追放されても奴隷商人しか適性が無い俺~気がつけば最強の人材商会を経営していました~

おもち

第1話 リンドバーグ商会からの追放

「――お前には失望した」


父の声は、大広間の格子にまで響き渡った。それは長年蓄えられた期待が一瞬で色褪せるときに漂う、冷たい実務的な断絶の音だった。大勢の親族や使用人たちが息を詰め、空気が重く落ちる。職業への嘲りではなく、家の未来を託すための合理的判断が下された——ただそれだけのことだった。


「お前に家を継ぐ資格はない」父は淡々と宣言した。家のために必要な冷徹さがカイに欠けている——彼の評価はそれだった。俺は、糸の切れた操り人形のように大広間を後にした。家から渡されたのは、形式的な手切れ金と一枚の身分証。それだけが、今日の自分に残された全てだ。


外へ出ると、街の光景は二つに分かれていることに改めて気づく。商会の並木道は整然と整えられ、往来には上等な馬車が行き交う。一方で、ほんの数ブロック先にはスラムの影が濃く落ち、夜の空気は生暖かく金属臭を孕んでいる。


(……俺はこれから何をする? 家業を否定することはできない。リンドバーグの仕事が、この街を回しているという現実もある。だが、この仕事の仕方は、変えられるはずだ)


そんなことを考えながら歩いていると、薄暗い路地の奥から声が聞こえた。少女の嗚咽混じりの叫びと、それに続く商談のざわめき。扉の隙間から覗くと、粗末な仮設の競売台が設けられており、数人の奴隷たちが並べられていた。


少女は一人、周囲と距離を置くように立っており、その顔は不安と怒りと、どこか諦観が混ざっていた。年は十六前後。亜麻色の髪は土埃に染まり、薄布一枚が体を覆っている。だが、瞳だけは不当に澄んでいて、誰の目にも訴えかける力があった。


商人の一人が手を叩き、値段をつり上げる。俺は、思いがけず足を止めていた。前世の自分が見ていたのは『人材』だった——適正を見極め、適切な配置をする。その延長線上で、ここにいる人達をどうにか出来ないか——という思考が瞬時に回り始める。


「……その子は、どうだ?」商人が脇にいる小柄な男をまじまじと見つめる。男は計測器を小脇に抱え、怠そうに首をかしげた。「魔力は高いが、教育が足りん。扱いづらい可能性がある」


「だが、売れればそれでいい。負債処理だ」別の男が鼻で笑う。


その言葉に、胸が締め付けられた。理屈ではない——感情的な嫌悪でもない。もっと根源的なものが疼いた。ある種の義務感、いや、前世の師が言っていた言葉の残滓かもしれない——『力のある者は、弱い者を放っておかない』と。


(買う……か? 手切れ金は残り僅かだ。ここで使えば、数日分の生活費に匹敵する。だが、放っておけばあの子は安値で競り落とされ、酷い扱いを受ける——)


俺は財布を取り出し、中を確認した。手切れ金は僅かだが、この世界では銀貨一枚で一週間の粗末な宿代、銅貨十枚で簡単な食事が賄える。生きるためには少額でも工夫が必要だ。合理性が囁く。感情が叫ぶ。


「俺が買う」


群衆の空気が一瞬で凍る。笑い声や囁きが渦を巻く。だが俺は声を張ったまま、少女の方へと向かう。目が合った瞬間、彼女の瞳に驚きと疑念が交差した。


取り交わしは事務的だ。紙に記される名義、刻まれる条項。奴隷としての登録はされるが、俺は契約の中に――雇用と教育を受けさせるための条項を付け込んだ。外から見れば矛盾だろう。奴隷を『買う』ことでその人を育てる——だが、この世界の制度を逆手に取るにはまず制度に則るしかない。


少女はまだ震えている。だが、誰かに買われる、というその行為に対して、俺は説明した。


「名前は?」俺は紙に名を書く際、最低限の礼を尽くすように顔を近づけた。


彼女は声を絞り出した。「ローラ……ローラ・サンデル」


ローラ——名前を聞くと、妙に胸の奥が締め付けられた。名は人を記す。俺は自分のなけなしの金を差し出し、彼女を自分の管理下へ置いた。だが、その行為の表裏にあるのは、簡単な救済の約束だけではない。教育し、働かせ、きちんと報酬を与えるという、俺自身の理屈を形にするための長い戦いの始まりだった。

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