第2話 才能ゼロの少年

 ――俺は、二度目の人生を歩んでいる。


 前世の名前は佐藤直樹。

 ブラック企業に心をすり減らし、定時退社など夢のまた夢、終電を逃すのが日常だった。

 夢も希望もなく、ただ惰性で生きていた俺は、ある夜トラックに轢かれて命を落とした。


 目を開けたとき、俺は赤ん坊だった。

 周囲を見渡せば、豪奢な装飾に包まれた寝室。

 抱きかかえているのは美しい女性で、その隣には堂々とした雰囲気の男。


「可愛い……。この子が、私たちのアレンね」

「うむ。ローレンス家の誇りを背負うにふさわしい男に育てよう」


 侯爵家の分家、ローレンス家。

 俺はそこで生まれた――アレン・フォン・ローレンスとして。



 赤子の頃は、何もかもが新鮮だった。

 豪華なゆりかご、専属の乳母、栄養たっぷりの食事。

 サラリーマン時代の惨めな暮らしを思えば、転生も悪くないと思ったものだ。


 しかし成長するにつれて、現実を思い知る。


 三歳。妹のリリアは魔力を発現させ、小さな風を呼んだ。

「すごい! リリアは天才だ!」

 両親も使用人も拍手喝采。


 同じ年齢の頃の俺は、魔法の気配すら掴めなかった。


 五歳。従兄弟のルークが剣を振り、師範代を倒した。

「さすがだ、ルーク! 将来は騎士団の中核を担うだろう」

 父は目を細め、母は喜びに頬を染めた。


 同じ頃の俺は、木剣を握るたびに手が痺れて落とすばかりだった。


 十歳になった今。

 リリアは領都の魔法学院から特待生の打診を受け、ルークは領主の父に認められている。

 そして俺は……「何もできない長男」として、冷たい視線を浴び続けていた。



 ローレンス家の朝は、いつも華やかだ。

 長卓に家族と親族が並び、豪勢な食事を取りながら会話を交わす。


「お父様! 昨日、新しい魔法を覚えたんです!」

 妹リリアが満面の笑みを浮かべる。まだ十歳なのに、金の髪を揺らしながら自信に満ちていた。


 両手を掲げると、ふわりと風が起こり、花瓶の花が舞い上がる。


「おお、見事だ! リリア、お前はやはり我が家の誇りだ」

 父ダリウスが声を弾ませ、母エリザベートも目を細めた。


「リリア、すごいわ。あなたの魔力の流れはとても美しい」


 歓声と笑みが食卓を包む。


「叔父上、聞いてください」

 ルークが胸を張って言葉を続ける。

「先日の稽古で、師範代に一太刀浴びせました」


「ほう、ルーク! さすが炎の申し子だな」

「光栄です」


 父の顔は誇らしげで、周囲も頷いた。


 ――その隣で、俺は静かにパンをかじっていた。

 会話に俺の名が出ることはない。



「そういえば、アレン」

 ようやく父が俺に視線を向けた。

 けれどその声は冷ややかだった。


「来週は大教会で魔力測定がある。お前も受けるのだ」


「……はい」


「結果次第では、家の立場を考え直さねばならん」


 重い言葉。

 魔力がゼロなら、俺は――この家から不要とされる。


 母は黙ったまま視線を伏せ、リリアは唇を噛み、ルークは楽しそうに口角を上げていた。



 稽古の場では、相変わらずだった。


「アレン様、もっと腰を落として!」

 師範の怒声。

 必死に剣を振っても、力が入らず、木剣はまた弾かれる。


「ははっ!」

 ルークが大声で笑った。

「十歳にもなって、その程度か? 叔父上、やはりこいつは無駄ですよ」


「……努力しているのか?」

 父の冷たい視線が胸を刺す。


 努力はしている。

 だが、成果は出ない。


 魔法の訓練では、何度唱えても火花すら散らない。

「やはり魔力が……ゼロなのね」

 母の寂しげな声が胸を抉った。



 その夜。

 寝室の窓から二つの月を眺め、俺は膝を抱えた。


 前世の俺――冴えないサラリーマン、佐藤直樹。

 努力しても報われず、笑われ、すり減っていった。


 そして今世もまた、同じ。

 才能がなく、誰からも認められない。


「……結局、俺は何も変われないのか」


 絶望が胸を覆った、その時。


 視界に、光が走った。


〈ステータス〉

名前:アレン・フォン・ローレンス

年齢:10

体力:18/18

魔力:0/10

敏捷:9/10

運:1/1

経験値:0/50


「な、なんだ……?」


 目を瞬かせる俺に、さらなる文字が浮かんだ。


〈この世界で、経験値は成長を示す〉


 心臓が高鳴る。

 凡人以下と蔑まれた俺にだけ、与えられた秘密。


 それが、俺の“もう一つの人生”の始まりだった。

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