第27話 ツヂクニとトキ


「トキ、おれたちも帰るぞ」

 おれの隣で、ぼーっとしているトキに声をかける。するとトキは

「魚か……」

 とつぶやいた。

「何か考えがあるのか?」おれは聞いてみた。


 トキはぼーっとしているようだが、大工仕事をさせると結構うまい。

 だから最近はツジクニの人から、いろいろな仕組みの作り方や直し方を習っているらしい。

 祭りの日までに多くの仕掛けを作らなければならないし、祭りの当日に仕掛けが壊れでもしたら大事だ。

 その時のために、オトヒコ様はトキを「ツジクニの人から技術を習うオノコ」と位置づけ、ツジクニの元で修行をするように指示したのだ。

 

「いやさ、ツジクニの人が作ってる仕掛けがあるんだけどさ。こう、バシャーンってやって、バシャーンってやって、ゴーンってして、ゴーンってして……そうすると多分、魚が浮くと思うんだよね」

(?????)

 ダメだ。トキが言ってることが全然わからない。

「相談してみようかな~~。あれをゴーンってして、あそこは石で……」

 トキがぶつぶつ言っているところに、ちょうどツジクニの王が通りかかった。

「おうおう、君はシギくん。そしてトキ」

「トキ、ツジクニの王とも知り合いなのか!」

 トキは照れくさそうに言った。

「うん、いろいろ教えてもらってるんだ」

 認められているんだな、とおれは思った。

「あのさ、相談したいことがあって。魚を獲りたくて。女の子たちが魚食べたいって言ってて!」

 トキが思いっきりタメ口で話しかけるのにぎょっとしたが、ツジクニの王はニコニコして聞いている。

「だから、あれがあるでしょ?あれをバーンってしてゴッてすると、魚がバッて気絶すると思うんだ。それでさ、その後に網をかけたら……」

 (だめだ、やっぱりわけがわからない。王にこんな説明――)

 おれは頭をかかえた。トキは良いヤツだが、こういう空気を読まないところがある。

 しかし、顔を上げると、ツジクニの王は真剣にトキの話を聞いていた。

「なるほど。魚を獲る仕掛けを作ろうということだな。こういうことだろう?」

 ツジクニの方はサラサラと設計図のようなものを土の上に描いた。

「そうなんだよ。それで、ここに重い石が必要で……」

「なるほど、面白い試みだ。ヤマタイの川は細いから、これぐらいの規模の仕掛けならヤマタイにある材料でもできるだろう。うちの若いのを三人ぐらいつけてやるから、一緒にやってみるといい」

「ありがとう、ツジクニの王!」

「まて、あっちに行ってこれを渡すんだ」

 ツジクニの王は地面の泥を指につけ、トキの腕にサラサラと不思議な模様を描いた。

「これは王が“この者に仕事を認める”という印だ。これを見せれば、うちの若いのがお前の指示で動いてくれる。」

「これは、文字ですか」

「【文字】を知っているのか。さすがオボエの子、賢いな」

「うちの文字とは違います」

「ツジクニ独自の文字だからね。もともとはホウライの方から渡ってきたものを、少し変えて使っているらしい。まあ、おれもホウライのことはよくわからんが。ガハハ!」

 とツジクニの王は笑った。

「おれ、行ってくる!シギ、じゃあね!」

トキは元気よくツジクニの集落の方へ駆けていった。


「すごいなあ……」とおれはつぶやいた。トキはおれの知らないところで、大きく成長している。

「彼は面白い子だ。いろいろ経験させてやりたい。」

 ツヂクニの王は目を細めた。トキは認められているんだ、と思った。

「トキのあの言い方で、よく分かりましたね」

「ははは。物を作るのが上手い人間というのは、時々ああいうふうに喋るのが下手くそな奴がいる。彼はなかなか優秀だぞ」

 とツジクニの王は笑った。

 

 そこへ女の大人たちが2人駆け寄ってきた。〈サル〉と〈キツネ〉だ。

 「ツジクニの王、ここにおられましたか!」

 「おぉ、どうした」

 「ホウライからの使節がお着きになるそうです。すぐにお支度を、お召し替えを!」

 〈サル〉と〈キツネ〉が口々にツジクニの王を急かす。

 「オボエの子!あなたも早く――あ、あなたも早く、王の間に行ってちょうだい!」

 「おれですか?」

 「そうよ。オトヒコ様が探してらっしゃるわよ。こういう場にこそオボエが必要だと」


 「わ、分かりました!」

 おれは大人たちと一緒に、ヒミコ様の館へと走った。

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