モルヴァレスの森

珪藻土

第一章 モルヴァレスにて

越冬祭編

越冬祭編:プロローグ 冬の訪れに

 大きな篝火がひとつ、夜闇にゆらめいて、小さく爆ぜる——その瞬間、広場に集まる村人たちのざわめきが、吸い込まれるように消えた。


 広場に広がる天幕のはずれ、舞台に立つ少女。彼らの視線の先に立つのは、黒衣に身を包み、白いヴェールで顔を覆った、彼女だった。

 一面の白銀が、月光で彼女のヴェールを照らす。その裾が不意に揺らめいて――澄んだ声が、夜を裂いた。


「――その息吹は命を凍らせ、魂を冥府へと導かん。その白き装束はいずれ薄れ、新たな芽吹きを齎す春を呼ぶだろう」

「絶える命も還る命も、終わらぬ環に抱かれて在る。逃れ得ぬ御業を畏れ、その訪れに歓喜せよ」


「冬の訪れに」

 黒衣の少女―ローニャの言葉が終わり、ひとときの静寂は村人の呼応で破られた。

「冬の訪れに!」

 方々、寒さを忘れた人々が口々にその訪れを祝う。


……正直、理解しがたい光景だった。篝火と人々の熱気に浮かされた頭に、あの夜の記憶が蘇る。


 冬の森で凍死しかけた身としては、冬の訪れをこうも熱を上げて祝う気にはなれなかった。あの日からまだ、ひと月も経っていないんだから。


――そもそも、どうして俺はこの田舎の村で、不思議めいたローカルのお祭りに参加しているんだろうか。


 理由なんて、分かりそうもない。

 財布もスマホも忘れ、空腹に任せ、コンビニの明かりに羽虫の如く誘われた愚かな青年。それが、気づけば一面の雪、木々のざわめきに囲まれていた。

 突然の暗闇、唯一見つけた一つの灯り。その先に居た、髭面の大男――ゴラート。


 支離滅裂、荒唐無稽——笑い話にもできそうにない筋書きだ。けれど現実は、もっと理不尽で、救いがたい。


 ただ……そんな運命の延長線上に、この村の祭りが、篝火の向こうに立つローニャの姿が。

 そして、彼女の言葉に酔う群衆の熱気があるのだと思うと、それほど悪いものでもないかも知れないとさえ思える。


 月明かりに照らされた彼女は、この寒村には似つかわしくないほど神秘的で――少しは縮まった気がしていた彼女との距離が、また一つ開いてしまったような。


『傍観者――今のを表すのにぴったりの言葉だ。どこか居場所がないような、居心地の悪さ……』

んだから、仕方のない話』


 妙な声が、俺の思考の割れ目に滑り込む。

『妙な声呼ばわりとは失礼しちゃうな、唯一、君の理解者たりえる存在だぞ?僕は』


……幻聴、だろうか。まさか、酒のせい?

 篝火の音が妙に遠い。呼吸の音ばかりが胸から響く。


『お喋りな、お話し相手にぴったりだね』


 さっきから妙な幻聴だ。ローニャとも違う少女の声――少し掠れて、寂しげな声。周りにそんな姿はないのに、その声は、耳元の空気を震わせているような、確かな質感をもって届いてくる。


『だからさ、哀れな僕――囚われの身の僕に、すこし付き合ってはくれないかな?』

『――お人形のおにいさん』


 ふと、篝火の音も、群衆の声も、消え入る。耳の奥で世界が反響を失って、視界が、白く霞んでいく。


 ああ、思い出した。あの森に来た時も、こんな感じで――

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