第13話 放蕩息子の肖像
航汰の次の調査対象は、長男の山崎和彦だった。
彼は和彦が入り浸っているという、少し寂れた歓楽街のバーに足を運んだ。
バスケ部の先輩のツテで、バーの店員と親しくなり、そこから和彦の情報を引き出したのだ。
「莉子、あの男、思った以上にヤバいぜ」
翌日の昼休み、航汰は声を潜めて私に報告した。
その顔には、普段の快活さとは違う、嫌悪感のようなものが浮かんでいる。
「バーのツケはもちろん、あちこちから金を借りまくってる。父親の悪口を言いふらしては、『あの頑固親父が死ねば、俺は億万長者だ』ってのが口癖だったらしい」
絵に描いたような放蕩息子。
だが、それだけではなかった。
「事件の数日前、和彦は最後の頼みだと言って、父親の元を訪ねて大喧嘩になったそうだ。近所中に響き渡るくらいの怒鳴り声だったって。内容は『金を貸せ』『びた一文貸さん!』の繰り返し。最後には、『あんたが死ぬのを待つしかないのか!』って叫んで、家を飛び出していったらしい」
その話を聞いて、私は息を飲んだ。
動機も、機会も、そして殺意さえも、彼は隠そうとしていない。
あまりにも分かりやすすぎて、逆に怪しく思えるほどだ。
「警察も、当然その線で捜査してるんだろ?」
「ああ。でも、和彦には決定的なアリバイがない代わりに、犯行を証明する物証もない。それに、あの密室をどうやって作ったのかが説明できない。だから、手が出せないでいるんだ」
航汰は悔しそうに唇を噛んだ。
「バーの店員が言ってたぜ。『和彦さんは、口は悪いけど根は小心者。親を殺す度胸なんてないですよ』ってな。まあ、贔屓の客へのリップサービスかもしれねえけど」
小心者。
その評価が、私の心に小さな棘のように引っかかった。
確かに、和彦の言動は派手で分かりやすい。
だが、それは彼の内面の弱さを隠すための虚勢だとしたら?
追い詰められた人間は、時に、自分でも信じられないような行動に出ることがある。
「航汰、もう一つ調べてほしいことがあるの」
「なんだよ?」
「山崎和彦が、父親の趣味であるオートマタに詳しかったかどうか。そして、彼が父親の書斎に自由に出入りできたかどうかよ」
もし、和彦が父親のコレクションに触れることができ、その仕組みを理解していたなら。
密室トリックと囁き声の謎に、彼が関わっている可能性は、決してゼロではない。
航汰は「了解」と短く答えると、次の調査に向けてスマホで情報収集を始めた。
彼のフットワークの軽さが、今は何よりも頼もしかった。
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