第二話 マークシート増殖④

「うーん……」


 ニシから伝えられた内容をほぼそのまま整理化し、史郎に伝えた。史郎は首をひねる。史郎にしては珍しく言い淀む間があった。


「ここでもマークシート増殖か……」


 こんな偶然があるんだなぁ、と史郎はぼやいた。そう、確かに偶然だ。偶然、わたし達が暇潰しに話していた内容がニシの担当した教室でも発生した。

 言葉には力があるという。ありもしないことも言葉にすることによって現実化する。わたし達がマークシート増殖を口にしたことによって現実に引っ張られてしまったような、そんな感覚を覚えた。

 もちろん、偶然だ。この世には不思議で不可解とも言える偶然は案外起きうる。例えば、わたしと史郎が偶然一目惚れをしたように。


「今回は情報が少ないのがネックだ」


 史郎はわたしに話すというより頭の中を整理するように独りごちた。


「ニシから詳しい話を聞きたいけど、時間を取らせるのも悪いな――」

「ねえ、実際にその教室に行ってみない?」

「ああ、うーん……。でも受験生に悪いな。いきなり入試スタッフが教室に入ってきたら身構えるでしょ」

「それもそうか……」


 つまり、わたし達は安楽椅子探偵のごとく、この寒い外でマークシート増殖の謎を解かなければならないのだ。


「話の論点――、今回のマークシート増殖の謎は一つだ」

「二段構えの一段目、……最初の確認の時点でマークシートが一枚分増えていたこと、だよね」

「ちなみに数え間違えはなかったか聞いた?」


 史郎の言葉にはっとする。そういえば、ニシに尋ねなかった。どうして尋ねなかったのだろう。謎を解く重要な要素になり得たかもしれないのに。

 わたしがよほど思い詰めた顔をしていたのだろう。史郎は慌てて首を振った。


「いや、入試監督が数え間違えの話は口にしていただろうし、数え間違えだったらここまで問題が発展していないだろうから。今回のこととは関係ないと思う」


 わたしは史郎の言葉に微かに安堵した。名誉挽回とばかりにわたしは口を開く。


「多分、あのクイズの逆バージョンだよね」


 わたし達が暇潰しに解いていたマークシート増殖では二段構えの二段目、――二度目の確認の際にマークシートが一枚分混入された。この時点で考えられるのは入試監督が増やしていた場合だ。今回はその逆、一度目の場合となる。


「そうなると、入試監督ではなく受験生が一枚分多く入れたってことになる」


 ここまで口にしてわたしは思わず疑問を洩らしていた。


「どうして、一枚分入れたんだろう……」

「さらに言うと、どうやって一枚分を増やしたのか、という点もあるね」


 どうやって。……確かにそうだ。ニシの話では、マークシートを一枚一枚回収していた。この時、仮に間違って二枚分を回収していた場合、監督補助は追加分に気付くことができたはずだ。動機と方法。それが今回の謎の焦点だ。


「一つずつ考えていこうか。……動機の方からにしよう」


 史郎はそう切り出した。おそらくわたしと同じ結論に至っていた。だから方法を最初に選ばなかった。


「動機、……動機か」


 わたしは同じ言葉を何度も口にしていた。そうすることで何かがわかるかもしれない占いのように。だが、首を傾げる。

 動機らしい動機が思いつかない。というより、何故こんなことをするのか理解できない。それがわたしの感想だった。この受験という大舞台でマークシートを増やす理由。そんなことがあり得るのだろうか。

 わたしはその疑問を史郎に言っていた。わたしの中に蟠る、言語化しにくい思いを彼は受け止めてくれた。


「史帆は真面目な受験生だったから。分かりづらいかもしれない」


 真面目。

 そう枠に押さえつけられたことにわたしは密かにショックを受けていた。真面目ほど辛い言葉はない。わたしはそれを良い意味として捉えられない。面白みのない、つまらない人間だと言われているような気がしてしまう。拗れたわたしの内面そのものを、言い当てている。


「まっすぐな人ってことだよ。史帆」


 史郎はわたしの内面を読み取ったのか、諭すように言った。


「受験生はこの入試で本気で挑みにきている。皆、必死なんだよ。その本気は時に歪むことがある。どんなことをしても入試に受かりたい……、そう、拗れてしまうことだってある。僕はそれを弱い心だと断じたくはない。……史帆は、そうはならない。まっすぐだから」


 その歪みが今回の出来事を引き起こしてしまったのではないか。史郎はそう言いたいわけだ。

 まっすぐな人。真面目と言われた時よりもすっと心に染み渡る。受け入れることができた。

 人が歪み、マークシートを増殖させる。もしかしたら、そういった人間の醜い性が引き起こしたことなのかもしれない。しかし、わたしはもっと、まっすぐさを信じたい。わたしだからこそ、そう言ってくれた史郎の言葉に応えるためにも。


「ねえ、例えばだけど……」


 わたしは続けて言った。――やっぱり、数え間違えだったってことはないかな?

 史郎は僅かに目を見開いた。それは、と口にしかけたところで止めた。目でわたしの話を促した。


「ニシさんの話を振り返ると、文学部では欠席者もいたって話だったよね? 入試監督が思い込んでいた数字――四十二人は欠席者を引いた数ってことになる。この引き算に間違いがあったってこともあり得る。だから、本来の受験者数は四十三人なんだよ」

「欠席者数の数え間違え……」

「うん。どうかな?」


 史郎は眉を寄せた。彼には無かった推理なのかもしれない。疑いは何も受験生に限らない。スタッフ側のミスも考えられる。


「……一つ気になる点がある」


 史郎は慎重に口を開く。


「入試監督の欠席者数を間違える……、これ自体はあり得るかもしれない。けど、もし史帆の推理が正しいとするなら、入試監督は欠席者を多く数えたことになる。よく考えてみよう。――入試にそれほど欠席者はいるだろうか? 多分、多くても一人か二人だよ。そうなると、一人分増やしてしまう、はあり得るかな?」


 例えば、欠席者数が三人だとして。空席は三つある。この時点で入試監督の目から見れば、即座に三人の欠席者を数えることはできる。――数え間違え自体が起きにくい。ましてや、増えるなんて。


「加えるなら、仮に人数間違えをするならば……、一人分減らしてしまう方じゃないかな。二人を一人と数え間違える……、こちらの方があり得る。すると、受験者数はどうなる?」

「むしろ……、受験者数は増える?」

「そういうことになる」


 わたしは困惑した。それではやはり、マークシートの方が増えたことになる。

 行き詰まった。沼に嵌まった感覚だった。ふと周囲を見渡すと徐々に受験生が教室に戻っていくのが見えた。中には監督補助の姿もあった。時刻を確認すると十二時七分を示している。間もなく二時限目が始まる。短い沈黙のもと、史郎は口を開いた。


「けど、史帆の視点は僕には無かった。今回の事件は材料が少ない。もう一つ。何かが必要なんだ。史帆のように視点を加えるような……」

「史郎君……」


 史郎は何だが悔しそうにしていた。口元が動いている。わたしにも聞こえないほどの声量。ぎりぎり口の動きで読み取ることはできた。あの人なら簡単に解けるだろうに。

 あの人――?


「数え間違え……、人数間違え……、視点を加える。……例えば。そう、間違えではなくて」


 

 そう史郎が顔を上げた瞬間、驚愕の表情が浮かんでいた。彼は緊迫な声音でわたしに問うた。


「史帆。今何時?」

「え、あ。うん。――十二時十五分」

「まだ、間に合う……!」


 史郎はいきなり走り出した。わたしは一瞬呆然としていた。遅れて、史郎の背中を追いかける。一体どうしたというのだ。彼は一号館に入り、階段を駆け上った。わたしは途中で息が切れてしまう。運動不足が祟った。

 それにしても。わたしは彼の行き先に不安を覚えた。まさか、ニシの担当する教室を目指しているのではないか。

 その予感は当たった。史郎にしては珍しく荒々しいノックをし、教室に入り込んだ。少なくとも三歩は遅かった。わたしが教室に入った瞬間、驚いた顔をしていたニシと目が合う。

 史郎は入試監督に小声で何かを訴えていた。入試監督は怪訝そうな顔を最初浮かべていたが、徐々に表情が張り詰めていく。

 やがて、入試監督はある受験生に向かって歩き出した。そして、その女子を見下ろす。

 彼女は引き攣った真っ青な顔で入試監督を見上げた。

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