第31話 反転する推理
「物語のページが、裏返されたわ…」
図書室の静寂の中、私は震える声で呟いた。
航汰は、私のただならぬ様子を、固唾を飲んで見守っている。
私は、目の前のノートに、新しい推理をものすごい勢いで書き殴っていった。
それは、聡子犯人説を打ち立てた時とは全く違う、冷たい確信に満ちた論理の連鎖だった。
「真犯人は、高田宗介。彼の目的は、山崎辰五郎との共同事業、特にオートマタ技術を応用した医療技術の独占。そのために、彼は山崎さんの殺害を決意した」
私はペンを走らせながら、航汰に説明する。
「彼は、聡子さんが山崎さんに長年の恨みを抱き、アレルギーを利用した毒殺を計画していることに気づいていた。そして、彼はその計画を、自分の犯行を隠すための完璧なカモフラージュとして利用したのよ」
航汰が息を飲む音が聞こえる。
「犯行当日、高田は聡子さんがアールグレイを準備するのを見計らって、書斎に侵入した。おそらく、彼が持っているマスターキーか何かを使ったのでしょう。そして、事前に購入していた低周波発生装置を、オートマタの一つに仕込んだ」
「まさか…」
「そう。山崎さんが書斎に戻り、椅子に座ったタイミングで、装置を作動させた。人間の耳には聞こえない低周波音。だが、その強力な振動は、高齢で心臓の弱かった山崎さんの心臓を直撃し、共振させ、急性心筋梗塞を引き起こした。これが、本当の死因よ」
私の推理は、もう止まらなかった。
「殺害を終えた高田は、聡子さんの計画をなぞるように、アールグレイのカップを目立つ場所に置いた。これは、捜査の目をアレルギー毒殺へ誘導するための偽装工作。そして、聡子さんという、動機も状況証拠も揃った、完璧な容疑者を仕立て上げるための罠だったの」
「じゃあ、あの囁き声は…」
「それこそが、彼の仕掛けた二重の罠よ。彼は、聡子さんが用意した感傷的なポエムのテープなんかじゃない、ただの無意味なノイズのような音声を、別のオートマタで再生させた。それが、聡子さんが聞いた『不気味で、何を言っているか分からない声』の正体。事件を奇怪に見せ、聡子さんの証言の信憑性を下げさせると同時に、自分の使った本当の凶器『聞こえない音』から、捜査の目を逸らすための、悪魔的なトリックだったのよ」
全てが、繋がった。
手付かずのアールグレイの謎も、食い違う囁き声の証言の謎も、全てが、この恐るべき筋書きの前では、合理的に説明がついてしまう。
私はペンを置き、完成した推理の全体像を、震える目で見つめていた。
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