第8話 変幻

 ばーちゃんは変な人で、自分のことを「高貴な血筋」だなんて言うことがあった。だから俺に対しても、「ほら背筋を伸ばして、気品を忘れちゃいけないよ。このお守りは肌身はなさず持っているんだ。そして高貴なものの務めとして人には善き接し方をしなきゃ」なんて。

 物心ついた時にはそんなばーちゃんと二人、ノヴェスト村で暮らして、村人たちにはホラ吹き婆のとこの子と言われていた。みすぼらしい子どもなど、歳の近い連中には当然のように石を投げてもいい存在として扱われていたけれど、それでもばーちゃんのホラに乗っかって品を保とうなんて思えていたのは俺の身体がえらく丈夫にできてたからかもしれないなと思う。

 村のほかの子みたいに学校には行けなかったけど、隣に住んでるデント爺さんが文字を教えてくれた。それでも、ばーちゃんが大切にしまい込んでいた本に書かれている言葉が俺にはわからない。ばーちゃんは時々日記を書いていたけれど、それもさっぱり読めない。そんなばーちゃんもどんどんまともに話せなくなって、時々うわ言のように何か言ってたけど、それをわかってあげることもできなかった。

 去年ばーちゃんが死んでしまって、それでもこの村にいるのはタダ働きでもこき使われようとも、少しでも誰かが必要としてくれるなら……という気持ちがあるのだと思う。実際、働けもしない老人と子どもが生きてこれたのはこの村の人たちの助けがあったからなのは間違いないのだし。受けた恩は返さなきゃいけない。

それでも、旅人を見ると声をかけてしまうのは、ばーちゃんのホラ話を少しだけ信じたい気持ちを捨てられないからだろう。


 今回の旅人は少しいつもと違う感じがした。遠目にばーちゃんの面影と重なって懐かしく思えたけど、見た目のわりには枯れた気配のない老女だった。

 旅人ならだいたいこの辺の有益な情報なんかを聞きたがるか、自分の村の話をするか、自慢話か不幸話か、とにかく自分のための話をしたがるものだけど、村人には良くしてもらってるかとか、ちゃんと食べてるかとか、ここから出ていく気はないかとか、俺について聞きたがった。今までこんな風に俺のことを気にしてくれたのは、ばーちゃんとデント爺さんくらいだ。久しぶりの感覚にくすぐったいような少し甘えた気持ちになった。

 床は冷たいけれど今夜は気持ちがとても温かい。よく寝れそうだ。

 そうだ、死ぬ前のばーちゃんも言ってたんだ。「わしが死んだら村を出ろ」って。デント爺さんもばーちゃんが死んでから会うたびに「早く村を出ていけ!」って怒鳴るし。それでも、俺はこの村しか知らないんだ。こんなにみすぼらしい人間をこの村以外の人が受け入れてくれるはずないよ。


 その晩、不思議な夢を見た。

 旅の老女は青い髪に金の目の美しい魔女に姿を変え、俺を指差してなにか光のようなものに包んでこう言った。

「さあ、あなたはこの村を出て、この光る糸をたどってお城に向かうのよ。そしてお城の青い髪の姫に会いなさい。大丈夫、なにも悪いようにはしないから安心して。ああ、この家も守ってあげるわね。じゃあ私は先を急ぐから!」

 目覚めたときの衝撃と言ったらない。なにせ部屋はずいぶん大きくなって、自分の体は毛むくじゃらだったのだから。わけもわからず言われた通り光る糸をたどって外に出た。

 坂道の途中でデント爺さんの姿が見えたので駆け寄ったら、爺さんは見たことない笑顔で顔を撫でてくれた。でも首にかかってたお守りに気付いて怖い顔をした。

「こりゃルトラのもんじゃ返せ!」

 慌ててすり抜けて、少し離れてから頭を下げたけど、なんだか少し悲しそうな不思議な顔でこっちを見てた。


 湖まで来て水面を見たら、どうやらこの姿は猫のようだった。なんで魔女は俺を猫にしたんだろう。この光る糸の先の姫は俺に何を言うんだろう。

 昔、まだ歩けていた頃のばーちゃんと手を繋いで歩いたことがある湖沿いの道。プリエラの花がたくさん咲いていて、あたりが光り輝いている。やわらかい、優しい香りの花。そうだ、あの時、この花きれいだねって摘み取って帰って、家に飾ったんだ。

 この光る糸がいっそ、ばーちゃんに繋がってたらいいのに。ずっと忙しくしていて考えないようにしていたけれど、俺はもう一人ぼっちなんだ。ばーちゃんが死んだときも流していなかった涙が、あふれてあふれて止まらない。

 いじめられて泣きながら帰るたび、ばーちゃんが口ずさんでくれた子守歌を思い出す。少しさみしいメロディーに、なんて言ってるのか全然わからなかった子守歌。もう、他のだれも知らない子守歌。

 こうして俺は初めてこの村を出たんだ。

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