第16話 図書室の再推理

週末の土曜日。私と航汰は、再び図書室に集まっていた。

机の上には、ここ数日の調査で得た情報が、付箋やメモの形でびっしりと貼り出されている。

「こうして見ると、全員怪しいな」

航汰は腕を組み、唸るように言った。

「借金まみれの息子、野心家のパートナー、そして過去に因縁のありそうな家政婦。ミステリー小説の登場人物かよ」

「だから、面白いんじゃない」

私はペンを片手に、情報を整理していく。

容疑者三人の人物像は、かなり具体的になった。

それぞれが、山崎辰五郎を殺害するに足る、十分な動機を持っている。

だが、問題は「方法」だ。

あの完璧な密室と、死後聞こえたという囁き声。

この二つの謎をクリアできる人物は、今のところ誰もいない。

「やっぱり、気になるのは高田だな。オートマタの専門家ってのが、あまりにも出来すぎてる」

と航汰が言う。

「確かに。彼なら、人形を使ったトリックは可能かもしれない。でも、どうやって密室を作り出したのかが説明できないわ」

「じゃあ、やっぱり息子の和彦か? 父親と大喧嘩した直後ってタイミングも怪しいし」

「彼も同じよ。動機は十分でも、方法がない」

「となると、残るは家政婦の聡子さんか…。でも、あの人が囁き声のトリックなんて仕掛けられるか?」

航汰の言う通りだった。

どの容疑者も、帯に短し襷に長し。

何かが足りない。

私は一度、容疑者たちの情報から目を離し、事件そのものに立ち返ることにした。

「原点に戻りましょう、航汰。この事件の謎は、大きく分けて二つ」

私はノートに、改めて二つのキーワードを大きく書き出した。


『囁き声』と『アールグレイ』


「この二つの意味を解き明かさない限り、犯人にはたどり着けない」

私は、サイドテーブルに置かれていたティーカップの写真を、じっと見つめた。

一口も飲まれていない、琥珀色の液体。

それは、まるで犯人からの挑戦状のように、静かにそこに存在していた。

「なあ、莉子」

航汰が、真剣な顔で私を見た。

「最初に頼まれてた、ベルガモットアレルギーの件、分かったぜ」

「本当!?」

「ああ。山崎の爺さんのかかりつけだった医者の息子が、俺の中学のダチでさ。そいつに、それとなく聞いてみたんだ」

航汰はゴクリと喉を鳴らし、そして、決定的な一言を告げた。

「山崎辰五郎は、重度のベルガモットアレルギーだった。間違いねえ。摂取すれば、アナフィラキシーショックを起こして、心臓発作で死ぬ可能性も十分にあった、ってさ」

その言葉を聞いた瞬間、私の背筋を電流が走った。

やはり、そうだ。あの紅茶は、ただの紅茶ではない。

あれは、明確な殺意を持ってそこに置かれた、凶器そのものだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る