民の身の安寧ではなく、心の安寧。つまりそこまでギルドに顔を出し、魔物と戦い続ける必要はないのだが……。何故かこの『セラフィナ』という女性は、ほぼ毎日ギルドへと足を運んでいた。
……まぁそれは偏に。
(お、お金がッ! お金がないのですッ! あぁ神よ! なんであのウサギレースが2番なのですかッ! なんであのウサギが勝つんですかッ! あぁぁぁああああ!!!!!!)
そう、ギャンブル狂いだったのだ。
表面上はまるで聖女のような顔をするセラフィナであったが、もう病院に行った方がいいレベルのギャンブル中毒なのである。教会から手配される給金を全て賭博場につぎ込み、ギルドでの報酬金をつぎ込み、挙句の果てには聖職者という身分を良いことに結構ヤバい所からお金を借りて、全部擦っているのである。
もう全く残っていない彼女の為に一応弁明しておくが、一切賭け事に対する適性が無いわけではないのだ。たまに大勝ちして全額返済することもあるし、稼いだ金すべてを恵まれないものに寄付したり、孤児院の資金にしたりと聖職者らしいことはしているのだ。ただまぁ、勝った時の快感と言うべきか、脳みそが弾けたかのように放出される快楽物質の虜になっており……。
(神は死んだッ!)
今月12回目のコール。
本来であれば既に解雇されていそうなものだが、未だに降格すらされていないのは彼女の偽装能力の高さ故だろうか。まぁとにかく今まで上手くやって来たセラフィナであったが、昨日の敗北で現在ガチの大ピンチ。急いで仕事を見つけ稼がなければヤバい状況だった。しかし彼女の心には、まだ余裕がある。なぜならば。
(今日面接が行われる『ヴァル』なる人物のメンバー選考。聡いものなら解りますが……。あの字! 明らかに教育を受けた者、しかも高位貴族のものですっ! つまり私にお金を恵んでくれるお方! あぁ、やはり神はまだ私を見捨ててなかったのですね……ッ!)
そろそろヤバいかも、と思い仕事を探していた時に見つけた、とある求人票。
其処には明らかに周囲から浮いたものが一枚。ギャンブルに脳を溶かされている彼女ではあるが、ただの平民から侍祭まで上り詰めたその優秀な頭脳は、かなり正確な答えを弾き出していた。
とても整った字が書ける時点で、高い教育を受けた者であることは確定。そして時期的に王国が誇る貴族学校、『王立魔導学院』に新入生が入学しており、ダンジョン攻略にそろそろ行き詰まりを感じている頃。仲間という形式をとっているが、“ギルドから詳細の口外を禁止された面接”がある時点で相手が尊きものであることは確実。
(お貴族様と伝手が出来るだけで最高なのに、今回のお相手は名前からして男性! うまくいけば愛人くらいに滑り込めるかもしれません。この身は神にささげた身ではありますが、結構融通が利きますからね、神って。そう上手くいくとは思えませんが……。)
行くところまで行けば、一生賭け事の種銭に困らないかもしれない。
とても聖職者とは思えない思考ではあったが、セラフィナは酷く気合を入れていた。その証に今日は朝から賭博場に向かわず、全身を丁寧に清め神にお祈り、しかも面接時間の30分前には到着しているのである。普段はギリギリまで魔法の電飾でピカピカした銀玉を転がすゲームに興じる彼女にあるまじき行動だった。
(ですがまぁ、時間までまだありますし。ちょっと求人でも見て時間を潰しますか。……うん?)
そう思いながら求人。冒険者たちがメンバー募集に使う掲示板の方に移動する彼女であったが、何故か自分に幾つかの視線が突き刺さるのを理解する。思わずそれに身がすくみ、『すわ借金取りかッ!?』と考える彼女だったが、周囲を伺ってみればどうやら違うようで。
「ふむ、ここが冒険者ギルドか……。うん? これは……」
「殿下、此方の掲示板ではメンバーの募集をしている様です。その『ヴァル』なる人物も仲間を探しているのでしょう。」
「これはヴァネッサの字……? い、いやそんなことはないか。彼女は未だ屋敷から出られぬほどの病状と聞いている。他人の空似だろう。してロラン、私も仲間を集めた方がいいのだろうか?」
「いえ、護衛メンバーから既に選出しております。これから向かいます初心者用ダンジョンにて待機しておりますので、そろそろ向かいましょうか。」
(……え、今殿下って言いました? お、お、王子様ッ!?!?!?)
思わず崩れてしまいそうな表情と腰を、意思の力だけで何とか維持する彼女。
まぁ隣にこの国のトップである王家の人間がいれば、仕方ない話かもしれないが……。ただのギャンブル狂いからすれば、気が気でない。いくら聖職者でも、王家相手に何か怪しい行動をとったと判断されれば即処刑されるのが普通なのだ。震える足を何とか動かしながらそこから移動することに成功した彼女だったが……。
今度は耳に、重大なダメージを喰らう。
「え、私! 落ちてるんですかッ!!!!!!!!!!!」
「うっさ。……えぇ、そうっすね。書類選考落ちっす。どうせ求めてない職業なのに送ったとかそんなんじゃないっすか? というかなんで今日って知ってるんすかね? 秘密っすよ?」
「そうなんですか? この前パンクさんに聴いたら教えてくれましたけど。」
「あ~~~、はい。うん。とりあえず忘れてください。そいつ明日から無職なんで。後たぶんあの人“尊き方”なんで、一般のノエルちゃんは関わらない方がいいとおもうっすよ。身分差っす。」
(ま、真横で耳がッ!)
精神的なダメージのみならず、物理ダメージまで受ける彼女。
いつものように神を呪いそうになる彼女であったが、既に先ほど呪った後に感謝したばかり、精神性が結構アレな奴だったとしても、流石に一日に2度呪うのは抵抗があるらしく、聖女のような微笑みの下で、全力で歯をかみしめ倒れそうになるのを耐えていた。
このままでは面接前に体力を消耗してしまうと感じ、どうにかして近くの椅子に座ろうとする彼女だったが……。
「あ、セラフィナさんじゃねぇっすか。ちょうどよかった。ちょっと例の奴が前倒しになってるみたいなんで、4番会議室の方にお願いしますっす。」
「ッッッ! は、はい。ご丁寧にありがとうございます。」
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