第22話 囁き声の不協和音
紅茶の謎に気を取られていた私は、もう一つの、そしてさらに奇妙な矛盾点を見過ごしていた。
それに気づいたのは、父との何気ない会話の中だった。
その夜、父は珍しく上機嫌で、村田刑事から礼を言われたと話してくれた。
「聡子の奴、全てを話して、少しは気が楽になったようだったとな。…まあ、犯した罪は償わなきゃならんが」
「…そう」
「囁き声のトリックも見事だったらしいな。昔、旦那にもらったというポエムのテープを、からくり人形に仕込んでいたとは。女の執念は恐ろしいもんだ」
父のその言葉に、私はピシリと固まった。
「…お父さん、今、なんて?」
「ん? だから、ポエムのテープだって…」
「ポエム…。聡子さんは、そう自白したの?」
「ああ。『昔の愛の言葉を録音した』と、そう言っていたそうだ」
その瞬間、私の頭の中で、警報が鳴り響いた。
おかしい。
絶対におかしい。
私は急いで自分の部屋に戻り、事件の調査メモを引っ張り出した。
最初のページに書かれた、第一発見者である聡子自身の証言。
『…何を言っているか分からない、不気味な声が聞こえた…』
これだ。
聡子は、第一発見者として警察に証言した時、囁き声の内容を「不明瞭で不気味な声」と説明していた。
しかし、犯人として自白した今、その内容を「昔の愛の言葉を録音したポエム」だと言っている。
なぜ、証言と自白が食い違う?
もし、本当に自分で仕掛けた録音テープだったなら、最初に警察に聞かれた時点で、その内容を正確に話せるはずだ。
いや、むしろ、自分の犯行を隠すためなら、「何も聞こえなかった」と嘘をつくのが自然ではないか。
なぜ彼女は、わざわざ「不気味な声が聞こえた」などという、奇怪で、捜査を混乱させるような証言をしたのだろう。
そして、逮捕された後になって、その内容を美しい物語にすり替えたのだろう。
二つの証言は、まるで協和しない二つの音符のように、私の頭の中で不協和音を奏でていた。
これは、ただの記憶違いではない。
ここには、明確な「嘘」が存在する。
そしてその嘘は、この事件の根幹を、根こそぎ覆しかねない、巨大な矛盾をはらんでいた。
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