第14話 本物の愛情


 ――――昨日の昼休み


「え? 僕が、佐伯さんに?」

 

 職員室に戻った宰斗は、神妙な顔をした馬場から話を振られる。

 

「疑ってる訳じゃないんだよ? ただ、事実確認ていうか……心当たりがなかったら別にいいんだ、うん」

 驚き目を丸くする宰斗を見て、馬場は自分の思い過ごしだとでも言うように笑って誤魔化す。

 すると突然、宰斗は馬場に向き直り深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと来栖くん!?」

「……すみませんでした」

 謝罪の言葉に驚き、今度は馬場が目を見開く。

「とりあえず、顔を上げて……どう言うことか説明してくれる?」

 事情を聞くため、馬場は宰斗の肩に触れ、諭すように言葉をかけた。


「……きっと、僕の接し方がいけなかったんです。彼女、佐伯さんはとても勉強熱心でした。授業の後も、いつも質問に来ていて……だから僕も嬉しくて、つい時間を忘れて教えることもありました。ただそれが、他の生徒より特別扱いしているように思われたのでしょう」

「……と言うと?」

 馬場は首を傾げ、話の続きを促す。

「その、実は昨日の放課後、佐伯さんから告白をされまして……もちろん断ったのですが。今日休んでいるのも、おそらくそれが原因かと」

「ああ~……」


 宰斗の話を聞き、馬場は手で顔を覆って宙を見上げた。

 

 ――『アイツは優秀な先生でも何でもない、ただのサイコパスなんですよ!』

 

 申し訳なさそうに話す宰斗の様子は、海星の言葉とはどうしても結び付かない。

 やはり宰斗は自分の思った通り、物腰が柔らかく優秀な実習生だ。それを目の当たりにし、馬場はホッと胸を撫で下ろしていた。


「はぁ、なるほどね……あの子、物静かで大人しいタイプと思ってたんだけど。なんだかゴメンね、来栖くん」

「いえ、僕は気にしていません。立場上、というか大人として受け入れることは出来ませんが、生徒に好かれるのは嬉しいですから」

「来栖くん……」

 謙遜したように話す宰斗に、馬場は感心からため息を漏らしていた。


「けど相沢くんは、どうしてあんなこと言ってたんだろう」

 普段から海星の様子を見てきた馬場は、その事だけが微かに引っ掛かっていた。

 馬場の呟きに宰斗は少し考えるような素振りをすると、チラリと周りを気にして耳打つように話しだす。


「……もしかしたら、佐伯さんの事を好きだったのかもしれません」

「えぇ!?」

「先生、声が大きいですよ」

 馬場が慌てて周りを見渡すと、他の教師たちの視線がこちらを向いていた。

「ごめんっ、ちょっと驚いて……けど、そうか。それなら少し、納得はいくかも」

「はい……あくまで想像ですが。もしかしたら、佐伯さんが僕を好きなことが、面白くなかったのかも」


 馬場は少し顔を赤らめ、困ったように頭を掻いた。

 事情を聞けば、自分のクラスの生徒たちの問題で実習生である宰斗を巻き込んでしまっただけ。

 それを申し訳なく思った馬場は、宰斗に向かい頭を下げた。


「ごめん! 結局私のクラスの問題だったようだ……相沢くんにも、私から話をしておくから」

「そんな、頭を上げてください。それに相沢さんの気持ちも、僕は理解できますから」

「ありがとう、来栖くん……君ならきっと、良い先生になれるよ」


 馬場は感激したように宰斗の手を取り微笑む。

 宰斗もにこやかな笑みを浮かべ、それに応じていた。


 (ふ、担任に報告なんてしやがって……しょうもない正義感で、俺を制裁しようってか。くだらねぇ)


 ただその頭の中は、全く違う感情に溢れいたことを馬場は知らない。

 

 ――――教育実習最終日


「二週間と言う短い間でしたが、皆さんに出会えたことは僕の実習の宝です。この経験で、教師になることへの憧れが益々強くなりました。皆さんも自分自身の夢に向かって、日々を大切に過ごしてくださいね。それでは、これで挨拶を終わります」


 金曜の放課後、宰斗は教壇に立ち、堂々とした挨拶を見せた。

 最後に深々と頭を下げると、生徒からは大きな拍手が鳴り響く。


 しかしただ一人、海星だけは肘を付き宰斗を鋭く睨む。

 宰斗はそれに気付きながらも、終始笑みを絶やさなかった。


 昼休み、海星は馬場から呼び出され話をされた。

 

 ――来栖先生は、君が言うような人じゃない。自分の感情で相手を誹謗するのはいけないよ。

 

 それが馬場の答え。

 海星が見た宰斗の異常性は、結局馬場に伝わることは無かった。


 海星はそれに言い返すことも出来ず、今も握りしめた手が僅かに震えていた。

 けれどいくら悔しくても、もう自分にはどうすることも出来ない。

 自分の立場の弱さ、信じてもらえない現状が、海星はただ情けなかった。

 

 ホームルームが終わった後も宰斗は女子生徒たちに囲まれ、次々にかけられる別れを惜しむ声に応じていた。


「ねぇ先生、私の家庭教師とかやってよー」

「ばーか、そんなの無理に決まってるでしょ。先生、頑張って教師になってね!」

「はぁ〜、馬場先生より来栖先生が良い! 授業めっちゃわかりやすいもん!」

「先生ー、卒業するまでいてよー!」


 時々馬場の耳がピクリと動くのを察知して、宰斗はすかさずフォローを入れる。

「馬場先生は素敵な先生ですよ。皆さんが羨ましいくらい」

「えぇー!? 先生良い人過ぎー」


 そんな笑いの絶えない教室を、海星はあえて関わらないよう静かに後にする。

 その様子を見ていた宰斗は、盛り上がっていた会話を自ら切り上げた。


 ◇


 <ピンポーン>


 インターホンの音に一瞬体をピクリとさせ、暁那は嬉しそうにバタバタと玄関に向かう。


「いらっしゃい……カイ?」


 ドアを開けると、海星は暗い顔で俯いていた。

 いつもと違う表情に、暁那は不安げに彼の顔を覗き込む。


「……何か、あったの?」

 暁那の言葉にも、海星は黙ったまま立ち尽くしている。

 しばらく言葉を待って、暁那は彼の冷えた手をそっと握り優しく声をかけた。

 

「手、冷たい……中入ろ? 風邪引いちゃうよ」

「……うん、ごめん」

 小さな声がようやく聞こえ、暁那は少しホッとした。 


「あ、珈琲でも入れよっか」

 クッションの上にちょこんと座り、未だ暗い顔の海星に困惑しつつ、暁那はソワソワとケトルでお湯を沸かし始める。


 待っている間も静かな海星の顔色をチラチラと窺いながら、暁那は向かいに座り落ち着きなく体を揺らしていた。

 

 (今日、どうしたんだろう……気になるけど、ちょっと気まずい……何か話した方がいいかな)

 

「……あのさ」

「はい! な、何?」

 突然発せられた声に、暁那は大袈裟に反応してしまう。

 忙しなく瞬きを繰り返す暁那を、海星は悲しげな表情で見つめた。


「アキは……アイツ、来栖宰斗と付き合ってたの?」

「……え?」


 その一言で、暁那は身体中の血の気が一気に引いていくのを感じた。

 同時に鼓動は速くなり、息の仕方すらわからなくなっていく。


 海星は黙ったまま荒い呼吸を繰り返す暁那の手を取り、強く握りしめた。

 

「ごめん……けど、どうしても聞きたくて」

 暁那は怯えた瞳を海星に向ける。

 海星はその様子に、やりきれない怒りと悲しさを感じながらも話を続けた。


「昔、アキが彼氏が出来たって教えてくれたことあったでしょ? その時聞いた名前、俺ずっと覚えてた……どうしても、忘れることが出来なかったから」

 淡々と話す海星の言葉に、暁那の体は小刻みに震え出す。

 

「それで……やっと気付いたんだ。そいつが、実習生の来栖宰斗だって」

「はぁ、はぁ……カイ」

 暁那はすがるように海星を見つめ、荒い呼吸を整えながら彼の手を強く握り返す。


「でもあいつは、優秀な人間の皮を被ったサイコパスだった。詳しい事情はわからないけど、同じクラスの佐伯に酷い言葉をぶつけて、佐伯は学校を休んでる……アキも、アキもそうなんでしょ? あいつに、酷いことされて……それで今、こんなに苦しんでるんでしょ!?」


 海星の声は徐々に強くなっていく。

 核心を突かれ、暁那は堰を切ったように感情が溢れ、嗚咽混じりの涙をこぼした。


 苦しそうに涙を流す彼を見て、海星の胸はきつく締め付けられる。

 言葉が無くとも、今の暁那の態度がその事実を認めていた。

 

 海星は握っていた手を引き込み、暁那の体を強く抱き締める。

「ごめんね……俺、結局あいつに何も出来なかった。アキを傷付けたこと、絶対に許せないのに」

 

 海星の言葉は僅かに震え、暁那はしがみつくように彼の背中に腕を回した。

 暖かな体温を感じ、暁那は少しづつ落ち着きを取り戻す。

 そして震えるように息を吐くと、ゆっくりと言葉を絞り出していった。


「カイ……カイは悪くない。もういいんだよ……僕は、これ以上カイに嫌な思いをしてほしくない」

「だけどっ……」

「カイは、もう十分僕の事を助けてくれた。それだけで、僕は幸せだから」


 暁那の言葉を聞き、海星はゆっくりと名残惜しそうに体を離す。

 そして、真剣な表情でまっすぐに暁那を見つめた。


「俺は……アキの事が好きだ」


 両手を握り、上目使いに見つめる真剣な瞳。

 その想いの強さに、暁那の心臓は大きく跳ね上がり、顔は火がついたように熱くなっていく。


「え、あの……カイ、急に」


 暁那は恥ずかしさから思わずその視線をそらす。


「急じゃない! 子供の頃からずっと、俺はアキの事が好きだった……けど、自分じゃ認められなくて、アキがあいつと付き合ってるのを知って逃げたんだ……ほんと馬鹿だよ……アキが、ずっと苦しんでるのも知らないで」


 声を震わせる海星を見つめ、暁那はふと何かを決意したようにぎゅっと唇を結ぶ。

 そして体を屈めると、そっと彼の口元に唇を合わせた。


「んっ……あ、アキ!?」

 驚いて体を離し、海星は腕で口元を隠す。


「僕も、カイの事が好き……もっと沢山、カイに触れたい。これからもずっと、そばにいて欲しいっ……カイも、そういう好き、なの?」


 熱く、不安そうな瞳に見つめられ、海星の頬は熱く、耳まで真っ赤に染まっていた。


「うん……俺も、アキと同じ気持ち」

 幸せそうな笑顔を浮かべ、海星は嬉しそうに声を震わせる。


 嘘のない言葉に、暁那の心には優しく温かな想いが溢れた。

 長く感じることの無かった、幸せで、満たされた想い。

 彼の笑顔を見つめ、暁那も自然と柔らかく顔を綻ばせていた。


「……アキ!」

「わっ、ちょっと、カイ」


 海星は嬉しくてたまらない勢いで暁那に抱きつく。

 勢い余って押し倒され、暁那は動転して顔が真っ赤に染まる。

 すると、<ポンッ>とお湯の沸き終わった間抜けな音が部屋に響いた。


 二人は顔を見合わせ笑い合うと、吸い寄せられるように、またゆっくりと唇を合わせていく。


 次にケトルを覗いた時、中身はすっかり水に変わっていた。

 肩を落とす暁那の体に腕を回し、海星は嬉しそうに声をかける。


「また沸くまでくっついてよっか?」

「もう、また水になっちゃうよ」


 海星が笑っていると、自分もたまらなく幸せな気持ちになれる。

 外に出る事や宰斗への怖さは、たぶんまだ消えない。

 けれど海星がそばにいてくれたら、きっと前に進んでいける。


 海星と通じ合えたことで、暁那の心は少しずつ良い方向に変わっていた。


 

 そんな中、暁那のアパートの外には見慣れない車の姿があった。

 幸せな想いに包まれた二人が、車の窓から覗く冷たい視線に気付く術はない。


 

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