秋のはじめ

 季節は秋になろうとしていた。


 夏美と今田は合宿で行ったあの海に来ていた。

 真夏のぬるい風も痛いくらいの強い日差しも遠い日のように感じる。

 浜辺を歩く夏美の手には小ぶりの花束が握られていた。

 彼女に似合いそうな明るくて優しい花。

 夏美はその花びらを玲奈が消えた海に向かって少しずつ撒いた。

 どうか届くようにと、遺った者の微かな願いを込めて。


 風にあおられた花びらは、少しの間華やかに舞って、そして静かに海に落ちていった。

 今田と夏美は舞った花びらが波のきらめきの中に溶けていく様をただ見つめていた。


「今田先輩」

 すべての花びらを撒いたあとで夏美は今田に言った。

「ありがとうございます」

「何、いきなり」

 今田は困ったように笑った。

「なんでもないです……」


 夏美は玲奈という友人の死への戸惑いの他に、後ろめたさをずっと感じてた。


『三橋さんがいなくなったとき、あなたはどこにいたの?いなくなったことに途中で気がつかなかった?』


 玲奈の死の責任は自分にあるのではないか。夏美はそれをずっと感じていた。

 そして誰かからそれを責められることにもどこか恐れを感じていた。


「誰のせいでもなく、そして誰にもどうにもできない状態だった」という今田の仮説には、夏美もどこか救われていた。


「なんとなく、お礼を言いたくなっただけです」

「そう……」


 夏美がもう少し海を見ていたいと伝えると、先に戻ってると、今田は駐車場の方へと歩いて行った。



 今田は駐車場の手前まで歩いた後、側にいる少女にそっと話しかけた。


「これで良かったのかな……?」


 少し寂しそうに、でも微笑みながら少女は頷いた。

 それを合図に少し強めの風が吹いた。

 砂が舞い上がり、今田はとっさに目をつぶる。


 目を開けたとき、少女の姿はどこにもなかった。

 代わりに、撒いたはずの花びらが一枚、足元に落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る