プライドの崩壊
シーン1:Bランクへの降格
その頃、王都の冒険者ギルドでは、一つの衝撃的な報せが、冒険者たちの間に激震を走らせていた。
「——Sランクパーティー『竜の牙』、Bランクへの降格処分を決定する」
ギルドマスターの冷徹な声が、静まり返ったギルドホールに響き渡る。
バルトロ、セリーナ、ガストンの三人は、その言葉を、信じられないといった表情で聞いていた。
「なっ…! なぜだ!」
バルトロが、思わず叫んだ。
「我々は、これまで王国に多大な貢献をしてきたはずだ!」
「やかましい!」
ギルドマスターは、机を叩いて一喝した。
「ここ数ヶ月の、貴様らの体たらくを見てみろ!依頼の失敗率はSランクにあるまじき高さ、パーティー内の連携は皆無、そして先日のドラゴンゾンビ討伐では、依頼を途中で放棄して逃げ帰ってきた! これ以上、Sランクの名を汚させるわけにはいかん!」
ぐうの音も出ないほどの正論だった。
アルトを失って以来、彼らは坂道を転がり落ちるように、その実力と名声を失っていった。もはや、彼らをSランク冒険者として見る者は、誰もいなかった。
「そんな…嘘よ…」
セリーナは、その場で崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえていた。
Bランクへの降格。それは、エリートであるという彼女のプライドを、粉々に打ち砕くに十分な宣告だった。
ギルドを出た後も、彼らの耳には、他の冒険者たちの嘲笑が突き刺さる。
「見たかよ、『竜の牙』のザマを」
「仲間を追放した途端に、これだもんな。よっぽど、その追放された奴が有能だったんだろうぜ」
その言葉が、バルトロの心の最も痛い部分を抉った。
彼は、怒りに身を震わせ、拳を強く握りしめた。
(アルト…アルト、アルト、アルトォ!)
全ての元凶は、あの男だ。
あの雑用係がいなくなっただけで、なぜ自分たちがここまで落ちぶれなければならないのか。
彼の思考は、もはや正常な判断能力を失い、アルトへの逆恨みと、失われた栄光への渇望で満たされていた。
シーン2:起死回生の策
その夜、三人は重苦しい雰囲気の中、作戦会議を開いていた。
「このままじゃ、本当に終わりよ…」
セリーナが、弱々しく呟く。
「何か…何か、一発逆転できるような、でかい手柄を立てるしか…」
その時、バルトロの目が、狂的な光を宿した。
彼は、ギルドの資料室から持ち出してきた、一枚の古い地図をテーブルの上に広げた。
その地図が示しているのは、王国北方にそびえ立つ、禁忌の地『嘆きの山脈』。
「…バルトロ? それは…」
「ああ。ここに、俺たちの全てを賭ける」
バルトロが指さした場所には、こう記されていた。
——『エンシェントドラゴン棲息地』
エンシェントドラゴン。
神話の時代から生き続けると言われる、伝説級の魔物。その存在は確認されているものの、あまりの危険性から、これまでギルドは討伐依頼を出すことすらできずにいた、まさに生ける伝説。
「これを討伐すれば、俺たちはBランクどころか、Sランクを超え、伝説級(レジェンド)の英雄にだってなれる!」
バルトロは、狂気に満ちた笑みを浮かべて言った。
彼の脳裏には、幼い頃に見た光景が焼き付いていた。魔物に襲われ、死を覚悟した自分を救ってくれた、一人の英雄。その英雄が振るった、閃光のような一撃。あの力こそが絶対なのだ。地味な支援や準備など、本物の力の前に何の意味もない。そう信じて生きてきた。
「せ、正気か!? 我々だけでは、無謀すぎる!」
ガストンが、珍しく強い口調で反対する。
「今の私たちじゃ、準備すらまともにできないわ!」
セリーナも、その無謀な計画に顔を青くした。
だが、バルトロは聞く耳を持たなかった。
失ったプライドを取り戻したいという焦りが、彼の信念を狂信へと変えていた。
「うるさい! 俺を誰だと思っているんだ! Sランクパーティー『竜の牙』のリーダー、バルトロだぞ!」
彼は、もはや誰の意見も聞かず、一方的に計画を推し進める。
「準備なら、最低限でいい。奇襲をかけて、俺の最強の剣技で、一撃で仕留めてやる」
その瞳には、かつての冷静なリーダーの面影はなかった。
あるのはただ、破滅的な願望に取り憑かれた、一人の愚かな男の姿だけだった。
セリーナもガストンも、その狂気に気圧され、もはや何も言うことができなかった。
こうして、『竜の牙』は、自らの手で、破滅への扉を開けてしまったのだった。
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