夏に光る教室と、タイムカプセルの君~あの日々を、覚えてる?~

マコ 真言

トラック1 夏光の教室

//SE けたたましいほどの蝉の声。遠くで聞こえる金属を叩くような工事の音。ゆっくりと校舎を歩く、あなたの革靴の音。古い引き戸が、軋みながら動く音。

//SE 教室の静寂。あなたが、息をのむ音。そして、あなたが持っていたカバンを落とす音。

//SE 少女が、あなたの音に反応して、ゆっくりとこちらを振り向く音。


「……びっくりした……。教室で、そんな大きな"音"、出さなくても……。私の心臓が、きゅってなっちゃった」

「ふふっ。……そんなに慌てて、私の顔をじっと見て……どうしたの? まるで、幽霊でも見たみたいな顔」

「……私の、名前?」


//SE 少女が、くすりと悪戯っぽく笑う音。


「……名前なんて、忘れちゃった。会ったこと? ないよ? 何、ナンパ? え? 私、あなたの……お兄さんって呼んで良い? お兄さんの、初恋の人に似てるの? それは光栄!」

「……私? うん、制服からお察し、この学校の生徒。……ずーっと、ね。」


//SE 陽菜がふわりと近づく、ほんのかすかな衣擦れの音。


「あなたの……お兄さんの足音。聞こえてた。……懐かしい音。この廊下を、たくさんの靴音が歩いていったの。ぱたぱた、きゅっきゅっ、こつ、こつ。みんな違う音。みんな、どこかへ行っちゃった。でも、お兄さんのは、みんなより、ちょっと重いな。何か……心残りが、あるみたいな足音」

「……お兄さんは、どうしてここに? ……えっ、この学校、取り壊されるの?! そっか、廃校になって、もう長いもんね。お兄さん、ここの卒業生なんだね、懐かしくて、最後に見に来たんだ? ……え、違う? 『果たせなかった約束』って何? しかも、わざわざ海外から? ……ポエマー?」

「ごめんごめん、きっとお兄さんにとっては大事な約束なのに、からかったりして。……許して、くれる? ……良かった!」

「工事、明後日からなの? じゃあ、急がなきゃ! お兄さん、手伝って! ”音集め!”……私、何かすごく大事な音を、ここに忘れてきちゃった気がするの。……思い出せないんだけど、絶対に見つけなきゃいけない、音」


//SE 陽菜の歩く音(ほとんど聞こえない)。あなたの足音がそれに続く。


「不思議だよね。中学生なんて、毎日が嵐みたいで……嬉しいことや悲しいことで、心がぐちゃぐちゃだったはずなのに。……今はもう、何もかも--夏の日差しみたいに、きらきらしてる」

「生徒なのに、どうして懐かしいのかって? ……ふふ。細かいことは、気にしないの。それより、ほら、こっち」


//SE 陽菜の歩く音(ほとんど聞こえない)。あなたの足音。


「覚えてる? 理科室。……私の、お気に入りの場所。見て。窓から入る光が、机の上に落ちて、きらきらしてる。……空気の中に、昔の実験の匂いが、ほんの少しだけ残ってるの。アルコールの匂い。チョークの粉の匂い」

「ああ、これ? 人体模型の、太郎くん。……今はもう動かないけど、夜中にね、関節がこきり、て鳴ることがあるの。……誰だってずっと同じ姿勢は疲れるじゃない? 関節をほぐしてるんだね」

「もうお兄さん、そんなに怖がらないでよ。それより、耳を、澄ましてみて」


//SE 風が窓ガラスをカタカタと揺らす音。


「……聞こえる? 風が窓を揺らす音。……私ね、この学校に残された、こういう“音”を集めているの」

「うん。……“音集め”。変かな? でもね、この学校は音でいっぱいなんだよ。誰もいなくなっても、建物はまだ、たくさんおしゃべりしてる。壁の軋む音。水道の蛇口から、ぽつん、て落ちる水の音。……そういう、小さな小さな声を、忘れないように集めてるの。何でかな……そうしなきゃいけないような、気がするの。集めたかった音が……あったんだけど……」

「そんなに見つめられると、透けてきちゃうかも。……ああ、もう透けてるんだった。ふふっ、忘れてた」

「私がここにいる理由? ……うーん、なんだろう。……きっと、誰かを待ってるんだと思う。……ううん、誰かじゃなくて……たった一人を、ずっと」

「……ふふっ。ありがとう。……一緒に探そ?」

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