第19話 投獄

 ロルギニス王国第二王子リュゼスは城の地下の冷たい牢に囚われていた。

(パレチアにも悪いことをしたな。俺のせいで巻き込まれていたとは)

 エフィカからの猫面をリュゼスに届けた旅商人パレチアは、その部屋から出たところで衛兵に声をかけられ、この後どこへ行くかと聞かれて正直にプリエラ王国経由で港街へと言ったことで連行されてしまったのだった。第二王子からプリエラに情報を流すよう言われたのだろうと。

(プリエラを攻めることにはずっと反対してきたし、無理もない。いや、むしろ早く本当にプリエラに情報を流せば良かったのだ。あまりにも馬鹿だ俺は)

 プリエラの領土に手を出す話はこれまでも幾度か立ち上がっては消えていた。今回も消えるはずだという淡い期待がリュゼスの判断を鈍らせていたのだった。

 山ばかりの小さな国は今や稀少な宝石の産地というだけでなく、大陸の新たな動力源を生み出す鉱山としての価値もある。しかし、この度の侵攻計画が消えないのは、やはりプリエラ王が亡くなったことが大きい。そして、その後継が魔女であると聞こえてきたことだ。王レアギンの魔女嫌いは皆の知るところである。というよりロルギニスは国として魔女を排斥することを是としているのだ。


 ラフィと別れて、城下の見回りに加わったところまでは問題なかった。いつも通りの銀猫隊の夜警の途中、酒場でケンカが始まったと聞き仲間が離れ一人になった瞬間背後から声をかけられた。知っている顔だったが以前とは違い酷くやつれていた。

 金狼隊で一緒だったストレタという北の農家の三男坊、つまり、この傷を負った時かばった男だった。隊にいたときは明るい笑顔の青年で、家族のこと、特に幼い甥や姪のことをよく話していた。傷を負った後はしばらく城で療養していたので会うことは無かったが、ストレタは怪我無く隊を辞めたと聞いていた。

 久しぶりに会えて嬉しく、元気だったかと声をかけたがストレタは深く下げた頭をなかなか上げようとはしてくれなかった。そして、絞り出すように言った。

「あんたは俺を助けて気分が良かったろうが、あんたに助けられたせいで俺は何もかもめちゃくちゃになったんだ」 

 聞けば、生きて帰ったけれど隊にも居づらくなり、辞めて故郷へ帰ったが、すでに息子を傷つけられた公爵の手が回っていて実家は無くなり家族は離散していた。自分が死ねば恩賞がもらえるはずだったのに。家族にも感謝されるはずだったのに。

「公爵がストレタの家を……?」

 レアギン王の側近であるベリントス公爵がそんなことをしていたとは思いもしなかった。助けたその後で、ストレタがそんな目にあっていたなどと。俺が上手くやれなかったせいで、体は無事で済んでも彼がどれほど心を痛めたのか、全く考えもしていなかった。

 ストレタは今は反乱軍に加わっているのだと話した。そして、統率のとれていない反乱軍の目的を明確にするためにも、第二王子の力を借りたいと言っている者がいると。反乱軍に加担するわけにはいかないが、ストレタをこのまま行かせるわけにもいかず、迷っていた時に現れたのが、よりにもよってあの男だった。ベリントス公爵の息子である。

 そうして俺は反乱軍を手助けしているということにされて、今は牢に押し込まれている。俺はどうしてこうも嫌われてばかりなのか。いや、嫌われて当然だ。

 自分は人を助けたつもりになっていたけれど、助けてなんていなかった。まったく、ストレタの言う通りいい気になっていた自分が情けなくて仕方がない。ベリントス公爵と王がその気になれば、俺の首は刎ねられるのだろう。もういっそ……それでいいのかもしれない。

 聞こえる風の音に、子どもの頃を思い出す。うっかりして花瓶を割った時だったか、「反省しなさい」と、牢ではないが殺風景な部屋に閉じ込められた事があった。静かな部屋で、時折吹く風の音を聞きながら、自分を産んだ母がもし生きていたらどうだったろうと考えたことがあった。ただ愛される、そういうことが自分にもあっただろうかと。

 ルシウム兄さんの母上、ヴェチェレ妃はとても厳しい人だったが、嫌な人ではなかった。そう、厳しかった。けれど正しかった。本当のことを言う人だった。

 幼い俺が彼女を母上と呼んだ時には、「私はあなたの母ではありません。命をかけてあなたを産んだお母様を大切になさい」と、きっぱり言った。

「今あなたを無条件に愛する両親はいないのです。強くなりなさい。心も、体も鍛えて、たくさん知識をつけなさい。人の何倍も努力するくらいでようやくあなたは居場所を得られるのですよ」

 まったくその通りで、俺には安心できる居場所がない。一応王子だから丁重に扱ってはもらえるが、どこへ行こうと所詮は余所者でしかない。ルシウム兄さんやラフィを見ていると時々うらやましく思うことがある。

 夜がふけ、牢は冷たさを増した。リュゼスは眠ることもできず時折姿勢を変えては物思いにふけるばかりだった。

 王国軍への入隊を希望したのはリュゼスであるが、金狼隊入りを命じたのは王だった。以前からくすぶる王政への不満をかわすために前線に王子を入れたわけであるが、それだけでないと思う者も多い。リュゼスの体格は比較的小柄な王とは似ていない。その容姿はむしろ、かつて王の側にいた男によく似ていたのである。リュゼスを産んで第三王妃が亡くなったすぐ後に、その男もまた金狼隊に入り命を落としていた。第二王子を金狼隊に入れたということは、やはり父親はあの男だったのだと、今では噂を誰もが真実と受け取るようになっている。


 刀や腕輪は取られてしまった。まぁ、顔の傷を見るのが怖かったのか、面と髪飾りに触れずにいてくれたのはありがたい。エフィカがあれこれと発明品をくれるようになったのはきっとあの侍女のおかげだろう。

 エフィカの侍女ミサリーは怪我の療養明けに第二王妃に挨拶に行った時に出会った。エフィカと同じ年頃で、多言語をあやつりとても優秀だけれど、いまひとつ他の侍女達と馴染めておらず少し持て余していると聞いて、長く臥せっているエフィカのところへ行ってもらえないかとヴェチェレ妃に頼んだのだった。実際話をしてみて驚くほどに、ミサリーは知識が豊富で、将来作家になりたくて大陸を出てきたのだということだった。その後届いた手紙を見るに、好奇心旺盛なエフィカとは馬が合ったようだった。そして、その手紙にはプリエラの二番目の姫と文通を始めたのだという話も書かれていた。

 かつて、妹弟と一緒にプリエラ王国に行ったことがある。豊かな森と、湖のそばに花が咲いて、美しい国だった。あの国の王妃は魔女で、人の縁が見えるのだという。その娘である姫が言ったのだ。ラフィと自分の糸が繋がっていると。

 あの国、プリエラの宝石。王妃が身につけていた美しい石に見惚れていたエフィカ。他にはない、あの国だけの特別な石だと聞いて、髪上げをするエフィカに贈った耳飾り。エフィカはあれを身につけることがあったろうか。

 ああくそ。暇になるといけない。考える時間があるといけない。どうしてもエフィカのことを考えてしまう。

 会うのをやめてもう何年になるだろうか。小さな妹は、どんどん美しい娘になっていった。あの柔らかな肌に触れたくなるのを抑えるのはもう無理だと思って距離を置いたが、エフィカ以外に一緒にいたいと思う女性などできなかった。

 あれから身体を弱らせてしまった妹が、それで嫁に行かずに済むならいっそそのままでいてくれればなどと浅ましく考えてしまう自分が心底嫌になる。誰の目に触れるか分からぬ手紙には当たり障りのないことしか書けない。それでもただ、時折自分のことを思い出してほしいなどと願って。

 なぁエフィカ、お前が作ってくれる道具はいつもとても役に立っているよ。エフィカ、この仮面についている一房、赤い毛はお前の髪ではないのか。いつも視界に入る場所に、この赤い毛があると、お前の声が聞こえる気がする。いつか、この気持ちをお前に話せる日が来るだろうか。

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